佐藤加奈の日常

高橋聡一郎

第1話

その日、佐藤加奈は、横浜の出会い系カフェという場所で暇をつぶしていた。

この場所は女が外縁に座り、中にマジックミラーで区切られた場所で男達が、女達を品定めする場所だ。そして、女性には一人一人番号が付けられている。

出会い系カフェとはそういう場所だ。

だが、佐藤加奈はその場所が決して嫌いではなかった。佐藤加奈は自分が美人であり、それを自覚していたし、ここに来る男は大概見た目で判断出来ると考えていた。

佐藤加奈が何時ものようにドリンクバーでお気に入りのドリンクを飲みながら、パソコンでブラウジングしていると自分のナンバーが呼ばれた。

加奈はどんな男が来るのか楽しみにしつつカーテンで区切られた出会いの場所へと入っていく。

その男は一見気弱そうな男だった。

「実は僕は童貞で・・・」から始まった交渉。

そして、「僕からは手を触れないから・・・いかせてくれたら、その回数分一万円払うよ、最初に手付として一万円払います。これはゲームだと思って」という男の言葉に興味をそそられた。

きちんと気遣いが出来るようだし、問題ないか?っと思った加奈はその男とホテルへ向かう。

男は大きな黒いバックを背負っていた。手にも荷物を持っている。

まぁこれもボランティアだと加奈は思った。優しく接すれば男は大概大人しくしてくれる。

今まで加奈は男から酷い目にあったことはなかった。


途中のコンビニで男は加奈になんでも買っていいと行った。加奈は喜んで買いたい食べきれないだろうアイス、昼飯を買い込んだ。男が買ったのは飲み物だけだった。


ホテルの部屋に入ると男は真剣な顔で言い始めた。

「君は僕の初恋の人によく似ている。出来れば僕とその初恋の娘役になってくれないだろうか?」

加奈が了承すると男は恥ずかし気に微笑んだ。

男は服が汚れるのは嫌だろうと包装されたワンピースと下着を着てくれと頼んできた。

「でも、ブラのカップが合わないかも」

しかし、ここまで来たら仕方ない、加奈は男の目の前でその服に着替えた。

それは清楚な感じのワンピースに、これまた少女が付けるような下着だった。


男が次第に興奮するのが加奈には感じ取れた。


男と向かいあって食事をとった。男は視線をさまよわせる。これは童貞というのは本当なのかもしれないと加奈は思った。


加奈はワンピース姿のまま、ベッドに上がり、おいでっと微笑みながら手を振る。


男は緊張しながら加奈の傍に座った。


男に脱いでもらうと男の陰茎は立っていなかった。これだけ、興奮しているのにどういうことだろう?

緊張しているのか?そういう男もいるという話は聞いた事がある。


「あの、イメージプレイいい?」

加奈は承諾した。

男はそっと加奈の腹に顔を押し付け、手を背中に回して抱きしめるようにしてきた。

「小野さん、貴方はなんでこんなことやってるんだよ、小野さん」

男は初恋の相手の名前だと言った名前で自分を呼び顔を腹に押し付け続けた。


しかし、男をいかさなければお金はもらえない、これはゲームだ。


「寝て」

加奈は男に言った。

男は素直に指示に従う。男の陰茎は萎えたままだった。

「ちょっと待って、色々買ってきた」

男はそういうとリュックを開けた。そこには大量のドリンク剤や怪しげな薬、そしてローションなどがあった。

他にも色々な種類の大人のおもちゃたち。

「これ自由に使って、僕からは君に手を出さないから」

加奈はそれを信用した、なぜって男からは暴力的な気配がなかったからだ。


男は従順にこれを飲めと言えば飲み、大人しく加奈の指示に従っていた。


ただ、加奈は大人の玩具に手を出す気にはなれず、とりあえずドリンク剤とローションを手に取った。

男はドリンク剤を飲むと。

「せっかく買ったからこれも飲むね」

と、おそらく大人の玩具屋のインチキ臭い錠剤も飲み始めた。


加奈はまぁいいかと、それを見守った。


加奈が男の陰茎に手での愛撫をし始めても男のものはなかなか立たなかった。


「ごめん、緊張してるようで」


男はすまなそうな表情で謝る。


「ううん」


加奈は微笑んでそれに答えた。これも哀れな男へのボランティアだと思えば問題ない。

加奈はそれほど、お金に執着する方ではない。

それに、既に一万円は受け取っている。それほど損はないと思った。


結局20分程、試したが男の陰茎はピクリともしなかった。最後にはローターなども使ってみたが駄目だった。


そろそろ、終わりにしようと、男に提案する。

男は最後に一度だけ抱きしめさせてくれと再び加奈の腹に顔を当てたそして、さっきより強く抱きしめ荒い息を吐き出し続けた。


「君が好きだ」


「え?・・・・私は小野さんの変わりでしょ」


「違う、もう小野さんなんてどうだっていい、君が好きなんだ」


加奈は少し怖くなった。


「それだったら、デートとか誘わなきゃね」


加奈は男に言った。


男は苦しそうに、「デートをしている自分が想像できない」と言った。


加奈にはその時恐怖より、哀れだと思う同情心の方が強かった。


男は「ごめん」と言って加奈を離した。


「お風呂行ってくるから」


男は苦しそうに微笑んで頷いた。


だが、男はドアを開け、小水をしている加奈に向かってきた。


「小水を飲ませて」


加奈が何かを言う前に男はそういった。加奈はしばし呆然としつつもコクリと頭を縦にふった。


男は真剣な顔で小水を手に受けると口に持っていって飲んだ。


加奈は男の行動に性的なものというより恐ろしい何かを感じた。


男はその後、感謝と謝罪をし大人しく出て行った。


加奈は風呂でゆっくりできなかった。あの男は怖い。


だが、まだ凶暴なものは感じ取れなかった。


加奈が風呂から出ると、男はボケっとした顔で下を見ていた。


加奈は服に着替える。


加奈が声をかけようとした時、男は立ち上がった。


手にナイフをもって。加奈を睨みつけるように見る。


「ベッドに上がって尻をこっちに向けろよ、犯してやる」


加奈は不思議だった、この男からは未だに凶暴な気配が感じられない。しかし、相手はナイフを持っているのだ。


「貴方はそんな人じゃないでしょ、それに立たないのに私を犯せるの?」


男は加奈に言われるとクシャっと顔を歪めた。


「もう、こんなことは止めてくれ、売春みたいなことは、男はこんな風に危ないんだよ」

男は加奈にそう言った。


「これは売春じゃない、私たちは出会い喫茶で出会っただけだし、これはゲームだって契約でしょ」


男はナイフをしまい、ベッドに腰かけた。


泣きそうな顔をしているのが見えた。


「私の事を侮蔑したことは許せない」


加奈は男に言う。


男は財布を出すと2万円を差し出した。


「帰ってくれ」


「いらない」


「これ受け取って帰ってくれよ」


男の哀願するような声の迫力に初めて暴力的なものを感じた。


加奈は自然に涙が出てきた。


私はなんでこんなことをしているのだろう。


嗚咽が出る。


加奈は押し付けられたお札を手に部屋を出た。


加奈はフロントまでに涙を止め、気を落ち着かせた。


そして、加奈はフロントで預けたアイスを受け取ると、出会いカフェへと歩いて行った。

加奈は混乱した頭のまま歩いた。加奈の日常へと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佐藤加奈の日常 高橋聡一郎 @sososo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る