第2.0話「藤林 初子」

「・・・・アポは取ったのか?」


「ん?取ってないよ?」


「・・・・」


私は「はあ」と小さくため息を漏らした。


現在の状況を説明しよう。


私は今校舎の建てられている山の麓にある住宅街に来ている。


石定の藤林さんに会ってみないか提案を呑んだ結果、その日の放課後わざわざ山から降りてここまでやって来たのだ。


住宅街には西洋チックな家が幾つも並列し、その全てに沈み行く夕日の光が均等に当てられていた。


舗装されたアスファルトの道をまっすぐ進み、一度みぎに曲がるとその家がある。


庭の広い二階建てのコンパクトな家は、白の塗りの塀によって周囲を囲まれ、突き出した植木は長らく世話をしていないのだろう枯れていた。


入り口を見下ろせる窓を見るとカーテンが全て閉じられ、開く気配は無い。


一見すると空き家だな・・・と、そんなことを心で呟くと、ふたつある窓のうちの左の窓のカーテンがわずかに開かれ、中からちらりとこちらを見下ろす人の目が見えた。


私はその目に気づき、その方向へと顔を向ける。


すると当然その人と目が合ってしまった。


「・・・・」


私は無言のままその視線を維持し続ける。


瞬間、目があったその人は勢いよくカーテンを閉めた。


「・・・・おい」


私は隣でおでこに手をあてながら塀の中の様子を見ている石定を呼んだ。


石定は「ん?どうしたの?」とこちらに向き直る。


私は「今、あそこに・・・・」と、窓の方に向かって指をさす。すると–––


––––––– ガチャリ。


扉が開いた。


石定は私の話を聞いていなかったかのように、扉の陰に隠れてこちらを見ている少女に駆け寄る。


するとその少女は駆け寄って来た石定にすぐさま飛びついた。


「その子が藤林か?」


私はでかい胸の中で藤林と思われる少女の頭をよしよししている石定に問いた。


石定はよしよししながら落ち着いた口調で「うん・・・・」と返事をする。


私はコートのポケットに手を突っ込みながら


「初めまして、石定と同じクラスの長井竜美です」


と、入学した時と同じように情報量の少ない自己紹介をした。


その子は石定に抱きつきながら、石定の胸の中で顔をスライドさせてこちらを伺う。


するとすぐさま石定を盾に私から遠ざかった。


「おい・・・・」


私はじとっとした目で石定を見る。


すると石定は口で「あはは・・・」と、目で『ごめんなさい』を言った。


石定は怯える藤林を「この人は大丈夫だから、ね?」となだめる。


その間私はどうしたものかと立ち尽くしていた。


そしてふと目線は庭の隅に置かれた植木へと向けられる。


そこにはスノードロップの札が刺された植木鉢があり、中には朽ちた茎だけが残されていた。


私は視線を戻し石定たちに向ける。


すると藤林と思われる少女は石定に肩を持たれながらおずおずとこちらに歩みよってきた。


「藤林・・・初子です」


細々と今にも死んでしまいそうな声で自己紹介をした藤林は、言い終わるとすぐさま石定の背後にかくれてしまう。


私は口で「はいよ」と反応を示しながら『はいはい藤林初子ね』と心で呟いた。


「ヘクシッ」


くしゃみの音が聞こえた。


出したのは私ではなく石定だ。


藤林はそんな石定に対し「中入って?」と小声で玄関へと促す。


それに従って石定は「うん・・・・ありがとね」と言って開いた扉の奥に入って行った。


その後に続いて私も「おじゃましまーす」と言って家の中に入り、後ろ手で扉を閉める。


家の中は暖房が効いているらしく暖かい。


私はマフラーは必要ないなと首から白マフラーを解く。


先に入った石定はすでに藤林とともにリビングに行っていた。


西向きの大窓のカーテンは全て閉められた暗いリビングルーム。掃除の行き届いたフローリングの床の中央には大きなダイニングテーブルが置かれていた。


「一人暮らしか?」


私が問うと、キッチンでなにやら作業をしている藤林と石定が「え?」と疑問符を浮かべる。


その後に藤林が「なんで・・・・わかったんですか?」と小声で聞き返してきた。


私は肩にかけていた鞄をダイニングテーブルに置いて、はあとため息を一つつき、説明する。


「家の中は掃除が行き届いているのに庭の手入れはお粗末な気がした。親が一緒ならたとえ子供が引きこもりでも庭の手入れくらいするだろ」


一気に言うと、石定は「んん?」と言って首を傾げる。


そして、


「でも今は冬だし、植物は枯れてるだけじゃない?」


と、当然の疑問を投げかけてきた。


私はその質問に間髪入れずに答える。


「スノードロップは冬に咲く花だ」


「えっ、そうなの?」


石定は隣の藤林の顔を覗き込む、すると藤林は「うん・・・」と吐息のような返事をした。


「やっぱり察しがいいね、長井くんは」


「よく言われる」


希薄な会話はそこで終わり、やがてティーセットをお盆に乗せた藤林が台所から出てきた。


石定が先に椅子に座り、藤林がカップを机に並べ始めたあたりで私も「気にせず座って!」と着席を促された。石定に。


・・・ここお前の家じゃねえだろ。


内心で呟きつつ私は石定の前の椅子に座る。


すると目の前に単調なアンティークカップが丁寧に置かれた。


お盆を抱えたまま藤林はストっと石定の横に腰を下ろす。


私はいつもの癖でカップをクラクラと揺らしていた。


「それで?」


私はゆらゆらと揺れる紅茶の水面を見ながら二人に問いた。


だが石定は「えっ?」と首を捻る。


いや、え?じゃねえよ。


「誘ったのはお前だろ・・・なんで私を藤林に会わせた?」


「あー、そう言うことか!」


言って石定は相槌を打つ。


人を連れ出す時は趣旨を忘れないようにね?


「えっと・・・あまり進展ないって言ってたからさ、少しでも役に立ちたいなって思って!」


「私はあと少しだから大丈夫って言ったぞ?」


「いやでも、何にもできないのはわたし的にちょっと・・・」


「気が引ける?」


「うん・・・」


気まずそうに返事をする石定。


最近なんとなく思ったのだが、石定は感情に靡きやすい性格だと思う。


木下の一件といい高橋先生の聴取といい、石定には場の状況よりも自分の感情の起伏に忠実な印象を受けた。


現に今も私の問い詰めに対し段々と熱が冷めていくようにテンションが下がっていくのが見て分かる。


みんなの人気者という立場の人間は大抵その辺を繕ったりするものだが、それをせずに素の対応のままでその地位に居続ける石定は珍しいケースだ。


外見のせいもあるだろうが、それでもこの石定がクラス内ヒエラルキー上位の者だとは考えても思えない。


ほんとなんで石定は人気者なんだ・・・?


自分の脳に問いても答えは返ってこない。


いや、その答えを出すのにはまだこの石定という少女の情報が足りないという返答はあったが。


どちらにしろ、まだまだ情報不足な現状では、様子を見る、という選択肢が妥当なところだろう。


私はクラクラしていたカップをカップソーサーの上にかちゃりと置き、「まあ。情報が増えるのは好都合だから、いいんだけど・・・」と一言呟いて、紅茶を啜った。






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それでも私は生きなければ。 柳 陸祢 @willow1188

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