第4話

「またきたよ」そういうと康夫は慣れた手つきで暖簾をくぐった。清隆もそれに続いた。

「またあんたかい」老女はそういうと、ため息をつきながらパイプ椅子に腰かけた。

「今日はなんだい?」老女は得意の埃払いをせずにそういった。康夫は前回よりも丈夫な大きめのマスクを意識しながら残念に思った。

「ちょっとみてほしいものがあって」康夫はそういうと、似顔絵を差し出した。

「これ、誰か心当たりはありませんか?」

老女が目をまるくしている。

「これはよく似ているね。忘れもしない、あの男子学生にそっくりじゃよ」そういうと

「ほ~。どこにあったんだ?」と質問してきた。

康夫は「先日いただいた、あの小説に挟まっていました」と即答した。

「あの小説に?」老女はそういうと、何か考えはじめた。

「そういえば・・・」老女が何かを思い出した。清隆が前のめりになっている。

「あの男子学生と売れない小説家は同じ故郷だとかいってたような・・・」と言葉を発した。「歳は男子学生が1つくらい上だったが、小説家はあの男子学生を知っていたようじゃった」そういうと得意げな顔をしながら埃の儀式を始めた。やけにテンポが良い埃はたき方に清隆はゴホッとむせた。康夫はそんな清隆に見向きもしないで、目を隠すほどの大きなマスクをつけた。

「どこの出身かわかりますか?」清隆がそういうと、老婆は奥の部屋から古い記帳ノートを持ってきた。

「ここにはアパートの住人の契約書を今でもちゃんとしまってるんじゃよ」そういいながらページを開けた。何十年ぶりかにあけられる記帳からは思いもよらないほどの埃が出てきた。

康夫は目をこすった。目にまでくると思わなかった康夫は次回は眼鏡をもってこようと一人決心していた。

「ここじゃな。201号室、岡野 悟、三重県名張市、と書いとる」そういうと、記帳を見せてきた。2人は自分の目で確かめると康夫はメモに書き記した。

「あの仙人、岡野っていうんだね」清隆はもう秘密を知ったとばかりに嬉しそうに話した。康夫は「ありがとうございました」と老女に言うと書店を後にした。


「なあ、どう思う?」康夫が聞いてきた。清隆は首をひねった。眠気が体を襲った。電車の揺れが心地良い、そう思うと同時に清隆は眠ってしまった。康夫は一人考えていた。「あの男子学生と仙人が知り合い?の可能性もあるってことか。名張にいってみよう」そう思うと康夫は何かが発見できる気がして眠れなかった。


次の日、学校をやすんで康夫は一人名張に向かった。記載されている住所にはすでに住宅はなかった。康夫は周辺の小学校や中学校の名前を携帯で調べた。そして近くの図書館に向かった。何かヒントがほしかった。


一際大きな図書館があった。康夫はその図書館に入ると学校について検索した。その結果、この市では古くから中学生の卒業文集を卒業記念としてあずかり、今でも大切に保管され、閲覧できるようになっていた。康夫は早速、沢山の卒業文集を手に取ると、年代と氏名から調べっていった。

「岡野 悟・・」

2時間以上が経過してやっと当時の仙人の文集をみつけた。康夫は早速それをもって近くの椅子に座った。


「夢は小説家か」

このころから仙人は小説家を夢見ていた。康夫はその内容を鮮明に書き写すと図書館を出た。

「この番号の謎がわかればな・・・」そういいながら康夫は何回も何回も卒業文集をよんだ。800字ほどの文集に何かヒントが隠されているように思えて仕方なかった。仙人の住んでいた土地にはもう家などなく、何もヒントを得られなかった。

康夫は数字の書かれた紙と卒業文集と、似顔絵を交互に眺めていた。そして何やらおもむろに赤いボールペンで丸をつけていった。

「これって・・・・」康夫は一瞬鼓動の音が聞こえないように感じた。



「おはよう、なあ、あの番号の秘密わかったかもしれない」康夫は清隆にそういうと、放課後自宅にくるように言った。


「ピンポーン」

「入れよ」康夫はそういうと、2階の自室に清隆を案内した。

そして自分たちの持っている小説を1巻から並べ始めた。

「丁度10巻のところにこの古書店の本の一部分が入る。そして老婆から買った小説に繋がる」そして、康夫はつづけた。

「この数字が答えだ」丸のついた卒業文集の文字をみせた。仙人の卒業文集には当時の秘密が隠されていた。

文集の文字の列の番号と数字を照らし合わせると、康夫は再度黒のボールペンで赤丸の上をなぞった。

「1、2、4、3、9、・・・」そういうと一行目の「ど」・二行目の「う」、と次々に頭文字を拾った。

「これって・・・」清隆は唖然とした。

「そういうことだったんだよ。これが当時の仙人の気持ちさ」清隆は言った。


2人は1巻の最初から小説を読みかえしてみた。読み返しながら当時の風景を想像し、仙人の存在すら気がつかなかっただろう村田の過去の姿をため息と一緒に膨らませ見た。

「ほんとうだ。内容がつながっているようだ。」10巻にさしかかった時、清隆はそういうと、老女の本をまじまじと読んだ。そして古書にも手を出した。


「10巻がもともと存在しない小説か」・・・

2人はしばらくぼーっとしていた。

「仙人は今どうしているんだろう」と清隆が言った。

「さあな」康夫はそういうと深呼吸した。



康夫は仙人の小説の続きを書いてみた。


女子大生は自分で毒を含んだ。すべて彼の人生を台無しにするため。女の恋の執念は悪魔だ。そして、それを全て見ながら自分の小説のためだけに隠ぺいしている自分は、一生悪魔に従え続けることになる、と。


しばらく時間をおいて

「そしてそれが僕の心から望んでいた事・・・仙人は自らそういう現実を望んでいた。仙人は、誰にもいえない恋をしていたんだ」と呟いた。


再度数字を追いながら康夫は声をだした。

「ど・う・せ・い・あ・い・し・や」、そして「む・ら・た・を・あ・い・す」となる。康夫は当時の同性愛に対する偏見を想像した。「誰にもいえない深い愛か・・・。偶然に目撃した事件ではなかった・・・すべては仙人の・・・」、康夫は静かにそういった。


そして本のタイトルを考えていた。

その時、清隆がポツリと言った。

「僕たちは、仙人は小説家になると為に犯罪をほう助してしまった、と思っていた。しかし、本当の目的は自分の愛する男性の人生を殺人すること。すなわち他の人に取られるくらいなら殺人犯として一生孤独な人生を彼に送ってほしかった。女子大生と全く同じ気持ちだった。心の中の共犯者だった、てことか」と。


しばらく2人は黙っていた。


そして康夫はこういった。

「その本のタイトルは・・・多様な愛の形・・・」と。


今でもなお10巻がないままその小説は存在している。

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仙人書店~①~ SOUSOU @yukiko

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