第7章 牢獄の皇子

第48話 皇城へ

 鴻の都に入ると、人の数も屋敷の数も一気に増えた。というよりも、道の両側には屋敷が密集して建ち並び、どこの往来にも人が溢れかえっていた。何と言おうか、隙間というものが、ない。


――なんて窮屈な街なんだろう……


 美玻は荷馬車の上から、千陶セトに作って貰った玻璃鏡ごしに、そんな街の様子を見ていた。何もかもが目を見張ることばかりだ。そもそも、比奈の王城ほどの大きな屋敷が、気軽にそこかしこにあるのが信じられなかった。



 やがて鴒帆の店に着くと、そこもまた立派な構えの大きな店で、大勢の人間が忙しなく出入りしている。とても活気に溢れる場所だった。鴒帆の帰着を知ると、店の者が一斉に店の前に出迎えに並び、美玻はただただ圧倒された。


 鴒帆に言われた通り、美玻は風呂を使い、旅の汚れを落として、着物を用意された新しいものに改めた。一人、豪勢な部屋に留め置かれて落ち着かないままに、美玻は用意された食事に、時折思い出したように手を付ける。


 大分経ってから、ようやく鴒帆が姿を見せた。こちらも、旅の間の気安い感じとは異なり、余所行きの衣服に改まっている。

「……ああ、待たせて済まなかったね。留守の間の、店の報告を聴いていたもんだから。それじゃ、浪瀬シロセ、後は頼んだよ。私はこの娘を連れて、御大尽様の元へ行ってくるから」

 鴒帆が側に控えていた番頭に言う。

「畏まりました」

 番頭は丁寧に頭を下げながら、ちらりとまるで値踏みするように美玻の方を見た。玻璃鏡が珍しいのかしらと思いつつ、何となく居心地の悪さを感じながら、美玻は鴒帆に伴われて店の外に出た。すると今度は、ここまで乗って来た荷馬車とは比べ物にならないような、瀟洒な馬車が止まっており、また驚かされた。


「あの……鴒帆さん」

 戸惑う美玻を余所に、鴒帆は慣れた様子で馬車に乗り込んでいく。仕方なく美玻もそれに続くと、背中で扉が閉じられた。これまでずっと堅い荷馬車に座っていたせいか、ふかふかする座面に座りの悪さを感じて、どうにも覚束なさを覚える。体を少しずつ前後左右に傾けながら、腰の落ち着く場所を探すうちに、馬車はいつしか長い漆喰の塀の脇を走っていた。


 美玻が長い壁だなぁ……と思ってから、その壁は途切れることなく、延々と続いている。もはやそれは、広い御屋敷という規模ではないのではないか。

「あのぅ、鴒帆さん、ここって一体……」

 言い掛けた所で、馬車が大きく傾いで止まった。

 外で何事か人の遣り取りをする声がして、馬車は再び走り出す。見れば、大きな門を――しかも、槍を構えた門番のいる門だ――馬車が潜って行くところだった。凄いと思いながら、馬車の進む前方へ何気なく目をやると、

「あのっ、鴒帆さんっ」

 門を抜けた先は、広大な広場になっており、数え切れないほどの馬車が、止まっていた。しかもどれも、豪勢なものばかりだ。鴒帆の馬車も、その中に紛れるように止まった。

「こっ、ここは、一体……」

「ここは、鴻の宮殿がある所ですよ。さっき通って来たのが、出入りの商人やら職人やらが出入りする為の、通用門」

「通用門……なんですか。あれで……?」

「さあ、行くよ」

 美玻が驚いているのを気にもせずに、鴒帆は馬車を下りて、さっさと歩いて行く。ここではぐれたら、二度と会えない気がする。そんな危惧を抱きながら、美玻は必死に鴒帆を追った。




 宮殿の中は、もう一つの街のようだった。広大な敷地の中に、それこそ山あり谷ありと、趣向を凝らした庭がいくつも造営されており、今現在、百近い数を数える皇族の、各々の御殿が点在しているらしい。更にそれぞれに仕える人間の数を勘定していくと、文字通り、街と言っても過言ではないぐらいの人間がここに出入りしていることになる。慣れない人間には、迷路の様に入り組んだ建物の間を、鴒帆は慣れた様子で歩いて行く。


「あの、鴒帆さん?あたし、自分が今から、どこに行くのかぐらい訊いても構わないですか?」

「ああ。私の店の、一番の上客であられるお方の所ですよ」

 いつもは一人称が『俺』である筈の鴒帆が、『私』という程に畏まっている。まさかとは思うが、一応確認の為に訊いてみた。

「あられる……って、まさかそのお方は、皇族のお方なんていう事は……ないですよね?」

「いや。そのまさかの、鴻国第七皇子の燥怜ソウレイ様なんだが」

「皇子、様……」

 美玻は眩暈を覚える。


 そんな大層な人に会うのかと思えば、畏れ多さも最上級に極まる。比奈での体験のせいか、高貴なお方というものに思い切り及び腰になる。

「ねえ、どうして、スズリのことで助力を仰がなきゃいけないお方が、皇子様なんて、そんな大層なことになってしまうの?」

「そりゃぁ……涼璃様が、鴻国第十三皇子であられるから、そんな大層なことに成らざるを得ないというか……」

「うっそ……」


――スズリが鴻国の皇子。


 その事実はあまりに突飛過ぎて、俄かには飲み込めなかった。それでは、スズリが害しようとしているのは、鴻国の皇帝陛下ということになってしまうではないか。

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