第4章 猫と心聞(しんもん)
第24話 絵師の弱点
夏とはいえ、山中での夜明け前には、さすがに肌寒さを感じて、美玻は体の熱を逃がさないように無意識に身を丸く縮めた。ついでに、手に触れたふかふかした温かいモノを、自分の身に引き寄せる。
――何だろう、これ……あったかくて……何か気持ちいい……
腕の中にすっぽりと収まった、ふかふかの毛玉のような代物の心地よさに、本能のままに頬ずりをする。
「ゴロゴロゴロ」
首の下辺りで、獣が喉を鳴らす音がした。
「ん?」
それを訝しんで目が開いた。見れば美玻の腕は、赤い毛玉を抱え込んでいた。
――……うっ……わぁぁ……
毛玉が驚かない様に、声を上げそうになったのを堪え、それを抱えたままゆっくりと身を起こす。
「起きたのか……」
火の番をしていたらしいスズリが、美玻に気づいてこちらを向いた。
「……お前、何っ……を……」
「しぃっ」
何かを言い掛けたスズリを、美玻が慌てて制止する。
そこから、ひそひそ声の応酬が始まる。
「(お、き、ちゃう、からっ……)」
「(手懐けて、どうするんだっ?)」
「(手懐けた訳じゃ、なくて、これは、勝手にっ)」
「(って、すでに懐かれてるってことだろうがっ)」
「(え……ああ、そうなのかな……)」
「(そんなあからさまに、嬉しそうな顔を……)」
「(え……だって、かわいいし、あったかいし、ふかふかだし……)」
「連れて行きませんよっ」
スズリが地声できっぱりと言った。
「え~でもぉ~」
「これ以上荷物を増やしたら、沖斗が気の毒でしょう」
「荷物って……足があるのだから、自分で歩けるわよね?
「柘榴っ?って、すでに名前まで付けているんですか?呆れた……」
「名前っていうか……柘榴石みたいに綺麗な色だから。あのね、柘榴石は挫けそうな心に勇気を与えてくれる守り石って言われてるのよ?」
「……それは、知っていますけれどね。迷いを打ち消し、目標を見失しなわないように、守り導くという、有り難い石だというぐらいは。でも、それは、ただの獣でしょう」
「でも、この子はきっと、あたしには柘榴石なんだもの。スズリだって言ったじゃない。
「言いましたが、それは……」
「……何事だ、朝っぱらから騒々しいな」
次第に、言い合う声が大きくなっていたらしい。洸由と沖斗が共に目を覚まして身を起こした。
そして、
「そんなモノ、付いてくるというなら、勝手にさせればいいだろう」
という洸由の一言で、事の決着はあっさり付いた。
スズリが顔を顰めたのに対し、美玻の表情がぱっと輝く。
が、
「……もしもの時に、非常食にもなるしな」
という洸由の一言がさらりと付け加えられて、美玻もまた顔を顰めることになった。
「しかし、洸由……」
何故か尚も食い下がろうとするスズリに、洸由が何か思い当ったような顔になり、ふふんと思わせぶりな笑みを零した。
「……お前、もしかしなくても、猫が苦手なんだろう?」
「……いや……まさか……」
洸由の言に、美玻はスズリがこの獣のそばに、決して近寄らなかったことを思い出す。
――そうか、スズリは猫が苦手なのね。
勝手にそう納得すると、スズリの心配を取り除くべく言う。
「大丈夫よ、スズリ。ほらっ、この子その辺の普通の猫とはちょっと違うみたいだし」
美玻が猫を抱きあげて、スズリの方へ見せる。まだ寝ぼけているらしい猫の尻尾は、弛緩したままで、だらりと地に垂れ下がっている。その獣の特徴たる長い長い尾は、確かに普通ではないが、しかし。
「いやこれ、どう見たって、猫だろうがっ」
スズリは自分の方へ捧げ持たれた猫に、思い切り及び腰になる。
「やっぱり、猫嫌いなんじゃん」
沖斗がぼそっと零した。
「面白い」
スズリの弱点を見つけた洸由は、したり顔になる。
「面白くありませんっ」
そう主張したスズリの意見は、残念ながら、多数決で却下されることになった。そうして、美玻が柘榴と命名した猫は、彼らの旅に同道することになった。
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