第29話 支配者の理屈

「沖斗……お前は、あの娘のことをどう思っている」

「どう……とは」

 洸由の唐突な問いに、沖斗は面食らったような顔をしている。

「女として、どうなのかという話だ」

「……」

 沖斗は答えあぐねて俯く。


 自分の気持ちは、決して表に出すべきものではないと思っている。それを洸由に悟られたのかと、沖斗の心は動揺した。

「妙に子供じみていて、そういうことを連想させないような振る舞いばかりしているが、あれだって、もう十五の娘だ。嫁に行くのに早すぎる年でもあるまい。遠見の血を絶やさぬ為にも、早いうちに子供を産ませておくのが得策だとは思わぬか」

「得策……」

 その言葉は、美玻が国を繁栄に導くための道具にしか過ぎないのだと語っていた。

「お前さえその気であれば、この旅の間に美玻をものにしろ。この私が許す」

「……洸由」

 思わず眉根を寄せた沖斗に、洸由は構わずに続ける。

「間違っても、あれに持って行かれるようなことになっては困るのだ」

 洸由の視線の先には、スズリがいた。

「何しろ、美玻は比奈の財産なのだからな」

「……しかし。俺には……」

 美玻に対する想いは、胸の中で溢れ出しそうになりながら、日々、沖斗を苦しめている。それでも、美玻のために多くの命を奪ってしまった自分は、その想いを決して外に出してはいけないのだと思っている。


――それに、美玻が好意を寄せているのは、自分ではない……


 そんな自分が美玻を抱けば、間違いなく彼女を傷つけるだろう。自分にそんなことが出来ないのは、分かり切っていた。

「俺には出来ません……」

 沖斗は許しを請う様に頭を垂れた。

「まあ、真面目なお前のことだから、そう言うだろうとは思っていたがな……」

 洸由が含み笑いをしながら言う。

「少なくとも、お前はあの娘を気に入っているようだったから、脈が無い訳ではないと、多少は期待をしたんだが」

「……」

 自分の思いは、やはり見透かされていたのか。そんな思いに言葉がない。

「仕方ない。美玻は私が抱こう」

「洸由」

 沖斗が弾かれたように顔を上げた。


「身分を考えれば、正室にという訳にはいかないが、それなりに不自由のない暮らしは約束してやる」

「……お待ち下さい。美玻は……この国で唯一の遠見。国の宝となるべき者ではないのですか」

「なればこそなのだと、お前には理解できぬか」

「しかし……」

「全ては、この比奈の為だ」


――他に替えのきかない特別な力は、権力の糧となる。


 それは王族である洸由には、当たり前過ぎる理屈だった。そして、それを否定する術を、その臣下である沖斗は持っていなかった。



 洸由を尊敬していた。自分を拾って引き立ててくれた恩があるというだけではない。王族とは名ばかりに、その権利だけを貪る他の無能な王子に比べ、洸由はいつも国のことを考え、常に前を向いて行動をしていた。その原動力が、胸に秘めた野望の為なのだとしても、最終的には国を豊かにし、民に安定した暮らしをもたらすという目的を忘れずに持っている。その力強さが好きだった。忠誠を捧げるのに、これ以上の主はいないと、そう思っていた。


 美玻のことにしても、それで彼女が幸せになれるとは言えないが、少なくとも王宮の中では、間違いなく大切に扱われる立場になるのだろう。道理では理解できる。しかし、美玻に対する想いを抱え込んでいる気持ちの方は、すんなりと納得してはくれなかった。



 沖斗はその日一日を、胸の詰まるような思いを抱えて歩いた。いつにも増して口数のないことを、美玻が心配して気遣う度に、気持ちが大きく波立った。


 陽が傾く頃に、野宿の場所を定め、いつもの様にそれぞれの仕事に掛かる。美玻が薪拾いに林へ入って行くのを確認するように間をおいて、洸由がその後を追っていった。

 沖斗は、林に消えていく洸由の後ろ姿を、険しい顔で見据えていた。

 無意識に握られたその拳は、いつしか小さく震えていた。

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