第3話

「おはよう、清隆」

「おはよう、昨日は疲れたな」清隆は労いの言葉をかけるとちょっと難しそうな顔をした。

「あのさ、もうこの10巻の行方を調べるのはやめない?」

「やめる?」康夫は不機嫌そうにいった。

「もう仙人に会えないし、小説も読めない、それに何だか事件もかかわっているみたいだし」と清隆は言った。

「今更何をいってるんだよ。ここまで調べてきたのに。それに10巻の行方や内容を君は気にならないのか?」康夫は声を大きくしていった。


「申し訳ないけどき僕はやめておくよ」清隆はそういうと自分の座席に戻っていった。

「俺はひとりでもこの謎を解明して見せる」康夫は自分にいいきかせると授業という名のオルゴールに眠気を誘われた。


「古本市にもう一度いってみよう。もしかしたら仙人がひょこっと現れるかもしれない。」康夫はそういいながらカレンダーをみた。そして古本市の日に大きく丸をつけた。


今日も境内の古本市は賑わっている。10ブースから15ブースに増えた売り手が客をさばいている。

「確かこの辺りに仙人の書店があったよな」康夫はぶつぶついいながら一人境内を歩いていた。

「ここだ」石の砂利の最終地点にたどり着くと足を止めた。しかしそこに仙人の姿はなかった。よく見ると隣には50代くらいの小太りな主婦が絵本を並べていた。

「確か前もいたよな」そう思うと康夫は絵本を手に取り話しかけた。

「いつも出店してらっしゃるんですか?」

「そうですよ。あなたも本好きなのね。」そういうと康夫が手にしている絵本の説明を始めた。康夫は一通り聞き終わってから「いつも隣に出店していた白い髭の男性ご存じないですか?」と質問をぶつけた。

「あ~知ってますよ。あの不気味な男性でしょ。本をいつも1冊しか売っていない」そういうと主婦は興味がないとばかりに絵本を綺麗に並べ始めた。


「最近見ないですけど、何かごぞんじないですかね?」康夫は知ってるはずがないよな、と思いながら問いかけた。

「特に話もしなかったし、いつもずーっと座っていただけだったからね。強いていえば、何か神社に祈っているような・・・」そういうと主婦は「あっ、そうそう」と言葉を拾った。

「一度だけ話をしたことがあったかな・・・確か小説家になるために生きている、なんて格好つけて言ってたかな」、康夫は「小説家・・・ですか。他には?」と質問をかぶせた。

「それだけだよ。人生全てが自分にとっては小説を書くために存在するって。例えそれが事件でも、って。真っ直ぐ正面を見ながら怖いくらいに目に力があったよ。そうそう最後に「でも今となっては後悔することもある」みたいな・・・人生の話をしていたかな」夫人は「これ買ってくれるのかい?」そういうと康夫が手に持っている絵本を指さした。

「は・・い」康夫はそういうと財布を出した。

「200円ね」夫人はそういうと「迷う子猫」と書いている本を丁寧に手渡した。

康夫は迷う子猫と一緒に古本市を後にした。



「小説家になるための人生、事件でも、後悔か・・・」そう単語をならべると康夫はいつもの小さいノートを取り出しメモした。

もう一度京都にいこう、そう最後に記すと迷う子猫の本のページを開けた。

そこには親とはぐれて迷いながら人生を歩む猫のストーリーがかかれていた。猫は決して親猫に会うことをあきらめない。康夫は仙人の姿を重なり見ながら読んだ。


次の休みを待って康夫は一人京都に向かった。そして、ついてすぐ図書館を目指した。

当時の殺人事件の記事を探すためだ。


大きな図書館の造りに迷いながら当時の地元新聞の置いてある場所を探すと、事件に似た記事を探した。

「すごい量だな。夕方までかかりそうだ」康夫はそういうと鞄からペットボトルをだし、コーラーを一口ごくりと飲んだ。


「これだ。」康夫は一枚の古い新聞記事を目にすると声を出した。周りの読書家達は何事かと康夫をみた。康夫はペッコッと会釈するとさっそく新聞記事の掲載されている

ページを片手に近くの椅子に腰かけた。時計はちょうどお昼をさしていた。



記事には当時の事が鮮明に書かれていた。現役女子大生の毒殺事件は当時でも地元を大きく賑わしたようだ。


昭和42年7月17日、深夜、当時大学2回生の吉村 秀美が当時交際中の村田 直哉に毒殺された、とするものだった。明け方村田が通報し、その場で事情聴取を受けそのまま逮捕されている。本人は最初から無実を主張していたが、現場のワイングラスに毒物が混入されていたこと、村田の部屋から同じ毒物が発見されたこと、村田は酔いで眠っていたと主張するが、2人は同じ部屋にいたこと、そして秀美が親友に「殺されるかもしれない」と漏らしていた事、村田は大学卒業と同時に入社する予定の会社の社長令嬢と婚約することになっていたが秀美という存在がいたこと、など次々と証拠のようなものが出てきたらしい。

結局、秀美は死亡し直哉も一生刑務所からでることなく病死している。


康夫は一通り読み終わると、ため息をついた。

「それぞれの人生が狂ってしまった。もしも直哉が本当の事を言っているとしたら・・・一体、誰が秀美を殺害できるのだろうか。ここまで証拠がそろっていたら直哉以外に殺害できるのは・・・秀美本人の意志?・・・それに関わる何かを仙人は知っていた。」康夫は古本市の夫人の言葉を思い出していた。


「小説家になるために全てが存在している。しかし今は後悔も・・・」康夫は一つの仮説を立てた。

その仮説を大きな文字でノートに書くと、図書館を後にした。


「こんにちは」康夫は慣れた手つきで染めの暖簾をくぐった。

「いらっしゃい」中からは初老の女性が出てきた。

「またあんたかい。今日は一人かい?」そういうと近くのパイプ椅子に腰をおろした。

「何回もすいません。」そういいながらメモをみた。

「あのアパートに入らせてもらったんですが、ここからじゃわからなかったけど、部屋によっては向かい合わせになる場合もあるんですね。しかもよく正面の部屋が見えるんですね」そういうと康夫は女性の言葉をまった。

「そうだったかな。」老女はそういうとパタパタと埃を払い始めた。康夫は用意してきたマスクをさっと得意げにつけた。老女はそんな康夫を横目でちらっとみながら一層埃を叩く力を増した。

老女は倉庫の奥から1冊の本を出すと康夫に手渡した。


「思い出したよ。この本はあの小説家が書いた本。1冊だけここにもってきて、「これで小説家になる」なんて自信ありげに言ってたよ。こんな手書きの汚い字、読む気もしなかったから倉庫に置いたままになっていた。」今度は康夫の顔の前で積もった埃をはたいた。康夫はゴッホッとむせた。

「この本をアパートを出るときにおいて行って、自分こそは成功する、なんて言ってたけど、結局名前なんて聞くことはなく、売れなかったんだろうね」老女は少し同情をしたように言葉を発した。

康夫はその古い手書きの小説を手に取ると「これ、いただけませんか?何なら売ってください」と勢いよく言った。

「どうそどうぞ」老女はそういうと片手を出した。

「はい、500円」と。

康夫は一瞬この老女の性分を見ながら「長生きするわな」と小声でいった。

「何?」

「「いや、なんでもないです」康夫はそういうと暖簾をくぐった。


康夫は必死に汚い文字を分析しながらその小説を読んだ。

そこには一枚、古い似顔絵のようなものが挟まっていた。

茶色く変色した薄い紙を丁寧に広げ,のばすと康夫はじっとその似顔絵をみた。

「一体これはだれだろう・・・それにこの落書きみたいな小さな数字はいったいなんだろう・・・」その古ぼけた髪には似顔絵のほかに「1・2・4・3・9・10・8・5」、

「20・33・7・19・33・3」という暗号のような文字が書かれていた。


次の休みに康夫はある場所に向かった。

しっかりと手には老婆からも買った本を握って・・・。その本の中にはある古書のタイトルが記されていた。

「ここだな」そういうと古い看板がかかった古書店についた。

そしておもむろに本を探し出した。

「え~っと、これだ」そういうと、中身も見ないまま康夫は古書店にしては若い男性の店長に「これください」と本をさしだした。


自宅に帰るのを待ちきれずに駅のホームでその本をひらけた。中には女の執念の恋による偽装殺人が薄いページにしては執念深く描かれていた。

「女の執念による自殺か・・・」そういうと本をパタンとしめた。


「おはよう」

「おはよう、10巻の事、わかったぜ」康夫はそういうと清隆を呼び止めた。

「えっ、わかったの?」清隆は一刻も早くその内容を知りたそうに体を前のめりにした。

「結局10巻なんて存在しなかったのさ。あの小説は10巻がなかった。最初からなかったんだよ」康夫がそういうと清隆はびっくりしたように「どういうこと?」と聞いてきた。

「小説の犯人は・・・仙人自身だよ。」

「仙人が女子大生を殺した犯人?」

「ちがう、女子大生は自殺だった。」

「自殺?」

「そう、それを唯一目撃していたのが仙人なのさ。仙人は人生に起こる全てを小説の為のエンターテイナーだと信じていた。そんな彼が事件を目撃する。」

「でも男子学生が逮捕されたんじゃ・・・」

「そう、男子学生は無実を主張していながらも逮捕された」

「どうして仙人は証言しなかったのさ」

「だから、小説なんだよ。すべてが」康夫はそういうとノートをだした。

「でも彼は小説家として成功しなかった。現実の自分の才能のなさに気が付いた時はすでに遅かった。男子学生は逮捕され、病死していた。仙人は自分が警察に主張しなかったことを後悔した。それによって仙人は自分も犯罪の一部を加担していると懺悔しつづけていた。その懺悔の儀式で小説を1冊づつ書くことにした。誰かに気がついほしかったから。

そして、僕たちは仙人の思っている通りに事件を調べることになる。だから仙人は姿を消したんだよ。僕たちが事実を突き止めるために・・・」

康夫はそういうと、老女から買い取った本を見せた。

「ここに真実のヒントがあった。仙人は、誤認逮捕より自分が作家として売れることを選んだ。彼は小説に狂わされていた。実在の事件をより真実に近く描写する機会なんて誰にも経験できることじゃない。それをやってのけた自分こそが小説家に選ばれると信じて疑っていなかった。そんな気持ちの時にかいた小説がこれだ」。老女からの小説を見せた。

「しかし、心の罪悪感を、彼は古書にヒントを残すことで解消しようとした。古書には恋に溺れた女が狂って男の人生を狂わすストーリーがかかれている。しかも女は毒殺、いや自殺してその罪を完全に男になすりつけた。完全犯罪ともいえることをやり遂げた。女は怖い生き物だとこのアメリカが舞台の古書には書かれている。」と古書店で買った本を見せた。

「老婆の店の小説と古書店の小説と、そして僕たちのもっている仙人小説は連動しているんだ」と。

「でも・・・」と康夫は付け加えた。

「この似顔絵とこの小さな数字の謎はとけていない」

「似顔絵?数字?」清隆は久々に興味をもったとばかりに少し声を大きくした。

康夫は鞄から透明ファイルに大切にしまっていた古い紙を出した。

「これさ」そういうと小さな数字を指さした。

「これって、なんだろう」清隆はその数字を見ながらいった。

「それにこの人物ってだれなんだろう」清隆は康夫をみた。

康夫は首をひねった。

「なあ、もう一度一緒に京都に行ってみないか?」康夫がそういうと清隆は静かに首を2度縦に振った。


「おはよう」

「じゃあ、いこう」、康夫はそういうと清隆に切符をさしだした。清隆はペッコと会釈するとそれを受け取った。

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