十
明けた夜は暗闇と比べて賑やかで、閑静な空気は消え失せていた。鳥達の歌声が騒々しくも響き、辺り構わず共鳴している。明るさを増し、陽は自己主張し続ける。暑い
風が夏の来訪を伝えている。
いつの間にかぼくは半時の間、すっかり眠ってしまっていた。それでも、眠り足りないのか睡魔が襲い掛かって来る。頭が回らないのがいい証拠だ。
「もう、会えない。・・・・・・ただ、それだけだ」
口に出すと、勝手に泪が滑り出した。言葉ひとつで。床に、足に、服に、指に、頬に、思いが零れた。
「勝手に現れて、勝手に消えるなんて・・・・・・」
呟いて思い直す。違う。ぼくが追い出したんだ。好きだから、消えてしまわないように離れたんだ。大好きだから、ずっといて欲しくて。
(神狩やからって、そのままでええのに・・・・・・わいは)
どうしても、ぼくはその言葉を信じ倦(あぐ)ねていた。初めて会ったのに恋をして、好きだと言ってもらっておきながら・・・・・・
「こんなぼくでも良いって、言ってくれたのに・・・・・・何にも出来なかった。追い出す以外何も・・・・・・何にも」
旭が登り、昼まで後一時ある。のろのろと井戸へ歩を進める。今朝飲む分の水が無い。水生に引き摺られた土間を通り、緑の回廊を抜けた。
「何でだと思う。どうしてぼくはこんな躰なのか・・・・・・何か悪いことしたのかなぁ」
振り仰いで木々に尋ねてみるものの、当然返事は無く、ざわざわと葉摺れの音が騒ぐ様に揺れて辺り中に広がった。天は相変わって蒼くなっている。
生まれて十七年、どこへも旅に出たこと無い。ぼくの世界は家の半径二里の範囲内で、たまに少し遠くに行っても家に必ず帰る位までだ。その中で何か起こしていたのかもしれない。でも、それを知るのは最早、現在いない両親だけだ。
不意に一粒、雨が鼻に落ちた。それから、続いて流星群のように降り注いだ。木々の葉に当たり、雨は大きな雫に形を成して落ちゆく。降り仰ぐと、天は白い雲が所々あり、それでも蒼い空間は見えていた。狐の嫁入りだ。
父が井戸用に拵えた小さな屋根の中に入り、雨を凌ぐ。雨足は弱く、すぐにでも消え入りそうだ。今の内ならと、勢いを付けて家まで走ろうとした。躰に水を受けて思い出した。
「・・・・・・水生」
そう言えば、まだ一度たりとも名前を呼んでいなかった。
「・・・・・・水生・・・・・・水生・・・・・・」
雨水に晒されながら、ゆっくりと歩き出した。家に向かうまでに何度も呟く。会いたいと願いながら。
立ち止まり、受ける水の冷たさで泪が零れる。無意識の浪が寄せては返す。
緑が雨粒を流す。風は相変わらず生温かいままだ。
夏風の吹く木陰にて 英 万尋 @hanabusamahiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夏風の吹く木陰にての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます