第18話 意地悪な人
「変わらずに……いて下さい」
「や、です、そんなの。あたしはっ、あなたに子供扱いされて、馬鹿にされないように、早く一人前の、大人の女になるんです。そう決めたんですからっ」
「……大人の……」
こいつ、意味を分かって言っているのかと、思った途端に、猛烈な可笑しさが込み上げて来て壺に嵌った。
「わ、笑うなんて……」
――しかも、そんなに気合いを入れて笑うなんてぇ……
「いや、済みません……本当に……苦し……」
スズリは布団の上で身を二つに折って、息を切らしている。
「ホント失礼、大嫌い」
「……私は好きですよ、今の美玻が。側にいると、実に実に楽しくて……どうかそのままで、素敵な大人の女性になって下さいね」
「それ、馬鹿にしてますよね?」
「とんでもない」
「……顔が笑ってます」
「あれ、おかしいな……」
スズリが、いかにもにっこりにっこりとした笑顔をしながら、首を傾げる。
――笑いすぎて、普通の笑顔が作れない。営業用の、優しい笑顔。って、こんな感じだったっけ?
「口元が引きつってますよ」
「え?そう?」
スズリが、両手で頬の辺りをむにむにと揉み始める。やがて、その顔が、にこりといつもの笑顔になった。
「……その笑顔って、そうやって作り込まれていたものなんですか……」
――あの時のも、あの時のも、あの時のも……?
何だか一気に、ありがたみが薄くなったような気がした。
――泣き方はもう忘れていて、笑顔は作った笑顔で。それは、生きていくのに必要だったから……
そんな風にしか、生きて来られなかった。そのスズリの境遇が、どんなものだったのかなど、美玻には想像も付かない。
「第一印象で笑っていると、割と簡単に信用してもらえるからね……つい、癖になってしまっているというか」
「……信用」
それが、色々な国を流れ歩いて来たスズリの処世術なのだろう。
「……あたしには、信用されなくても構わないってこと?そういう種明しをするってことは……」
「うん?ああ……美玻は、こっちが頑張らなくても、勝手に大笑いさせてくれるから……素のままでいいかなと」
――ええと、それは……喜んでもいいことなのかしらっ?
「……でも素のままだと、何となく性格悪そうなスズリのままで、意地悪なこと言ったりする訳よね?」
探る様に美玻が言うと、スズリが苦笑する。
「性格が悪いと言われたのは、初めてですよ」
これまで、当たりの柔らかい、いかにも優しそうな性格で人が良さげな人間を、そつなく演じて来たのに。
「……だって、どう見たって、良くはないでしょう?優しくないし、遠慮もないし、時々、意地悪だし」
面と向かって意地悪と言われて、今度は軽く噴き出す。それは美玻のせいでもあるのだ。この娘が、つい、苛めてしまいたくなるような素直すぎる性格だから。
「まあ、どちらにしろ、私たちは一心同体なのですから、仲良くやるしかないのでしょう?」
「そうだけど……」
美玻がどことなく不服そうな顔をする。
「分かりました。出来るだけ優しくします。少しは遠慮もするし、意地悪もなるべくしないように、努力します。これでどうですか?」
――そういうの、前もって言われるのも、何だか誠意がないというか、嘘くさいというか……
努力をしてくれるというのなら、それに越したことはない。それに、スズリの存在があったから、自分は立ち止まらずに済んだ。遠見として頑張ろうと思えた。それは紛れもない事実なのだ。だから、言うべきことは言っておこうと思う。
「本当はね……いてくれて良かったなって……思ってるのよ?……あなたで良かった……って」
「……」
はにかんだような笑顔で言う美玻に、そんなことを言われたスズリの方は、少しばかり胸が痛んだ。優しく装ったまま騙すのが、やはり後ろめたくて、ならばいっそ素のままに少し意地悪なぐらいで接していれば、罪悪感が多少薄まるのではないかと、安易に考えていた。それなのに……
――何でそんなに簡単に……信頼しているみたいな顔をする。
そんな簡単に、人を信用するものじゃないと。いつか、別離の際にそう言ったら、この娘はどのぐらい絶望するのだろう。
その絶望を、出来ればなるべく小さくしてやれたら……などと考えている自分は、矢張り甘いのか。今ここで、本当のことをぶちまけてやったら、どんなにかせいせいすることだろうと思った。勿論、そんなことは叶わないことなのだが……
「スズリ?」
「あ、ああ。私も、一緒に行くことが出来て、嬉しいですよ……楽しい旅に、なりそうだ」
――色々な意味で。
美玻にとっては、楽しいの意味は、単純にただ楽しいというばかりなのだろう。
そう思いながら返した微笑みは、彼女の目にはどう映っているのだろう。
ふと、そんなことを考えていた。
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