第2話

「あの仙人、あれから古本市に出てないんだよね」清隆は残念そうにそういうと康夫を見た。

康夫は遠くを見ながら「なあ、10巻の内容知りたくない?俺たちで探らないか?10巻の内容を。いや、犯人を・・・」と力の入った言葉を発した。

清隆は康夫の決意のようなものに圧倒されたように「う・・ん・・」と答えた。

相変わらず康夫は遠い山の方をみていた。


「まずは京都がキーワードだろ。古本屋、そして2階、女子大生、毒殺・・・」康夫はぶつぶつ言いながらキーワードをノートに書きだしていった。

清隆は康夫についていきだけで精一杯だった。


「男子大学生が事件当日、女子大生のアパート、すなわち古本屋の2階におとづれている。次の日女子大生の遺体をその男子学生が発見する・・・か」

「そしてその男子学生はその後・・・・」そこで言葉が途切れた。

「明日、京都に行こう」康夫は清隆に言った。清隆は「えっ、京都まで?というと財布を取り出し、あっさりと笑った。

「ごめん、お金ないや。」そういう清隆に康夫はそんなことどうでもいいとばかりに「じゃあ、明日朝の9時に」そういうと、アパートをでた。

階段の錆が世界地図を塗り替えていた。


「京都の古本屋・・・2階建て・・・築60年以上・・・こんな物件が今もなおあったのだろうか」康夫は少々不安になりながらもお得意の好奇心が先走っていた。


「おはよう」

「じゃあいこう」、清隆の挨拶にも返答しないまま康夫は足早に大阪駅に歩みだした。

大阪駅から京都駅までは電車で1時間半。

康夫は清隆の切符も購入してくれていた。

清隆はお礼をいうと大切そうにズボンの後ろポケットになおした。


「おりるぜ」康夫がそういうと、清隆ははっと眠気から覚めた。

「結構速かったね」といいながら自分が一人寝てしまっていたことを恥ずかしく思った。その間もきっと康夫の事だから必死に何か考えていたのだろうと勝手に推測していた。

地図を見ながら康夫は赤い丸がついている箇所を指さした。

「確か古本屋で2階建てで、数十年前からたっている建物は・・・」そういうと、足早に歩き出した。


「こんにちは」康夫はそういうと細い路地をまがったところにある2階建ての古本屋に入っていった。

「いらっしゃい」50代であろう男性の店主がでてきた。

2人を見ると「何か探し物の本でも?」と語りかけてきた。康夫はバックに入っている小説をとりだすと、開いてみせた。

「ここにかいてある本屋さんをさがしているんです。この本屋さんがそうじゃないかと思って・・・」というと本を手渡した。

「これは手書きの本ですね。ご自分で書かれてお売りになったのですね」と冷静に答えると、内容を読み始めた。

「確かにうちの本屋に似てますね。でもここに書いてある向かいにある古いアパート、とありますが、この場所にアパートがあった覚えはありませんし、そう聞いたこともありませんね」少し残念そうにそういうと男性店員は本を返してきた。

「それに・・・」というと「ここに書いてある大学は今は名前が変わっていますしね」そういうと、丁寧にメモにかいてくれた。康夫は少しの情報でもほしいとの想いで「どこか他に古い本屋さん、しかも古いアパートが1階にある・・・」と店員を見た。男性はしばらく考えた後、「そうですね・・・うちほど古い本屋となると・・・少し離れたところになりますが、霞ヶ浦書店というところがあります」と教えてくれた。

「霞ヶ浦書店といいますと、」と地図を見ながら場所をさがした。

「この辺りですかね」、店員が指さしたところは丁度、山の麓あたりにある住宅のない殺風景な場所だった。

「ここに本屋さんの名前なんてありませんが・・・」康夫がそういうと、男性は「昔から小さなアパートでこっそり書店をされていたもんですから地図には載っていないでしょうね」とポツリと話した。

「ありがとうございます」康夫は良い情報をもらったとばかりに背を向けながらお礼を言った。


「なかなか着かないな」清隆は眠気と空腹でグロッキーだった。

そんな清隆に康夫は「この辺なんだけどな」と地図を見た。そこはちらほらと家が建っているが、決して町とは言えない土地だった。「あっ、ここじゃない?」康夫が声をだした。「やっとついた」と清隆は心の中からホットした。

「すいません」、康夫が藍染の小さめの暖簾をくぐった。

暖簾には白い塗装で「霞ヶ浦書店」とかかれていた。清隆は「あそこ見て」と康夫を呼び止めた。

「あそこに古いアパートがある」少し興奮気味にそういった。康夫は慌てて入りかけの体を後ろに戻した。小さい道路を挟んで向かいとは言えないが、斜め向かいに古ぼけたアパートが住人を失くしても今なお精一杯「生」にすがりついているように存在していた。

康夫はしばらくその存在に目を凝らしていたが、優しい風が頬を撫でた瞬間に現実に戻った。康夫は直感でここにちがいないと確信した。清隆は相変わらず興奮している。

「本当にあったんだな」、そういうと忘れていた書店を再び見た。

「話をきいてみよう」康夫はそういうと暖簾をくぐった。清隆もおいていかれないようについていった。時計は丁度お昼をさしていた。「すいません」康夫がそういうと奥から初老の女性が「いらっしゃい、お客さんかい?道をきかれるのはうんざりだよ」と慣れた仕草で言った。この辺はよく迷う道らしい。

康夫は「道ではないんですが・・・少しお聞きしたいことがありまして」と少々気おくれして答えた。

「もうお昼だ、手短にしておくれよ」そういうと、老女はパイプ椅子に腰をおろした。

「こちらの2階は以前は誰か、お住まいだったのですか?」康夫が言うと、「もちろんさだってここはもともとは1階もアパートだったんだから。」と答えた。

「女子大学生がすんでいた」康夫がそういうと、「よくしってるね。そうだよ。綺麗なおなごだった。ちょうど30年ほど前になるかな」そういうと老婆は「もしかしてあの事件の事を聞きにきたのかい?」と察したように目を細めてそういった。

「あの事件とは、女子大生の毒殺事件ですね」康夫は得意の推理を披露するかのように言った。

「やっぱりそうか」そういうと「私は何もしらないよ。それにもう犯人も牢獄で死亡したと聞いている。今更なにも話すことはないよ」そういうと奥の部屋に戻ろうと腰を上げた。「ちょっとまってください」清隆が老婆を呼び止めた。

「あの道の向こう側にあるアパートはあなたの持ち物ですか?」そう聞くと、老婆は「持ち物といっても財産にはほとんどならないゴミみたいなもんだよ。」とこっちを向いて答えた。


「30年前でも8部屋あるうちで3部屋しか住人がいなかったからね。それも男ばっかり」そういうと当時の煙たさが老婆の心を覆ったのか、霧を晴らすように次々と話し始めた。

「あんな優しい女子大生を毒殺するなんてあの犯人は罪深いね。それも女を持て遊ぶような男。あの男のどこがよかったのかね。捕まってからも無実を訴えつづけていたらしいからよっぽど性がくさっとる。かわいそうな女子大生・・・」そう言いながら、いつの間にか老婆は椅子から立ち上がり並んでいる埃のたまった本の上をパタパタと雑巾で払い始めた。


「私も事情をきかれた当時のことはよく覚えているよ。今でも夢にでてくるときがある。だって、この上で起きた事件なんだから」と指で天井をさした。

「犯人は無実を訴えていたんですか?」康夫がそういうと老婆は「でもあんなに証拠がいくつもあったのに認めないなんてな」としかめっ面をした。

「証拠?」清隆が聞いた。

「そうさ、ワイングラスについていた指紋、そして犯人の自宅からみつかった毒物。そして、死亡時刻、男は女子学生の部屋にいたんだからね」、老婆が叩く埃が舞って康夫はせき込んだ。

せき込みながらも康夫は「そんなに証拠が・・・ごほっ」というと、手で口を押えた。「結局、女遊びをしていた男が彼女に責められて、挙句の果てにお酒の勢いで殺してしまったということさ」、そういうとパタパタ叩く動きを止めた。

「もういいだろ」そういうと、再び奥の部屋に行こうと歩みをはじめた。清隆は「最後に、あのアパートの住人との交流ってありましたか?」と聞いてきた。

「そりゃ、私が管理人なんだから親しく挨拶をしたり、世間話もよくしたもんだよ。あの子以外とは」そういいながら首を傾げた。

「名前はなんだったかな。もう歳でおもいだせないな。」とすぐに諦め、こちらに背をむけた。「その男性はどんな男性だったんですか?」康夫が急いでそうきくと老婆は「変わり者だったよ。そうそう、小説家を目指しているとかで、大学を中退してずっとアパートにこもって何やら売れない小説とやらを書いていたな。時々、この本屋にも顔をだして本を立ち読みしては買いもせず帰っていったよ」老婆は記憶が少しずつ蘇っているようだった。清隆は「その男性は今どこにいるかわかりますか?」と質問した。

「さあね。ほとんどは大学を卒業したらアパートをでていったが、彼はそれから何年か住み続けていたね。今はどうしているのやら。まだ売れない小説でも書いているんじゃないのかな」と小ばかにするように笑うと奥の部屋に入っていってしまった。清隆と康夫は向かいあって声を出した。

「その小説を書いていた男って・・・もしかして・・・仙人?」そう言うと暖簾をくぐってアパートに向かった。アパートはとても人が住める状態ではなく、鍵もかかっていなかった。2人は玄関らしいところに足を踏み入れると、2階に急いだ。

「確か、あの本に出てくる部屋って、201号室だよな」康夫がそう確認しながら201のドアをあけた。埃のせいで土足で歩くたびに煙が舞う。清隆は早速窓をあけようと道沿いにある大きめの窓を力一杯あけた。「あっ、見てみて」清隆の声に康夫も近づく。そこには斜め向かいであるはずの古本屋の2階が目の前にみえた。

「確か彼女は2階の一番端の部屋だったよな。ここも一番端。たまたま2階の部屋だけが向かい合うようになっている」2人は呼吸をすると、話をまとめた。

「あの仙人がもしここの住人だったとして、あの小説にでてくる建物や人物、事件が一致している。ということは、あの仙人は現実にあった事を書いて売っているということになる。そして、誰かがもっている10巻には犯人の名前がかいていると思われる、ということは男子学生の名がかかれていた、ということか」康夫は顎に手をやりながら唸った。京都の歴史や美しさから始まる小説・・・。殺人事件・・・。

清隆は納得できないように話し始めた。


「でもさ、そんな単純なこと?その男子学生はずっと無実を訴えていたんだろ。しかもそんな誰でもしっているような事件を小説に書くのに、10巻にしか犯人の名前を書かないなんておかしくない?彼は10巻にも決して犯人の名前はあかしていないんじゃない?ただ俺たちの想像で10巻にこそ犯人の名前がのっているように勘違いしただけで」と冷静に言った。

「じゃあ、どうして小説家として頑張ってきた仙人は毎回1冊しかかかないんだ?それに姿をけしたんだ?もしかすると単純なストーリーじゃないのかもしれないな」康夫はそういうと、時計を見た。

「もうそろそろ暗くなる。駅まであるこう」そういうと、ギシギシなる見送り音にさよならをした。


電車の中で清隆はスヤスヤと眠っている。康夫は一人考えを巡らせていた。

「もし、毒殺事件を仙人が目撃していたとして、何か秘密を握っているとしたら・・・」そう思うと康夫も眠気に襲われスヤスヤと寝息をたてた。


「もうつくぞ」清隆は自分だけではなく康夫も寝ていたことに安堵した。


「じゃあな」

「うん、またな」

そういうと2人は分かれて帰路についた。


自宅についた康夫は今日の事をメモした小さなノートを鞄から取り出した。

「あの京都でのストーリーが実在している。それにあの事件・・・それにどうして仙人は古本市に姿を見せないようになってしまったのだろう。小説はまだ「完」を迎えていないのに。」謎を解くような物言いで康夫はベッドに横になった。実在している物事の奥にこそ解答はある!と自分に言い聞かせるように今日の疲れに身を任せて眠りについた。


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