仙人書店~①~
SOUSOU
第1話
「本当だって、仙人みたいな恰好をしたじいさんがこの本を売っていたんだって」、清隆は少し声を大きくしてそういった。
「今時、仙人なんて言葉自体つかわないぜ」、康夫は馬鹿にするように言いながらその小さな本を手に取った。
「えらく薄い小説だよな」、康夫がそういうと清隆は「だって毎月新刊がでるんだぜ」と杭気にそういうと、「急いでるから」と、鞄を持つと教室を出ていった。
「なんたって、今日はあの仙人書店の営業日だからな」、小走りに清隆はいつもの神社の境内に急いだ。
毎月決まって行われる境内の古本市。そこに仙人はいた。
10ブースくらいの出店者は沢山の本を自分の店の前に並べる。売れるように声掛けや値引きもする。
午前10時から12時まで2時間開催される「古本市」は近所の人で賑わっていた。そんな中に一際目を引く近寄りがたいブースがあった。
置かれている本は毎月きまってたったの1冊。
しかも自分で書いた小説なのだ。
人が多くなっても決してその仙人書店の前だけはぽっかり穴があいているようだった。
清隆は毎月決まって古本市を覗いていた。
清隆も仙人書店を薄気味わるがっていた一人だった。
だが、1回だけ、置かれている薄い小説の中身を少し読んだことがある。
その日以来、きまって清隆は唯一の仙人書店のお客となったのである。
もともと読書が好きで小さいころから本を読んでいた。
古本市にきてもいつも数冊は購入しそれを1週間くらいで読みきってしまうのだった。
そんな清隆が仙人書店のブースの前で足を止めたのは丁度1年半ほど前になる。
気にはなっていたが、細い体に白い髭を伸ばし、このご時世に浴衣のようなものを羽織っている格好がなんとも現代に不似合いだった。
しかし、何気なく前を通った清隆の目にはその小説のタイトルが飛び込んできた。
「この本にタイトルをお付けください」
清隆はタイトルのない本など一度も見たことがなく、興味が最高潮に達した時、思い切って手をのばした。
中身を少し読んだところで清隆は迷わず「これください」と言葉を発した。
仙人は「500円です」というと、本をそのまま手渡した。
よく見ると小さく500円と書かれていた。
清隆は帰ると自室に閉じこもりその小説を一気に読んだ。この後どうなるんだろう・・・
来月の古本市まで待ちきれない思いで小説を2回読んだ。
「またきたよ。」清隆はそういうと、高校名前が印字されている鞄を地面に置き、早速1冊だけぽつんとおかれている第2巻に手をだした。
「この本は何巻までつづくんですか?まとめて買えませんか?」清隆は焦るようにそういうと、仙人は「無理です。1冊づつしか書いていません。売れなければ次の巻は書きませんからね」とポツリというと、「今日は購入されますか?」と質問してきた。
清隆は迷わず500円を差し出すとまっすぐ家に帰った。
こんな日々が続いてもう1年半ほど。自宅には未だに終わりの知らないその小説が15冊並んでいる。そんな清隆も高校を卒業しこの4月からは大学生になった。
芸術大学の脚本コースに入学した清隆が一番に友達になったのが康夫だった。
康夫は推理小説にはまっており、話の話題にはいつも推理小説が出た。
康夫は清隆に「どうして仙人書店の本が10巻だけがないんだろう・・・」いかにも推理を解くように言った。
「そうなんだよな~僕しか買う人がいないと思っていたのに、誰かが10巻を買っていったんだよね。売れないと次は書かないって言ってたから売れたんだろうけど」清隆は不満そうにそういうと、「まあ、冗談半分で買っていたんだろうけどさ」と付け加えた。
「それって、気にならないわけ?」康夫は言った。
「気になるけど、どうしようもないしな。だって1冊しか書かないっていうんだからさ。それに11巻は手に入った訳だし、ストーリーは想像したらだいたいつながるさ。ただ、そこに犯人の名前や動機がかかれていたらしくそれを知れないのは残念だけどな」と清隆は手のささくれをいじりながらいった。
続けて「11巻からは急に話が展開してさ・・・10巻がキーワードだったってわけさ」と少し投げやりに言った。
「俺にもそのタイトルの名前のない本をかしてくれよ」康夫は言った。
「いいけど、じゃあうちに来る?」そういうと清隆は大学近くのアパートに案内した。
月に3万5千円の4畳半、共同風呂のアパートは見るからに年老いていた。
2階の階段近くにある清隆の部屋に入ると清隆は家具もほとんどない殺風景な部屋にきれいに並んでいる10冊の本を取り出した。
「これ」清隆がそういうと康夫は「一巻、二巻・・・」と数えはじめた。
「本当だ、10巻がない、9巻の次は11巻か」残念そうにページをパラパラねくった。「本当に薄い小説だな」康夫はページ数までちゃんと確認した。
「30ページしかないや」そういうとすぐに読み終わりそうな小説セットを鞄に直した。
「じゃあ、かりてくよ」そういって康夫は清隆のアパートを後にした。
降りる階段は錆びついていて地図のような模様になっていた。
康夫は早速自宅につくと、同居している家族が部屋に入ってこないように「今からテスト勉強するから」と言い残し部屋にこもった。
そのタイトルのない小説は康夫も夢中にさせた。
まるで現実のようなリアルな表現やストーリーの流れに魅了された。その薄い薄い小説はあっという間に康夫の脳袋に消化されていった。
それは昔の京都の古本やの2階で起こった女子大学生の毒殺事件の推理小説だった。
京都の街並み、臨場感、女性が存在しているかのような表現、どれも康夫の想像を超えていた。
脚本家を本気で目指している康夫にとってそれは刺激的だった。
しかし、清隆のいうように殺害の実際の様子についてぽっかり抜けていた。
「なんでだよ。ここが一番読みたいよな」そういうと康夫はパラパラと1巻を再度読み直しながら何らかのキーワードを探していた。何か隠されていないかな、康夫は夜中まで読み返していた。
「は~、なんにもヒントらしいものはないか」そういって小説をポンッとベッド横に投げると寝入った。
「どうだった?おもしろいだろ?」清隆が朝一番で康夫に話しかけてきた。康夫は煮え切らないように「うん」とだけ答えた。
「なあ、その仙人に会ってみたいんだけど」康夫は清隆にそういうと今度の古本市の日程を確認してきた。
「来週の日曜の午前10時からだけど」清隆はそういうと康夫をみた。
康夫は「俺もいくわ」というと言葉すくなに授業の席についた。
「こんなところで古本市なんてやってるんだ」康夫は興味ありげに神社の境内を歩いていた。「この列の一番奥に仙人はいるよ」清隆がそういうと康夫は足早に歩き出した。
古本市には子供から年配の方までが楽しそうに話をしながら本を手にとっていた。売り手も本気で売ろうとはしていないように思えた。ただ、本が好きで本の話をしたいだけにも思える光景だった。
「あるある」清隆はそういうと、1冊だけ並べられた小さな薄い本を指さした。
仙人は表情を変えず、清隆をみることなく、真正面を見つめている。なにか、深い懺悔をしているように・・・。
「これください」清隆は慣れた手つきで500円硬貨をさしだすと本をうけとった。
「ありがとうございます」仙人は清隆をみることなくそういった。康夫は仙人に近づくと「あの、結局犯人はあの青年ですよね?」と問いかけた。
しかし仙人は表情をかえることなく「存じ上げません。」と答えるだけだった。
「10巻はかいてもらえないんですか?」再度康夫が問いかけるも白い髭が揺れることはもうなかった。
その日を境にして古本市に仙人の姿を見なくなった。
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