過去の欠片

 カメラは好きだ。

 場面や撮りたいものにあわせてレンズを交換するようなやつが。

 右手で握れる丁度いい形の凸部の上、人差し指を伸ばすと届く位置にあるシャッターボタン。それを縁取る電源レバー。

 親指で回せるダイヤル。人差し指で押せるボタンが数個。


 片手でほとんど操作できる。


 左手の指でレンズを上から軽く掴んでまわすと、小指を伸ばしたところにある焦点調節リング。

 下から軽く掴むと、人差し指をのばしたところにそれはあって、親指の届くところにまたボタンがあったりする。


 どちらから掴むかは気分次第だけれど、ボタンの配置的に、下からが正解な気がする。


 片手で持つには重たくて、手首が痛くなる。


 首にかけているとその存在を主張するようにおなかにアタックされる。


 両手で持っても、なかなか安定しない。


 これしか持ったことがないけれど、これが僕には合っている気がする。


 ふとそれを構えて、視界を占めている空気に焦点を合わせようとしても、うまくいかない。

 ぼんやりと、どこにも焦点は合わない。

 どこに合わせても違うし、どこに合わせなくても合ってる。

 そんな、視界を切り取ったような写真を、僕は残したい。


 後から見返して、そのときの僕に思いを馳せて。

 見えていた空気と、切り取られた世界を記憶の中で比べて。


 ただただ僕を思い出そうとする。

 過去の自分を、今の自分に突きつけるために。

 自分の一部が、確かにそこに在ったのだと自覚するために。


 いつか未来で思い返して、朧気ですらない欠片を拾い集めて、みたこともない景色を再現するために、僕は今日も世界を切り取る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

音に切り取られたその世界を 木会 @Hinoyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ