第3話 文芸部員、入部(後編)

 5 廃部、削減


「浅井さんは、なぜ文芸部に入ったんだ?」

 柄にでもないことをした気がする。多分、沈黙が怖かったんだろう。

「今は、まだ内緒です」

 はぐらかされた。

 人がせっかく聞いたのにはぐらかされた。

「でも、よかったです。文芸部が今年度一杯で人がいなければ廃部って聞いたものですから、私たちはギリギリセーフでしたね」

 続いて浅井さんの台詞に違和感を感じた。

 文芸部、今年度一杯、人がいない、廃部。

 いつの間にか浅井さんの言葉を一言一言、違和感を探っていた。

「浅井さん、もう一度言ってくれないか?」

 違和感を確信するために聞いた。

「えー、今年度一杯で人がいなければ廃部でしたね」

 やっぱり。

「浅井さん、それは誰から聞いた?」

「田中先生からです。私たちの担任の。

 それがどうかしたんですか?」

 田中先生……確か、入学式で今年からこの学校に赴任してきた新任の先生って紹介されてたな。

「いや、俺の担任とは説明の仕方が違うと思ってな」

「多田さんの先生は、どう紹介したのですか?」

「確か、今年度一杯、人がいなければ部費が削減されると聞いた」

 そう、違和感は、部費の削減が廃部と説明されていた点だ。

「部費の削減と廃部って説明の相違が見られるのですね」

 浅井さんも気付いたようだった。

「でも、部費の削減なら廃部と同じことではありませんか?

 学校の予算から費用が降りないのなら、部活動は参加者の自費で成り立つ同好会に格下げになるってことですよね?」

「それなら俺の方の担任も部費の削減なんて回りくどく言わず、廃部とか同好会になるって言うはずだ」

 確かに、浅井さんの言うとおりだ。

 部費の削減は、廃部や格下げと同じ事……ただの俺の深読みか?

「部費の削減……廃部……」と浅井さんは呟く。

 そうか……深読みし過ぎてたんだ。

「部費の削減と廃部は意味合いが違う。

 廃部は廃部で、部活動としての存続がなくなるが部費の削減は、部費が削減されるだけで部活動は存続される。

 つまり、今年誰も入らなくても来年も文芸部がある」

 ああ、スッキリした。

 もうこれ以上、何も考えたくない。

「んー、でもそしたらなぜ、田中先生は廃部だなんて言ったんでしょうか?」

 俺とは対照的に浅井さん更なる疑問を解いていた。

 その事ももう考える必要はなかった。

 既に答えは出ているから。

「田中先生が廃部と言って浅井さんが疑問に思わなかった。

 それが、答えなんじゃないか?」

 浅井さんは首を傾げた。

「浅井さんが疑問に思わない。当たり前だと思ったからだ。

 それは無頓着と言うことだ。

 浅井さんには無頓着である理由がある、それは知っていたからだ。

 この深久高校が部員数0の部活があった場合、一年の猶予が与えられる。

 それは、おそらくここの高校だけだ。

 普段であれば、部員数が0になった時点で廃部だと思わないか?」

「あー確かに。私の中学なら即時廃部でした。でも、なんで一年の猶予を疑問に思わなかったんでしょう?」

 それも簡単。俺は一度も読んだことはないが、浅井さんなら読んだことあるだろう。

 それも、部活動オリエンテーションを受けていない浅井さんなら誰よりも早く目を通しているだろう。

「『深久ライフ』……生活のしおりみたいな奴は読んだんじゃないか?」

「手作り感満載の冊子ですよね? それなら、読みましたよ……あっ。

 そう言えば、部活動についての頁がありました!」

 気付いたご様子で浅井さんは、鞄から『深久ライフ!』を取り出した。

 浅井さんの冊子も俺のように汚れも折り目もひとつないきれいな状態の冊子だったが、頁と頁の間には付箋でメモが貼られていた。

 多分、俺はそれを見て驚いた。

「えーっと、これだ」

 浅井さんは付箋をめくり、部活動のメモを見つけ冊子を開いた。

「注意点の項目にありました。これです!」

『5・注意点

  ・部活動発足の場合、4人以上の加入者及び顧問が必要となります。

   注:発足後、何らかの事情により4人以下となった場合、部活動の存続は可能です。(原則、代表者を立てること)

  ・部費、予算は部活動のみ使用。

   注:使用する場合、領収書が必要。(利用内容が不適切と判断された場合、自費での請求として処理します)

  ・部活動発足後、部員がいなくなった場合は年度末を〆切りとし廃部とします。』

 おそらく今、俺の顔はにんまりとにやけているのだろう。

「浅井さんは、その冊子を読んだ。

 そして、部員がいなくとも一年後までは部活はあると説明されてそれが当たり前だと思ったんだ」

「ああ、なるほど。

 私はいつの間にかミスリードに嵌まってたんですね。

 でも、それじゃあ先生がなんで文芸部が廃部だなんて言ったんでしょうかと言う答えにはならないですよね?」

 浅井さんは、上目で半分納得して半分納得していないような正に半信半疑の状態だった。

 こいつを納得させるには、もう一押し必要か。

「田中先生は新任だからな。

 新任の先生だからこそ浅井さんみたいに、念入りに冊子を読み込んでたんだろう。

 それで浅井さんが文芸部について訪ねて、調べたんだろう。そして文芸部員が0人だと知って、そこから冊子の情報を繋げた。

 文芸部員が0人だから来年には廃部になるって」

「先生もミスリードに嵌まってたんですね。まあ、納得しました」



 6 存続、理由


 廃部の誤解を解き暫く二人で各自、持参の文庫本を読んでいた。

 浅井さんは、歴史小説を読み俺は適当に姉が買ってきた小説を読んでいた。

 多分、ホラーだろう。

「でも、なんで文芸部は廃部は免れるのでしょう?」

 え、まだ続くのかその話し……。

 浅井さんは、読み途中の本を惜し気もなくパタンと栞も挟まずに閉じた。

「どうでもいい。じゃあ、帰る」

 なぜその行動を話しが終わったときにやらなかった。と俺は後悔した。

 そして、案の定……。

「ちょっと待ってください。考えましょう?」

 鞄を押さえられ、強く引っ張ってもびくとせずに諦めた。

「ありがとうございます」

 浅井さんは嬉しそうな笑顔だった。

「で、聞くからには浅井さんは、考えがあるの?」

「いえ、ありませんよ? ふと思ったことですから

 それに、まだ文芸部に部室があることも考えてないですよ」

 即答で私、知りませんみたいな反応は苛立つが……浅井さんの二つ目の疑問か……。

 確かに文芸部が存続できるにしても、部室があるのはおかしい。現に部室が与えられない部活もあるらしいから。

 人がいないとわかってて部室があるのも不自然だ。

「そう言えば、忘れてたな」

「はい。だから考えましょう?」

 結局、どう転んでも考える羽目になってしまう。今日は、厄日だな。

「部活が存続し続ける理由と部室が与えられる理由……」

「多田さんは、その二つは繋がると考えてるんですね!」

 むしろ浅井さんの口振りから、二つは繋がるって考えたんだけど、もしかして同時に二つの事を考えろって言いたかったのか?

 しかし、不意に繋がると考えたが本当に繋がるかもしれない。

「俺は、存続理由と部室は繋がると考えてる。だから浅井さんも、繋がると仮定して考えてほしい」

 別に繋げた答えが正解じゃなくていい。この状況的証拠が不足してるなか、どう自分にも浅井さんにも納得のいく答えを出すことが重要だ。

 考えろ。無頓着な生活をしている身としては、酷だが考えろ。

 二つの事を繋げることのできる答えを出す判断材料は、既にあるはずだ。

 入学から今日まで学校での出来事を思い出せ。

「なあ、文芸部が評価されるってどんなときだ?」

 考える内に不意にそう呟いた。

「文芸部が評価される理由?」

「そうだ。それも校内の評価じゃあ多分、影響力は小さい」

「校内の評価……文系テスト以外の評価点。

 例えば、市区町村で稀にやる論文や文集のコンテストで入賞するとかですか?」

 そうだ、それだ。でも、それじゃあまだ弱い。

「『学校が功績を称え重んじる』程の評価ってなんだ?」

 いつか先生も姉も言っていた。深久高校は、成績や功績を称え重んじると……。

「『深久ライフ!』1ページ目の序文の枠で書かれていた文ですね」

 『深久ライフ!』は読んでないからそんな文章あったのかってくらいには驚いたが、それを読み込んだ浅井さんが言うのだから確かなのだろう。

 そして、それを聞いて確信した。

「前代は、文芸部で何らかの功績を修めた。

 この高校は、成績や功績を称え重んじる。これはこの学校に務めて長い俺の担任が言うし、OGの姉さんも言っていた。

 更には、新入生の最初の配布物である『深久ライフ』の最初のページで入れるくらいに深高は、その言葉を大切にしてる」

「それなら、さっきの市区町村の――」

「違う! そんな、小さな奴じゃあただ校長室に呼ばれて拍手喝采で終わる。

 もっと、文芸部と部室が今後も存続できるくらいに影響力のある功績が必要だ」

 いつの間にか浅井さんも、自分の出した結論を曲げて考え始めた。

「私、思うんです。深高がなぜ、成績や功績を称え重んじるのか?

 それは、好成績、功績を修めた人を称えると同時に学校が誇れるからではないのでしょうか」

 学校が誇れる程の功績……。

 文芸部員がそれ程の功績を修めることのできるもの……。

「かつて、文芸部員が全国的な文芸的コンクールで賞を取った。

 その功績を称え今後、いかなる理由があろうとも文芸部は部室共々、存続を保証する」

 まるで、文章を朗読するようにツラツラとそう言った。

 無意識的に発した言葉に浅井さんは、目を丸くして言った。

「うん。可能性としても納得いきます。

 でも、なんで第3理科室なんて辺鄙な場所に部室があるのでしょうか?

 やはり、功績を重んじても部室は追いやられるのでしょうか?」

「いや、功績を重んじるからこそ最初から『第3理科室』だったのかもしれない」

 これは自分の推測だが、第3理科室は普段は部室の候補としては挙がらない。

 さて、浅井さんはきっと聞いてくる。

 どこから、説明しようか。

「第3理科室が最初から文芸部の部室に?」

「そうだな。さっき、第3理科室がなぜ第3もあるのか説明しただろ?

 そのとき、理科の科目が多いから理科室も多く更には、視聴覚室や会議室でも授業があるって、そんな授業が多い理科の科目、授業が多い程、多くなるものもある。わかるか?」

 んーと言った感じで浅井さんは、思考を凝らしている。

「ヒント、どの教科も共通だ。だが全員が対象じゃない」

 一度、こっちを見つめて考える。

 そしてわかったように、はっと体を揺らして笑顔になった。

「補習ですね」

 正解。

「そ、補習だ。理科科目の授業が増えれば自然と補習も多くなる。

 現に今、下では補習が行われている。

 つまり、大量に補習希望の生徒多い教科だからこそ学校は、この部屋も使いたいはずだ

 なのに、こうして文芸部が独占してる」

 そして、はっと全てわかったように浅井さんは晴々した表情になり、その勢いで俺の方に顔を近づけ、

『ゴツン』

 頭をぶつけた。痛い。

「イツッ、すみません。舞い上がってしまって」

「いいよ。それより、わかったのか?」

 お互い額を撫でつつ、そう言った。

「賞を取った文芸部員は言ったんです。

 部室も部活も保証するなら、第3理科室を部室として使わせてくれと

 そして、深高が功績を重んじ従った」

 正解かどうかは知らない。

 でもこれが俺たちが納得のいく答えだ。

「そう。これで、納得したか?」

「はい」

 濁らない清らかな返事だった。

「こんな時間になってたか」

「そうですね。帰りましょうか」

 時刻は、5時20分を指しており荷物をまとめて文芸部の部室『第3理科室』を去った。

「そうだ。入部届けを出さないと!

 多田さんのも一緒に出しますよ?」

「俺はもう出した」

 キョトンとした顔で浅井さんは、見つめていた。

「そんな、文芸部にやる気だったんですね」

 まさか。物のついでだよ。と心に言い続くように、

「無頓着だからな。適当に書いて出しただけ」

「ふふっ、ご冗談を……。

 そうです、迷惑でなければ一緒につて来てはくれませんか?」

 急いで帰る理由も断る理由もない。

「はいはい」

 俺たちは、そうして未だに補習で居残りしてる上級生を横目に職員室へ向かった。

 

 そうして、俺は『文芸部』というレールに『浅井ゆい』と言う人物と繋がれ、共に歩むことになった。

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