第2章

 やがて小舟がたどり着いた浅瀬には男が横たわっていた。

 丸石の転がる河原にひとり横たわっていた。男は身動きした。

 「誰だい?」男が尋ねる。

 「近江香苗と申します。」彼女は律義に答える。

 「新参だね。ようこそ。」横たわったまま、苦しそうな声で言った。傷を負っている。

 「ここでは、助けを求める者には必ずそれが与えられる。ここは理想郷だ。」

 近江は怪訝な顔をした。

 「そうだよ、理想郷だ。数ある物語の中で救いの語られない物語は無い。」

 近江は何か問いただそうとしたが、彼は疲れ切ったように最期の息を吐き、まぶたを閉じてしまった。


 突然、背後声が聞こえた。

 「お前、ここが何処だって聞いた?」ニヤリと笑った。様に見えた。

 「どうして自分がここにいるのか、わからないだろう?」

 蛙だった。蛙が話しかけていた。

 


 「私は何も知らない。」

 「そうかい。なんにせよ、あんたに戻る道なんてないさ。」蛙はまたニヤリと笑った。近江はしばし考えてから質問した。

 「私は死んじゃった?」

 「違う。」蛙が答える。


 「君は答えを探さなければいけない。」含みを持たせるように蛙が言う。

 「私は何も知らない。なんなの?」

 「いいだろう。」蛙は笑いながら言った。

 「ここでは、救いを求める者には必ずそれが与えられる。そしてあんたには道案内が必要だ。」


「今日はもう遅い。少し手を貸すか。」

――ゲコリ。

目の前の地面が燃え上がった。

――ゲコリ。

何かフカフカしたものが近江の頭の上に降ってきた。手にとって見ると、古びたマントのようである。

「ぼろぼろだね。でもあったかそう。」近江はそれだけ言う。

「これだけのことが幸せなんだよ。」蛙はぼそりと言った。


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雨の中の蛙《あめのなかのかわず》 田中蜜柑 @tanakamikan

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