オタニート 鏑木健次郎

勧善寺藍

第1話 鏑木健次郎のお使い

今日も外では空から雪が降り注いでいる。

このまま地面に積もって、明日には一面銀世界だろう。

こんな日は家に引きこもるに限る。

「温泉幼精ハコネちゃん」のDVDでも見よう。


ドアを開け部屋に入ろうとしたとき、母に呼び止められた。

「今からお使いに行ってきて。」

やれやれ、なんてこった。冗談じゃない。

こんな日に外に出るなんて、正気の沙汰じゃない。

「いいからさっさと行ってきて、あんたヒマなんでしょ」

反論の余地を与えないなんて。ひどすぎる。

しかし俺は弱い立場のニート、ここで怒らせると後が怖い。

俺が出かければ済むことだ、仕方ない。俺は白旗を挙げ、出かける準備を始めた。


外は冷凍庫にいるんじゃないかというほど寒い。自然と猫背になってしまう。

家を出てしばらく歩いていると、白石に会った。

「よう、健次郎。どこ行くんだ?」

「お使いだよ」

「いい年して、ウケるわ。てっきり就職活動する気になったかと思ったぜ」

「俺はグーグルかマッキンゼーでしか働かんと決めてるんだ」


白石は俺の同級生だ。小さいころはわりかし野球で有名な少年だった。

しかし高校から不真面目な連中とつるむようになり、あっさり野球は辞めてしまった。

今は親戚の塗装業を手伝っているらしい。

パチンコ屋に向かうという奴と、途中まで一緒に行くことした。


道すがら、たわいない話をした。

「なんかこうしてしゃべってると、小さいころを思い出すな」

とつぶやく白石に、「そうだな」と俺は返す。

小学生くらいのころはこうして一緒によく帰っていた。

ゲームやテレビ、学校の出来事なんかを、飽きることなく話していた。


あの時の俺たちは、希望の塊だった。

ものすごい数の選択肢が、目の前には並んでいた。

しかし、いまやその選択肢はほとんどなくなってしまった。

いったいどこへいってしまったのだろう?

今俺たちがいる現状は、その中で自分で選択した結果だ。

これがベストなのかはわからないが。

もっといい「答え」があったんじゃないか、と、ふと思う。


別れ際に声をかけると

「ちゃんと働けよ」

と、白石は笑いながら言い、騒がしい店内へ入って行った。


スーパーで小松菜とポン酢とほんだしをカゴに入れて待っていると

「鏑木くん?」

と、声を掛けられた。女性の声だ。

振り返ると、高校のころ同じクラスだった仲村さんがいた。

ベビーカーに乗った赤ちゃんと一緒だった。ぐっすりと幸せそうに眠っている。

「久しぶりだねー、元気だった?」

明るく話しかけてくれる彼女に、ちょっと俺は戸惑った。

彼女は当時、いわゆる「リア充」グループにいた。

俺はもちろんその中にいるはずもない。

「スクールカースト最下層」グループだった。

当時話ぐらいはしたことはある。でもとっくに忘れられてると思ってた、接点もなかったし。だから、俺を覚えてるなんて驚きだった。


「仕事は何してるの?」

「ああ、うん。派遣で働いてたんだけど、雇止めにあって今は・・・」

「そっか、大変な時代だもんね・・・」

当然働いてたなんて嘘なんだが。女子の前では見栄も必要だ、わかるだろ?

話を変えるために赤ちゃんの話を振ると、待ってましたとばかりに答えてくれた。

「これ、私の子なの。名前は『天』っていうの。」

「男の子かな?」

「そうだよ。」

「もう結婚してたんだねー」

「うん、2年前に。もう私は仲村じゃなくて、高橋なの。」

高橋、と聞いて当時彼女が付き合っていた先輩の名字が同じなのを思い出した。

「そう、あたりー、無事にゴールインしたよー」

やはりそうだった。長年の恋が実っていたらしい。

出産を機に彼女は務めていた信用金庫を辞め、自動車整備工になった先輩を支えているらしい。

いっちゃなんだが、仲村さんは才色兼備が具現化したような人だ。

その気になれば、もっといい就職先、いい男を捕まえることもできたはずだ。

しかし、彼女はそれを選ばなかった。

これが彼女の選択だ。そして、まったく後悔はないように見える。


先に会計が済んだので、挨拶して別れた。にっこり微笑んでくれた彼女は相変わらずキュートだった。

帰り道、なぜ「天」という名前にしたのか、考えながら歩いた。


夜、なぜかわからないが履歴書を書こうと思い立った。

しかし「オカルティック・ナイン」が始まったので中断した。

しょうがない、書くのは明日にしよう。

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