明けた夜は暗闇と比べて賑やかで、閑静な空気は消え失せていた。鳥達の歌声が騒々しくも響き、辺り構わず共鳴している。明るさを増し、陽は自己主張し続ける。暑い

風が夏の来訪を伝えている。


 いつの間にかぼくは半時の間、すっかり眠ってしまっていた。それでも、眠り足りないのか睡魔が襲い掛かって来る。頭が回らないのがいい証拠だ。

「もう、会えない。・・・・・・ただ、それだけだ」

 口に出すと、勝手に泪が滑り出した。言葉ひとつで。床に、足に、服に、指に、頬に、思いが零れた。

「勝手に現れて、勝手に消えるなんて・・・・・・」

 呟いて思い直す。違う。ぼくが追い出したんだ。好きだから、消えてしまわないように離れたんだ。大好きだから、ずっといて欲しくて。

(神狩やからって、そのままでええのに・・・・・・わいは)

 どうしても、ぼくはその言葉を信じ倦(あぐ)ねていた。初めて会ったのに恋をして、好きだと言ってもらっておきながら・・・・・・

「こんなぼくでも良いって、言ってくれたのに・・・・・・何にも出来なかった。追い出す以外何も・・・・・・何にも」

 旭が登り、昼まで後一時ある。のろのろと井戸へ歩を進める。今朝飲む分の水が無い。水生に引き摺られた土間を通り、緑の回廊を抜けた。

「何でだと思う。どうしてぼくはこんな躰なのか・・・・・・何か悪いことしたのかなぁ」

 振り仰いで木々に尋ねてみるものの、当然返事は無く、ざわざわと葉摺れの音が騒ぐ様に揺れて辺り中に広がった。天は相変わって蒼くなっている。

 生まれて十七年、どこへも旅に出たこと無い。ぼくの世界は家の半径二里の範囲内で、たまに少し遠くに行っても家に必ず帰る位までだ。その中で何か起こしていたのかもしれない。でも、それを知るのは最早、現在いない両親だけだ。

 不意に一粒、雨が鼻に落ちた。それから、続いて流星群のように降り注いだ。木々の葉に当たり、雨は大きな雫に形を成して落ちゆく。降り仰ぐと、天は白い雲が所々あり、それでも蒼い空間は見えていた。狐の嫁入りだ。

 父が井戸用に拵えた小さな屋根の中に入り、雨を凌ぐ。雨足は弱く、すぐにでも消え入りそうだ。今の内ならと、勢いを付けて家まで走ろうとした。躰に水を受けて思い出した。

「・・・・・・水生」

 そう言えば、まだ一度たりとも名前を呼んでいなかった。

「・・・・・・水生・・・・・・水生・・・・・・」

 雨水に晒されながら、ゆっくりと歩き出した。家に向かうまでに何度も呟く。会いたいと願いながら。

 立ち止まり、受ける水の冷たさで泪が零れる。無意識の浪が寄せては返す。

 緑が雨粒を流す。風は相変わらず生温かいままだ。 

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夏風の吹く木陰にて 英 万尋 @hanabusamahiro

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