文芸部の不快な新入部員

My

第1話 文芸部員、入学

1 導入、入学


 無頓着とは、気にしない。何事もこだわらないということらしい。

 多分、俺と言う人物を単語で本文中から三文字で抜き出せと国語のテストで出題されたら、100人中、100人が回答し99人が正解するだろう。

 ちなみに、正解は『無頓着』だ。

 正解した人には、俺からおめでとうと称賛するよ。

 ただ、その設問の配点は1点だから『無頓着』と回答用紙に書くのが面倒だったり、たかが配点1点のために『無頓着』の前後の文章を読み返すのが面倒だったらさっさと問題を飛ばして、次の配点が大きい問題に取り掛かった方が懸命だ。

 俺だってそうする。

 別に100点に拘るわけもないし、クラストップも学年順位も気にしない。

 そう、これが俺が無頓着なわけだ。


「今年から新たに深久高校ふかく こうこうの教師の一員となる田中真史です。

 皆さんと同じ深久高校の一年生のような人なので気軽によろしくお願いします!」

「田中先生は、1年C組の担任を担当されます」

 入学式が終わり、続いて先生の挨拶が始まっていた。

 気が付いたときにはそう言う場面だった。

 別に先生の挨拶も入学式もどうでもいい。

 そう、そう言う感じで俺は、これからの高校生活を贈るつもりだった。

 俺は、無頓着でなければならない。



2 二日目、オリエンテーション


 そんなこんなで適当に試験の問題に挑んだら志望校に基、先生に無理矢理オススメされた高校に合格して、今まさに入学式を終えた二日目のオリエンテーションを受けている真っ最中だ。

「最初の一年は、みなさん同じ授業を受けてもらいます。二年目以降は、文理それぞれの授業を選択していきます。

 なので、みなさんが授業のときでもホームルームのときでも一緒になれるのは、この一年しかありません。

 お互い、協力しあって中学校からグンっとレベルが上がった高校生活を送りましょう

 例え、この高校が功績を称え重んじるとしてもサボりは許しませんよ!」

 毎年、一クラス40人くらいの生徒を受け入れてきたのだろう。学年主任でもある先生は、慣れたご様子で。

 初日は、学校設備のオリエンテーション。

 二日目は、授業の段取りのオリエンテーション。

 三日間は、生徒会のオリエンテーション。

 四日目以降から授業開始。同時に部活動オリエンテーションの開始。

 と言っても、四日目は日曜日挟むから来週からか。



3 休日、姉さん


 休日と言う響きは実にいい。部屋でのんびり過ごしていられる。

 スマホがさっきから小刻みに震える以外は……。

 スマホには、LINEという便利なコミュニケーションツールがある。

 さらにLINEの中でも便利な機能、グループと言うのがある。

 まあ、お察しの通り昨日の夜から、誰かしらが立ち上げた『1-B』とクラスのグループが日曜日の今も盛り上がってるわけで……。

 クラスのグループは、最初の一回の挨拶だけ済ませて後は、トーク画面すら開いていない。

 最初の一週間は、品定め。

 入学早々にクラスのグループLINEが結成し、外見的には団結力のあるクラスだと思われるが、内面的には他愛のない話題での返信、内容、スタンプのセンスが見られて誰かしらに気に入られれば、その後に個人的にLINEの登録、個人のトークが始まる。

 そうやって始めは、ひとまとまりだったクラスは、細胞分裂するかのようにバラバラになる。

 まあ、そんなことに興味はないから俺は、未読無視をする。

 友達とかって無理矢理作るのが面倒だから。

「宏太、ちょっと来い!」

「はいはい」

 姉の声が家中に響き渡る。

 不本意ながら部屋から出て、姉のいるリビングへ向かう。

「なに?」

 我ながら不機嫌な声だ。不機嫌すぎるあまり自分でも自分の声かと驚いた。

「なにじゃない。せっかく弟の入学の祝いに帰省してきてやったのに、ずーっと部屋に籠りっぱなしでだらしないんじゃないの?」

「で、帰って来たのは何?」

 姉の無駄に長い話が始まる前に問い詰める。

「だから、弟の入学を――」

「嘘。この前、高校の合格祝いで帰って来て言ったよな? "合格祝いで帰って来たから入学のときは帰れないけど、しばらくの間は我慢して"って」

 今日だけで、学校で話す以上に話したと思う。

 むしろ、こんなに声を出すのが久々すぎて裏返りそうになった。

「あーえーっと、そう弟の制服姿を写真に撮ろうと……」

 姉は、一眼レフのカメラを持ち上げた。

「それも嘘。姉さんも同じ高校に通ったならわかってるよな私服校だから、制服はないって」

 とうとう姉の目が俺から逸らし始めた。

「もしかしてまた?」

「そうよ! また教授の助手の予定が潰れたのよ」

 姉は、大学三年生で考古学者を目指している。その考古学者になる傍らで考古学者の教授の助手として勉強をしている。

 ときには教授と一緒に海外まで行くのだが、あの有名な冒険映画シリーズの主人公のようにポンポンと調査に向かえるわけでもなく、計画が倒れることも結構あるらしい。

「それと、無頓着のあんたに深久高校ふかく こうこうの忠告でも」

「忠告?」

 柄にでもないことを言う。忠告なんて姉が真っ先に破りそうなのに……そうとう、今回の旅が倒れたのがショックだったんだな。

 せめてもの慰めとして聞いておこう。

「よし。深久高校、通称『深高』はご存知の通り受験になると就職はなく殆どの生徒がその年で進学する進学校。

 よって、校則としてバイトは禁止されてる。いいね?」

「知ってる」

 嫌な予感がする。

「じゃあ、どう言うことか……深高生徒は放課後には自由になりやすい。すなわち、放課後はみな塾や習い事、部活に勤しむわけよ」

「はぁ……」

「ところが『無頓着』なあんたは、習い事をしてるわけでもない」

 大体、何を言いたいかわかった。

「俺が外でも興味の引くことがないから、とりあえず学校で部活をしろと?」

「そう、そう言うこと!」

「無理、嫌、やりたくない」

 ここまでの会話の流れが、まるで清流のようにすらすらと即答の連続だった。

 無論、部活なんてやる気はない。むしろ、部活じたいに魅力は感じなかった。

「スッー……はぁー……」

 姉は、ため息をするためだけに息を大きく吸って吐いた。

「あんたね、深高に入れるくらいのハードルは飛び越えれるけど、深高で頂点とれるとか登り詰められるって思ってないでしょ?

 深高の土俵に上がったら、あんたは中の下の成績なんだから。

 成績や功績によっては、ある程度のサボりも許されるけど、あんたは到底無理!

 成績で歯が立たないなら、先生との心証は大切にしなさい。でないと、いい大学に推薦させてもらえなくなるわよ」

 ああ、それで部活か。部活をやっておけば多少、成績がよくなくとも"部活動に励みました"と先生からも評価される。

 内申書、調査書で評価されろってことか。

「はいはい、でなんの部活をしたらいい?」

 これ以上、姉の青春論を語られたら怠いので釘を指す。

「そうね。あんた運動って柄でもないし文化系にしたら?」

「文化系って何ある?」

「え? 知らないの! あんた、生活のしおり的なものは?」

「知らん」

 入学式後に貰ったのは覚えてる。確か『深久ライフ!!』とかって題名で、イラスト屋でフリー素材をダウンロードして、それをそれっぽく張り付けた表紙に、パソコンから最初っから入ってたようなポップ体のフォントで入力された手抜きと低予算感丸出しのあの冊子のことだ。

 あの冊子は今頃、所有者が無頓着ゆえ一度も開かれたことすらなくロッカーの底の方に誰よりも早く眠っていることだろう。

「あんた、いつか地獄を見るわよ……」

 姉の呆れを気にすることなく、冷蔵庫から牛乳を取りだしコップに注いだ。

「姉さんがいたときでいいから、さっさと進めて」

「んーじゃあ、科学部」

「やだ。二、三年が偉そうに鼻に付くような話し方しそう」

「料理部」

「女子生徒がキャッキャうるさそう」

「将棋部」

「先輩後輩の上下関係厳しそう」

「囲碁部」

「将棋部と同じ」

「パソコン部」

「なんかお察しの人たちが多そうでいや」

 ……、

 …………、

 ………………。

 さっきの姉の会話を清流と言ったが、これは濁流のように次々と即答が連鎖した。

「もういいわよ! あんたの青春なんて知らない。

 歴史研究部、古典部、文芸部、ミステリー研究部。

 その4つよ! 否定も許さない……フンッ」

 はは、とうとう逆ギレして不人気部活を挙げたよ。どれも興味ないけど。

 でもこれ以上、姉の機嫌を損ねると今後の俺のお小遣い事情に響きそうだ。

「じゃあ、その4つで考えるよ」

 適当に社交辞令でそう言った。

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