第2話 文芸部員、入部(前編)

 1 放課後、入部


「へー、それで宏太が部活をか……なるほど」

 授業と言っても各教科担任の自己紹介が終わり、放課後のことだ。

 俺は男子生徒と一緒に教室に残り、時間を潰していた。

 部活には基本的に興味はないので、今頃行われている部活動オリエンテーションには出席しなかった。

 部活動オリエンテーションに興味ある者は生活のしおり『深久ライフ!』に部活動の説明の頁があるらしいのでそれを所持して参加している。

 ところで、

「お前は誰だ?」

「うぇ、まさかまだ覚えて貰ってない?」

 なぜか知らないが俺は、いつの間にか男子生徒と会話していたことに気付いた。

 男子生徒とは口ぶり的に小学校、中学校からの友人かと思われそうだが、深高に入学して初めて顔を会わせた。一週間前までは赤の他人だったのは間違いない。

「傷つくなー。僕は高田高樹たかだ たかき。一緒の委員会になったろ? よろしく」

「多田宏太だ、よろしく」

 そう言えば、金曜日の生徒会オリエンテーションのときに同じ実行委員会に運悪く任命された人がいたな。

「お互い、災難だな」

 苦笑いでそう言った。

 高樹は首を傾げた。

「災難? なんのこと?」

「いや、実行委員会のことだよ」

 補足を付け加えた。

「ああ、実行委員会は僕が自ら決めて入ったんだよ。それを言うなら、君が災難だよ」

 災難? なんのこと? 俺もそっくりそのままの気持ちだった。

「はっはーん、もしかして生徒会オリエンテーションの説明聞いてなかったな?」

「それは、まあ……」

 多分、聞いてない。

「実行委員会ってのは、生徒議会、生徒総会、文化祭、その他学校行事の運営を行う委員会のことだよ。

 謂わば、学校の雑務委員会ってとこだよ。

 前まではそれらの行事も各委員会で役割分担してたらしいけど発足から企画進行までに大幅なラグが発生するらしんだ。

 そんな面倒なこと、委員会全体が抱えてちゃあ非効率だから一つの委員会としてまとめちゃおう! ってことで発足されたのが実行委員会」

 改めて説明を聞くと、入学してまだ一週間も経ってない新入生でさえも「うわっ、ハズレ委員会だ」と呟きそうだな。

 まあ、決まってしまったなら仕方ない。

 後はその委員会の方針の流れに沿って流されよう。

 そんなことよりも……、

「部活どうしよ」

 ため息に近いくらいに、一息にそう呟いた。

「確か、歴史研究部、古典部、文芸部、ミステリー研究部だっけ?

 マイナーな部活すぎてポスターも見たことないよ。本当に入部してる人っているのかな?」

 高樹は笑顔でそう言った。

 高樹と俺は正反対な生き方をしてるかもしれない。

「ならさ、僕に『無頓着』な人らしい決め方を試させてくれない?」

「いいよ」

 正直、助かる。片っ端から見学するよりは人に決めて貰った方が楽だ。

「できたよ」

 高樹はプリントの裏面で円形を描いていた。

 円形には、十字に4等分されそれぞれ歴史研究部、古典部、文芸部、ミステリー研究部と記されていた。

「真ん中にシャーペンを立てて。倒れた方の部活が入部する部活ね」

 なるほど! これなら、わざわざ考える必要もない。

 俺は、円の中心にシャーペンを立てて、手を離した。

 思えばその行為は、偶然なようで必然的だったのかもしれない。

 多分、確定事項だった。

 なぜなら、シャーペンの重心はクリップの分『文芸部』に傾いていたからだ。

 思えばシャーペンが『文芸部』に倒れたとき「ト、トン」と二回弾いた音。あれは俺が『文芸部』と言うレールに乗せられた音だったのかもしれない。

「文芸部だね」


「お前、もう物理の補習か? はえーな」

「春休みに課題をやってなかったから、わからなかったとこを教えるから放課後、第2理科室へ来いって言われただけだ。補習じゃない」

「それを補習って言うんだよ」

 前を先輩二人が歩いており、二階で登りきった先輩から抜けるように更に二階より上へ階段を上がった。

 高樹は、用事があるらしく帰った。

 つまり今は、俺一人で文芸部の部室の扉を叩かなければならない。

 ポスターも張り出されてない部活なので、場所の特定も定かではなかったが、入部届を提出するついでに先生に聞くと去年と同じ場所の実習棟三階の、ここ『第3理科室』が活動場所らしい。

 去年のこととか学校見学したわけでもないから、知らないけど。

 更に先生が言っていたのだが案の定、部活は誰も入ってなく今年度一杯誰も入らなかったら部費が学校の予算から降りなかったらしい。

 学校の予算から出される部費の削減できなくなってしまって、ごめんなさい。

 心の中で上部だけでも謝罪して、部室へ入った。



2 文芸部、少女


 理科室は、例えマッチを机に落としても燃え移らないように加工された黒い机が並べられていた。

 確か、黒い板の加工って高く値が張ると今日の理科の授業で教えられた。

 まあ、イスは木製だからイスに落としたら燃えそうだけど。

 今日の授業で理科室はなぜ黒板から左右の壁に窓がはめられているのか。

 それは、実験後の悪臭の換気の効率を上げるためと先生の雑学が披露された。真偽は不明だが。

 その為、理科室は照明がなくとも窓からの日差しにより光源には今は困らなかった。

 そんな理科室には、黒板に背を向けて右側。最前列から二列目の席に女の子が座っていた。

 少女は、長すぎず決して短くもない肩の少し下当たりまでのびた黒髪。

 私服校にも関わらずクリーム色のカーディガンとスカートを着用し、まるで堅苦しい学生のようにも見えた。

 問、理科室にいた少女。彼女を漢字で表現するなら4文字で答えよ。

 答えは、

「文学少女」

 問から答えるまで時間はかからなかった。

 文学少女は存在に気付いたのだろう、とことこと歩み寄ってきた。

 立つと少女は、おそらく高校一年生の女子平均身長より少し高いくらいの背丈だ。

 女子平均身長がどのくらいかは知らないけど、少なくとも俺のクラスの女子と背の順で並ばせたら彼女は、真ん中より後ろくらいの順番だろうと思った。

「文芸部の方ですか? もしかして、先輩……ですか?」

 丁寧な口調で少しスローテンポな喋りは初対面であっても、癒されてしまうほどに口が緩みそうになる。

 大きな瞳はずっと俺を見てくる。

 普段、人の目を見て話さない身としてはそれだけが厄介だった。

「い、いや……俺は一年だから少なくとも先輩ではない」

 なぜ異性と話すだけで緊張する。

「そうですか。それなら、私と同じですね

 私は1年C組の浅井あさいゆいです。よろしくお願いします」

 綺麗に整ったお辞儀を完璧にこなした。

 人の今後の印象は、第一印象が大事だと聞くがここまで好印象を与えた人は初めて見た気がする。

「俺は、1年B組の多田宏太だ。よろしく」

「ええ、ご存知でしたよ」

 浅井さんは意味深な言葉を呟き、ふふっと笑うより微笑んだという表現が適切なくらいに笑みを浮かべた。

「嘘ですよ」

「え?」

「小説でテンプレじゃないですか。初対面なはずなのにヒロインは、あたかも主人公が知らないところで意識していたという伏線です」

 流石、文学少女。文学少女の豊富な知識に拍手。

「あーあぁ、すみません。やっぱりこれは失敗ですよね?

 ずっと考えてたんです。

 どうやってユーモラス溢れた会話になるかなとか、ユーモラスに攻めるなら文芸部らしさを強調して、小説的なことをしたら文芸部に来た人は暖まるかなって考えたんです

 私の身内が文芸家でして、いつもそう言った感じで挨拶をしてきたので……」

 浅井さんは苦笑いを浮かべた。

 そうか文学作品が好きな文芸部員は、あの会話から暖まれたのか……。

 浅井さん、ごめん。俺は本はそれなりには読むけど、その殆どが暇潰し程度に読むだけで話の展開とか、テンプレとか考えたことがないんだ。

 だから浅井さんの必死な会話も空回って、すっかり冷めた空気になってしまった。

「そうなんだー。浅井さん、落ち込まなくても大丈夫、次がある(……多分)だから俺、帰る」

 棒読み感丸出しだった。

 文芸部には所属した。もし、一人だけなら強制的に部室に行って形だけでも活動しなければならなかったが二人いる以上、一人は幽霊部員でも問題ない。

 これは好機だ。

 何より、浅井さんという得体の知れない人物と一緒にいるのは気が引ける。

「ちょっと、待ってください!」

 立ち去ろうと振り返ったと同時に浅井さんは、服の襟元を力一杯振り絞り引いた。

 後ろによろけて危ないとか、怖いとかそれ以前に喉元が締まり苦しい気持ちの方が勝っていた。

「……危ない……苦しい」

「あ、すみません。でも、待ってください!」

 簡単な謝罪を挟みつつ浅井さんは、笑顔で目の前に立っていた。

 じゃっかん恐怖すら感じた。

「今後の方針を固めましょう?」

 ああ、そっか。それは大事な話だ。

「それなら、浅井が部長でいいよ。部活の方針も任せる」

 面倒くさいし、早々に幽霊部員にでもなろう。

「本当ですか! ありがとうございます。なら早速、少し考えてはくれませんか?」

「考える……何を?」

 まあ、活動方針を考えないと今日の部活は終われないよな。

「そうですね……。なぜ、文芸部に『第3理科室』と広い部屋がわり当てられたのでしょう?

 それを一緒に考えてみませんか?」



 3 部室、第3理科室


 予想外だった。活動方針そっちのけでそんな変なこと気にするか?

 信じられない。考えられない。

 俺なら絶対に気にしない。

「それは、今考えること?」

「はい。文芸部の実力を定めたいんです!」

「帰っていい?」

「ダメです。立ち話もなんですから座りましょう?」

 荷物を持たれてというより、半ば奪われて浅井さんは先ほどまで座っていた席の隣に荷物を置いた。

 そして、どうぞと言わんばかりに木製のイスをポンポンと叩いた。

 どうやら、俺の席はそこらしい。

「わかったよ」

「はい。では、よろしくお願いします」

 浅井さんは文庫本をしまい、一つ息をついた。

「多田さんはどう考えますか?」

 即興で考えられるほど俺は、探偵のように頭脳明晰でない。

「知らん。と言うかまず浅井さんの話を聞かせてくれ」

「そうですね。まず、なぜ私がその疑問を抱いたのかそこから話しましょう。

 私は、文芸部に入部したいと初めから思ってました。

 今日、オリエンテーション前に先生に聞くと文芸部は部員もいなくてオリエンテーションの壇上に上がらないどころか、ポスターすらありません。

 なので私は、先生に文芸部のことを調べてもらい活動場所を案内してもらいました。

 それが、ここ『第3理科室』なのです。

 第3理科室に入って疑問に思った事があります。

 一つがなぜ、理科室が第3もあるのでしょうか?

 二つ目がなぜ、今まで誰もいない部活に第3理科室という広い部屋が割り当てられたのでしょうか?」

「で、人に疑問を問うまえに自分で考えた?」

 そう言うと浅井さんは、顎を指にのせて考え込んだ。

「んー、単純に文芸部が御飾りだから『第3理科室』に追いやられたからとかですか?

 第3理科室って、三階ですし普段使うにしても不便ですし」

「それが答えでいいんじゃないか?」

 浅井さんは言った。「一緒に考えてみませんか?」と、それは今二人は本当のことを知らないことになる。

 知らないことをあーだ、こーだ言っても結局は、答えに至っても正解にはならない。

 それなら、真偽はともかく答えをだけを埋めればそれだけでいい。

 結局、今してることは無駄だ。

 本来であればこんな問題、俺は答えず無視する。

「それじゃあ、矛盾があるんです。

 先生から聞いたんですけど今の文芸部は、人が入らない部活だと聞きました。

 私がその話で考えた深高、人気部活ワースト3は、ミステリー研究部、歴史研究部、文芸部です。順位基準は、入部者順です」

 なのに彼女は、俺とは違い疑問に満ちている。

「論点ずれてるぞ」

「ごめんなさい。でも、この三つの部活を出しておきたかったので。

 では話を戻します。

 部員がいない部活。ミステリー部、歴史部、文芸部ですが文芸部だけなんです。

 文芸部だけ、こうやって部室があるんです。

 他の二つは、部室がないんです。

 もし、追いやられるなら部室すらなくなるのが当たり前じゃありませんか

 なのに文芸部だけがこうやって部室が割り当てられている……普通じゃ考えられません」

「まあ、そうだな」

 確かに不思議だ。

 ……いや、違う。俺は何を興味示してる。駄目だ。俺は、無頓着でなければいけない。

 無頓着であればもう、感情に踊らせられなくて――。

「あの、次は多田さんの番ですよ?」

「そう言われても、俺は初めからそう言うものだと思ってたからな。

 まあ、一つ目の疑問の理科室が多いわけは説明できるが」

「本当ですか! 是非、教えて下さい!」

 そう言った瞬間、浅井さんは獲物に食い付くような視線で見つめた。



 4 理科、科目


「理科室が多いわけは、授業の種類にある。中学校までの理科は単に理科として一つの授業にまとめられてたが高校は違う。この高校は理科は何種ある?」

 なぜ、そこまで気になる? 食らい付くほど気になる?

「えーっと、化学、生物、地学、物理くらいですか?」

「まあ、そのくらい。じゃあもし、理科室が一つしかなかったらどうする?」

「それは、ローテションで授業を回すとかですか?」

「それは無理だ。確かにローテションで使うとなればある程度の数はいけるだろう。

 でも授業の対象は、1年は全員、2から3年の理系選択者だ。

 教室一つじゃあ足りない」

「確かにそれじゃあ足りませんね。

 でも、三つも必要でしょうか?」

 目を丸くして首を傾げる少女を見て愕然とした。

「え? むしろ、三つで足りるって思ってるのか?」

「はい。でもそれじゃあ駄目なんですか?」

「三つで足りてないから、二年目以降の理系選択者の生物と地学の授業は、実習棟の視聴覚室と会議室で執り行われてるって先生が言ってたが」

 全ては、今日の理科の授業で教科担任が言っていた受け売りだ。

 この俺が、学校の無駄なことを調べるわけなかろう。

「そうなんですね。私、理科はまだ受けてないので知りませんでした」

 浅井さんは、何処と無く悲しげな表情になっていた。

「でも、それならもっと理科室を増やした方がいいのではないのでしょうか?

 需要があるなら供給は応えなければなりませんか?」

 確かに……でも、それじゃあ余りにも単純すぎる。

 学校が理科室を増やせない理由があるはず……。

「そうでもない。学校は、理科室を増設できない理由がある」

「それも先生からの受け売りですか?」

 不安そうに訪ねる少女を見て、ああ、なるほど。だから彼女はあのとき悲しそうだったんだと思った。

「いや、個人の推測だから一概にコレが正しいってわけじゃないけど、それでも聞く?」

「聞きたい!」

 今度は、嬉しそうに笑顔でそう言った。

「その理由は、コレ」

 コンコンと机の黒い板を叩いた。

「この黒い板は、炎が燃え移らないようにとか、薬品をこぼしても大丈夫なように加工されてる。

 その加工が結構なコストになるって聞いた。

 だから、コストが大きい理科室の増設ができないわけ」

 ホッとしたのか彼女は、一息ついていた。

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