第14話 地下牢の再会
(……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……なさい……)
声が、聞こえた。
――何だ……この声……誰の……
(迷惑かけて……ごめんなさい……あたしのせいで……ごめんなさい……)
女の子の声が、聞こえた。
――なんてぇ……辛気臭い声……出しやがる……
(……こんな目に遭わせて……あたしが……駄目な人間だから……一人前に役に立つことなんて出来ない……のに……一人だけ生き……残って……本当は私が死ななきゃいけなかったのに……私が生き残ったせいで……祟りが……郷の皆が……)
――ああぁぁ、もうっ。鬱陶しいっ……
そう思った瞬間、目が覚めた。
スズリの体は、石の床に横たえられていた。
一応薄い布団の上に乗せられているようだったが、その薄さ故に背中はしっかりと強張っていた。
(……ごめんなさい……)
また、辛気臭い声が聞こえた。
痛い方の手が、誰かに握られているせいで、ズキズキと痛みが増幅されていることに気づく。
薄暗いこの場所は、牢の中か。
――随分と、待遇が悪くなったものだな。
自嘲気味にそんなことを思いながら、顔を傾けると、例の娘……美玻という名だったか、その娘が、スズリの痛い方の手を自分の両手で捧げる様に持ち上げたまま額に当てて、何かを祈るように目を閉じていた。
――成程、そんなところから、この私に辛気臭い思念を……
「……あの……さ……手……」
声が思いがけない程に掠れていて、うまく喋れなかった。焼き鏝の痛手は、思ったよりも大きかったようだった。
「……手……お、い……頼むから……お前……手ぇ……」
「えっ?」
スズリのしわがれ声に気づいて、美玻がようやく顔を上げた。
が、
「……あ……」
と、一音発した途端、美玻の目に涙が盛り上がって、見る間に涙粒が頬を滑り落ちた。
――だから、何で、お前が泣くんだよ。
(……良かった……ほんとに……よかった。ごめんなさい……ほんとにごめんなさ……)
――あ~もう、またっ。
「手っ……手、離して……痛い、からっ……」
「あ。ああああ、ごめんなさいっっ!」
美玻が狼狽を絵に描いたような顔をする。包帯を巻かれた手が、体の側に戻されて、スズリは、ほうっと大きく安堵の息を吐き出した。
――これで、あの辛気臭い声を聞かずに済む。
「あの……ぅ、痛みますか?」
おずおずと、美玻が聞いてくる。
「……痛い……」
と、言い掛けた途端に、美玻の顔がこれ以上はないという悲壮な表情を浮かべる。
「……いや、痛いは痛いですが……触らなければ取り敢えず、大丈夫……ですから。だから、ええと……そんな、この世の終わり、みたいな顔しないで下さいますか?そんな顔されたら、こちらも、気が滅入ります……」
「……ごめんなさい……でも、あたしの……せいで、あなたに……こんな災厄……」
「あのですねぇ……私のこの傷は……気位の高い王女様の恩賜のお陰というか、所為というかであって、しかも、半分は自業自得というか……ともかく、あなたの所為ではないことだけは確かですから」
「……だって、あたしがまた龍を見たりしたから、祟り……っ……きっと、周りの人に災いが……起こるんです。……郷の人たちが死んだのだって、龍を見たのに、あたしが生贄にならなかったせいで、祟りが……」
「……あなたが生き残ったのは、その遠見としての能力が、比奈の王に必要だったからでしょう……要するに、あなたはそういう運命だったというだけのことですよ。誰が悪い訳でもなく……」
「だってあたしは……遠見の郷のために死ななきゃいけなかったのに……遠見としても半端なままで……何で生き残って……る……のか……って……」
美玻が涙声になる。そんな娘の様子に、スズリは、また大きくため息を付く。
――置かれた境遇を考えれば、無理も無いのだろうが、何でこんなに後ろ向きなんだ、この娘は。
こちらまで、何だかどんよりした気分になる。それでも、彼女が今現在、ただ一人の遠見なのだというなら、突き放す訳にもいかないのか……
――龍の鱗を手に入れる為には、この娘の存在は欠くことが出来ない。
「いいですか、よく聞いて下さいね。あなたは今生きている。それは必要があって生かされていると言ってもいい。神様は生贄の命を取らなかった。つまり、それ自体がもう、神様の意志なのですよ。私はそう思います。それに、龍が祟るなんていう伝承は、世界中でこの辺境の比奈の、しかも山間の小さな郷の中でしか聞かないものなのですよ。龍がそこまで神聖な生き物だと言うのなら、その身の鱗を剥がすなど、そもそも許されないことではないのですか?」
「……それは」
「約束して下さい。この先、もう金輪際、祟りだの生贄などと口にしないことを。あなたはもう、比奈の王に正式に認められた、国の命運がその肩に掛かる、大切な遠見なのですから」
スズリはそう言ったが、美玻の中で燻る思いは、簡単には消せかった。
なぜ、自分なのだろう、と。
その答えを求める問いは、美玻の心の中で、この先、幾度も繰り返されることになるのである。
「……大丈夫ですよ」
尚も不安そうな表情を浮かべている美玻に、スズリが重ねて言う。
「……あなたは一人ではないのですから」
「……え?」
「あの時、共に……と申しましたでしょう」
そう言いながら向けられた笑顔に、美玻は胸の辺りが苦しくなるような感覚に囚われる。
「共に……」
「ええ、共にです。龍の探索に同行するようにと、陛下からご命令を頂きました。それで、王女様が癇癪を起されて……この傷は、そのせいなのです」
スズリが、痛みに顔を歪めながら包帯を巻いた手を持ち上げて、美玻に示す。
「だめです、痛いのに動かしたりしたら……」
「……大丈夫、何とかなる、と。そう思っていれば、大抵のことは乗り越えられるものですよ。私は、そう信じています。もうだめだと、心を折ってしまえば、多分、そこで終わりです。だから、私は護符のように、その言葉を自分の心に貼り付けています。きっと、大丈夫と」
「……きっと……大丈夫」
「はい」
スズリが頷くと、美玻は心持ち安心したような表情になった。
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