第4話 (原作15~17話) 異変

「それで新垣中尉」


部屋を出たはいいが行先の当てもなく無くどうしようかと考えていた信司に声を掛けたのは真壁だ。部屋に置いてきたかと思っていたが気づいたら後ろにいる。


「ん、なんだ?」

「医務室を出て、これからどこに行かれるんですか…?」

「え、と…散歩…かな?」


自分でもさっきは格好つけたなぁとは思っていたが、この案内係は無神経なのか遠慮なくそこをチクチクと刺してくる。しかも遠回しにだ。おとなしそうな青年を装って実は性悪なのかもしれない。


「やっぱり何も考えてなかったんですか…」

「あはは…」

「もしかして…新垣中尉って……後先何も考えないタイプ…」

「うっ……」


やはりコイツは性悪だ、確信した。まあ後先考えないのは事実なんだが……


「行き先無いなら艦長のところに行きませんか?。私も中尉も今後の動向も聞かなくてはいけませんし、丁度良かったです。」

「お、おお…分かった……」

「じゃあまずはこちらへ」


軍特有のかしこまった堅苦しい対応とは違った対応に信司は戸惑ったが、真壁は気にもしていない。さっきの医官もそうだが、ここではこれが普通なのかとさえ思ってしまう。


「っていうかここ前線なのに艦長に会いに行って良いのかよ…」

「まあ、許可貰ってますからね~」

「いくらなんでもこの艦ゆるいだろこれ…しかもこの状況を許す艦長って一体……」

「会ってみると面白い人ですよー」


なんだか気になるワードが出てきたが、きっと会ってみたらその意味が分かるのだろう。


「到着しました。ここが艦橋ですよ、中尉」


意外と近くに艦橋はあるらしい。中を覗くと警戒体制だからなのか、艦橋には少しピリッとした空気が張りつめている。

真ん中にはがっちりとした体型で白髪の混じった頭に模様付きの帽子を被り、腕を組んでまっすぐ海を見つめる人物がいる。きっとあれが艦長なんだろうが……こんな威圧感ありそうな艦長の下でどうしてこの艦はこうなってしまったのか。しかもなぜか信司にはどこか既視感のあるような光景である。


そう信司が観察しているうちにも真壁はさっさと中へ入っていた。信司もそれに続いて中へ入り、そのまま艦長と思わしき人のすぐ脇まで来る。


「三島艦長、職務中失礼します!先程救護しました新垣中尉を……」

「おい…み、三島って……」


真司にはその名前に思い当たる人物がいた。何年も前に真司に強烈な印象を残して去っていた豪快な上司…というよりは……


「よお…出雲の奇猿調子物な天才、久しぶりじゃねぇか」

「はぁぁぁ嘘だろ元教官のあんたがここの艦長なのかよぉ!?」

「まさかお前を救助してくるとはなぁ」

「マジかよおいーー」


さっきまでの違和感と既視感の理由がやっと分かった。教官時代も寛容なんだか合理的なんだか分からないがどう考えても雰囲気が軍隊でない、そんな風にも思えてしまう事をしてたこの人の艦だからだ。きっと真壁やあの医官の他にもヘンテコなのを引き抜いてきている筈だ。


「え、教官ってどういうことなんですか、艦長?」


話についていけない真壁がニヤニヤして状況を楽しむ三島に聞いている。艦橋にいる他の隊員も興味を示してこちらに聞き耳をたてているだろう。


「コイツ、俺が昔呉で教官やってた時の直属の生徒なんだよ」

「えええええ艦長と中尉にそんな繋がりが!?」


真壁は三島と真司の顔を交互に見ながらワンテンポ遅れた驚愕の表情をした。


「あ、それでな、お前と例の拾ってきた操縦士なんだが、適当な艦に飛ばそうかと本部に聞いたらここ前線だからヘリ出しちゃダメだとよ。暫くはここにいるんだな!」

「はああああ?うっそだろおおお!!!!」


三島のその言葉で真司は絶望してると言わんばかりのポーズをして絶叫した。何事かと思って艦橋を覗きに来た見張りは今にも“は?”と言いそうな顔をしているのが視界の端に見える。


「んなに嫌だったか?せっかく歓迎してやろうと思ったのによー」

「あったり前だろおっさん!こちとら新任ほやほやの時期にあんたの無茶振りに付き合わされたんだぞ、それを忘れるか!」

「え~早速CICで歓迎会開く準備してるんだぜ?」

「なーにが歓迎会だよ!どうせ作戦会議に操縦士の視点からの意見を取り入れるとか無茶な理由つけて俺を送り込むつもりだろ!!」

「あ、バレた??」


たまたま救助されただけというのに全く酷い扱いだ。


「さ、そろそろ次の作戦について本部からの指示があるから行こうぜぇ、艦橋のみんな後はよろしくなー」


三島はそう言うと、信司の肩にポンと手を置きながら歩き始める。



——————————————————————————



「……こちら西方特別作戦総司令おやしお、総司令おやしお、これより対韓国の作戦指示を行う」


突然、会議開始の通告がされた。ヘッドフォンの向こうからガチャリという音が聞え、声の主は女に代わる。


「まずは現在の戦況の報告をします。竹島奪還作戦は約90分前に竹島制圧により成功、13名の韓国軍兵士を拘束し、現在は負傷者2名と共に岩国基地へと輸送中です。竹島周辺の海域は韓国本土より約100キロ、ウルルン島線付近までを制圧して前方に第五国防艦隊群第521.522艦隊、後方に第三国防艦隊群第321.323.324艦隊、第311.312艦隊を展開して警戒哨戒中。また、対馬海峡北海域も韓国本土50キロ付近まで制圧。前方は第二国防艦隊群第221.225艦隊、後方に駆逐第223.224.227艦隊と空母第211.261艦隊が展開中です。続いて空域です、竹島周辺空域は艦艇の制圧海域の上空を制圧しており、後方哨戒中の空母艦の艦載機及び春日、築城、岩国の各基地配属機による警戒哨戒中です。詳細はANAFCIISにて各自確認をお願いします。」


その女はありとあらゆる情報を怒涛の勢いで伝えていく。


「次に被害状況です。艦艇は上陸作戦使用の94式揚陸艇が被弾等で損傷、その他は被害なし。航空機は作戦参加した各空母艦載機は合計32機が撃破又は行方不明、47機が被弾、損傷など、基地所属の航空機は5機の損傷です。人的被害は艦載機搭乗員4名が行方不明、8名が死亡、23名が重軽症。その他は艦艇に若干数の重軽傷者が出ています。」


作戦開始前に出撃待機をしたのは多くても200ほどの筈だが、下手したらその総数の4割どころか半分になりかねない数が撃墜、損傷している。被害状況を聞いただけでも、どれだけ多くの数の敵戦闘機が襲撃して来たのか想像がつく。


「では作戦指示へと移ります」

「総司令の三上だ。最初に、おやしおで選考した作戦を伝える。」


総司令だという最初の男の声に変わる。


「まずはこちらが先制攻撃を仕掛ける場合だ。攻撃目標は釜山市海軍作戦司令部の地上施設と艦艇、大邱空中戦闘司令部の地上設備と航空機、反撃を仕掛けてくるだろう敵艦隊の三つ。計画としては、現在出撃中のF-3を使ってレーダーサイトの破壊及び空域偵察を行った後に春日、岩国、美保に待機中の第91臨時航空戦闘隊で戦闘海域の防空及び韓国領南東部の制空権を確保、また同時に第92臨時航空攻撃隊と海域に待機中の艦隊により目標への攻撃及び支援を行う。なお、その際に必要であれば適宜富士駐屯地より巡航ミサイルでの攻撃も行う。その後、海域と空域双方の制圧が確認されたのちに下関港にて待機中の第301.302陸揚隊が釜山の海軍作戦司令部に上陸、占拠を行う。先制攻撃の案は以上だ。」


総司令の説明と共にLASCFIISと同期したモニターには作戦のイメージが表示された。見る限りは数百の航空機と日本軍全艦隊の1/4もの大艦隊という大量の戦力を使い、韓国側に反撃の余地も与えない勢いで制圧、占領を行うようだ。


「次は向こうから先制攻撃が来た場合の作戦案だ。敵の攻撃パターンとしては大まかに分けて複数艦隊での一点集中攻撃、潜水艦による奇襲、大規模航空団による対艦、対地攻撃の三つ、さらにそれらを複合した攻撃の合計4つ。まず最初の二つの場合だが、まずは周囲の艦隊が海戦勃発海域に急行し戦闘に参加、既に出撃済みの第92臨時航空攻撃隊も敵艦隊数に合わせて一部を攻撃支援へと回して対処とする。その際、複数海域にて攻撃があった場合には各艦隊の最も近い海域へと急行となる。三つ目の航空団による攻撃だが、基本は戦闘可能な空母艦載機と第91臨時航空戦闘隊による応戦とし、艦隊は戦闘空域より離脱とする。最後に複数手段による攻撃だが、これについては短時間で作戦を考案しても想定とは大幅に異なる戦闘となる確率が非常に高い、という結論が出たために詳しい作戦は設定しない。先に述べた作戦を複合させる形で対応しながら、前線の各員に臨機応変の対応を求めることとなる。軍としては非常に好ましくない選択だが許してくれ。作戦は以上だ、質問があれば受け付ける。」


大規模作戦の詳細を決めない、確かに軍としては異例の事態だ。普通の作戦ならまだしも、ましてや陸海空の統合作戦でである。


「こちら美保基地司令、38度線付近の対陸軍空爆は行わないのでしょうか?」

「あくまでも我々は本土防衛を謳って攻撃を仕掛ける。あまりにも一方的に攻撃をして壊滅的な被害を負わせることは不可能だ。敵が反撃に来れるレベルに止める必要がある。」


日本軍の復活した建前上、どこまで攻撃が許されるのかそのギリギリを見極めるような作戦を立てるよう、あらかじめ考慮されているのだろう。竹島は元々日本が領有権を主張しているので一応問題は無いと判断されているが、ここからは無理な法の拡大解釈によって可能にした行為であるので迂闊には手を出せない。


「他にはないな?ではこれで作戦指示は終了だが、最後に私から言っておきたいことがある。」


総司令はそう前置きをして話し始めた。


「日本は70年前に大きな罪を犯した、戦争だ。多くの死者を出して悲しみと恨みを生み出し、人々に苦しみを負わせた。誰が考えてももう二度としてはいけない行為だ。だが、今日、日本はもう一度その罪を犯す。国を守るという名目で作った軍で、"自衛のため"と言い訳をして他国の民を傷つけ、その土地を、自由を、夢を、希望も何もかもをッ…奪うんだッ。我々は決して、決して越えてはいけないラインを超えるんだッ!!これだけはは忘れないで欲しい…」


今の軍中枢の人間には重く、辛い話だ。戦後の貧しい中で育ち、日本を守るという名目で作られた軍に入り、戦争は"悪"とまで思っていたはずが、今はその"悪"を先頭に立って実行しなくてはならない。この境遇はどれだけ熱弁しても平和な環境で育った前線で戦う人間には分からないだろう。


「私からは以上だ、総員健闘を祈る。」

「…ッこちら第15艦隊旗艦しまかぜ、敵潜水艦と思わしき敵より魚雷攻撃を確認!援護を要請しますッ!!」

「…こちら第33艦隊あたごッ…敵艦隊を複数発見ッ!数は10以上ですッ!」


タイミングを図ったかのように敵目撃情報が上がった。


「こちら総司令、了解した。西部特別作戦統合群、これより韓国上陸作戦……いや、"日韓戦争"を開始するッ!!」



——————————————————————————



『こちら第34艦隊しおかぜッ!前方約30キロ地点に複数の敵艦隊を発見!』

『こちら司令ッ!これよりウルルン島南海域の航空機、艦船は回線を52番とし、担当旗艦をなみかぜとして敵へと対応しろッ!!」

「なみかぜ艦長、了解したッ!!」


いつの間にか艦長席へと移っていた三島が返答する。その横顔はさっきとは違い真剣な表情だ。


「こちら第33艦隊旗艦なみかぜ艦長三島だ、これより敵艦隊との海戦に入るッ!各艦各員は指示に従って動け!!」

『『了解ッ!』』


三島の呼びかけに各艦、船員が声を揃えて返事をした。見事に揃っている。


「まずは後方待機中の第7.8空母艦隊の航空機を今すぐに全機発艦、兵装は対空6対艦4の割合だ。F-3と対空装備のF-2を優先発艦させろ。すぐに前線に展開するんだ!」

『了解ッ』

「また、これより第7空母隊のいずもが旗艦となって空母4隻で空母艦隊を編成、航空機運用は全てそっちに任せる!」

『こちらいずも艦長、了解したッ!』

「次に、駆逐艦隊だ。前線待機中の33.34艦隊を統合して第1艦隊 19.20.23艦隊を統合して第2艦隊とする。第1艦隊旗艦はなみかぜ、第2艦隊旗艦ははつゆきだ!」

『はつゆき艦長、了解した!』

「更に、第1艦隊は船首を北へ向けながら速度20ノットで航行、単陣形に展開し丁字作戦を狙う。第2艦隊は全艦前線へ移動、海域後方は空母艦隊のみとし、所属の駆逐艦を空母護衛とする。」


三島は旗艦に任命された直後だというのにも関わらず迷いもなく命令を出す。即座に戦術を考え出したのだろうか?


「空母艦隊ッ!航空機を揃えるのにはどれくらい掛かる!?」

『こちらいずも!いま最初の機が発艦したところだッ!ある程度の数揃えるのにはあと5分は掛かる!』

「できるだけ急げッ」

「艦長ッ!!敵艦10を超えましたッ!このままでは火力劣勢になりますッ!」

「クソッなんでこんなに敵が沸いてくんだッ」


メインモニターに映る敵艦の数は徐々に増えている。このまま増えればいくら火力の高い日本艦でも数で押されるだろう。


「前線8艦は舵を北に取りながら射撃用意だッ!目標は敵艦の最前線、射程に入り次第オートでどいつでもいいから当て続けろッ!」

「主砲発動ッ!射撃よーい!!」


三上が命令を出すと、艦のあちこちで復唱する声が聞こえる。


「射程入りましたッ」

「てぇぇーーーッ」


三上の掛け声とほぼ同時にボゴンッ……ボゴンッという音をたてながら主砲が撃たれ始めた。


「弾着予想時間はいつだッ!?」

「約17秒後ですッ!」



『こちらふじ所属第2飛行隊以下8機、海域上空に到着しましたッ!』

「了解した!2機のみ前線観測に回して他はそのまま上空警戒、他機と合流しながら制空権を確保せよ」

『了解ッ!』

「15秒後に弾着しますッ!!」

『こちらかが所属3空隊!前方に敵航空機発見!数は20……いや30以上だッ!!』

「上空の全機は接触は回避して増援が来るまで待機だッ!艦隊に接近されたとしても空中戦ドックファイトに持ち込むな!!」


敵は30以上、モニターに表示された味方機の総数は出せる数の最大で52だ。全て発艦させたとしても制空権は保てるかどうかギリギリの戦力である。下手したら被害が数十機まで広がって無駄死が増えてしまうだろう。


「5…4……だんちゃーく…今ッ!」

「弾着確認できるかッ!?」

『こちら前線観測隊、弾着観測不可能ですッ!敵の対空砲火が激しすぎるッ!!』

「了解!無理せずそのまま観測を試み続けろ!発艦済のF-3は2機を前線観測隊の援護に入らせるんだ!!」

「91.92航空隊到着予想時間まであと5分ッ!」

「各機、接触を控えながら延滞させろ!!援軍が来れば奴らなんてどうとでなる!」


モニターには徐々に航空機の大群が近づいて来ているのが表示されている。確かにあれだけいればこちらの方が圧倒的に有利にはなる……というよりは、火力も航空機も足りない今の現状からすると援軍を頼りにするしかない。


『わかば以下駆逐艦8艦、まもなく前線に到着しますッ!!』

「了解、8艦全て速度はそのままに単陣形に展開、針路を南東へ向けろ!第1艦隊と共に敵艦隊を包囲する!!」

『了解した、第2艦隊展開しますッ!』



「援軍到着まであと4分ちょい…これでどうにかなるな…」


慌ただしく続いていた通信がふと途切れると、そう三島が呟いた。

二方面に艦隊を展開して空母からはある程度の戦闘機が発艦した、敵の攻撃があったとしてもどうにか対処できる筈だ。

これで一安心できる、きっとここにいる他の隊員もそう思っていたと思う。



"ヴォン"


「ん?」


突然、メインモニターの中央にに小さな吹き出しが出た。


「何だ…これ……?」

「自動管制システム停止、目標が消失しましたッ!!」

「味方艦との通信が遮断!連絡取れませんッ!!」

「どうした!?何があった!?」


とたん、次々と異常が報告されていく。


「艦長ッ!正面のモニターにッ!!」

「あれは……ANAFCIISの…エラー……だと…?」


確かにその吹き出しの中には"エラーが検出されました"と出ている。


「ANAFCIISに接続して制御している全ての機器が使用できませんッ!」

「修復できるか?」

「ダメです、パスワードが掛かって修復不可能ですッ!」

「どういうことだ?LASCFIISにそんなもの無いはずだろ!?」


いくら軍のシステムとは言えLASCFIISは現在の日本軍ほぼ全ての大型兵器には標準搭載されているシステムである。最初からパスワードなんてものは存在するわけがない。こんなことは教育隊の隊員でも知っている。


「チッ、こんな時にッ!!予備システムに切り替えてこのまま戦闘を継続だ!」

「艦長…予備システムも…ダメです」


技術系を担当する隊員だろうか、さっきから必死にモニターとにらめっこしていた人が顔を真っ青にしてそう言った。


「そんなことは無いだろ?もう一回確かめてみろッ!!」

「いえ、恐らく何回確かめても無駄かと……」

「どうしてだ?」


横顔からでも分かるような険しい形相でモニターを見つめながらその隊員は言った。


「この艦の通信システム全てにロックが掛かり、使用不可能≪・・・・・≫になっているからです」


「なん…だと……?」


再び沈黙が訪れた。


「と言うことは…この艦は今孤立状態なのか…?」

「はい、そうなります。」


「お、おいどういうことだよ!?」

「一斉に使えなくなるなんて事どうやって起こるんだよ!?」

「そんな事あるのか??」


その言葉を聞いて艦員がざわめいた。電子戦敗北による通信障害でもなく外的損傷による故障でもなく“エラー”である。訓練どころか設計上考えられてなかったその事態に誰もが戸惑った。


「ええい黙れッ!!」


三島の怒号が響く。思わず背筋を伸ばしてしまうようなその声に艦員は揃ってギョっとした顔をしながら口を閉ざした。


「面舵を取れ。方位70、速力27ノット維持しこれより前線から離脱しろ」


三島は落ち着いた声でそう命令を告げた。

それを聞いた艦員は相談も無しの突然の判断に疑問を抱いたのだろうか、『え?』と言うような顔をこちらに向ける。

しかし、三島はそれを無視するかのように催促をした。


「どうした?早くしろ」

「っ了解……方位70まで面舵、速力ら27ノットで前線を離脱します」


いくらここの艦員であれど、最も強い指揮権を持つ艦長の命令には背けない。

航海長と思われるその艦員は、疑問を捨てきれないような顔をしながらも命令の通り舵を取った。船体はゆっくりと左に傾きながら旋回を始める。


「艦長…一体何を?」


今度はレーダー管制員だろうか、一人の艦員が顔を強ばらさせながら恐る恐る聞く。しかし、三島はそれを無視してマイクを手に持った。


「全艦員に告ぐ、全艦員に告ぐ……当艦は先ほど原因不明のエラーにより全ての通信手段を喪失し、現在周囲を把握することが困難な状況に陥った。復旧の見込みないため、当艦は前線を離脱し目視観測による警戒及び射撃準備を実施する。警戒担当は手の余っているもの全員だ、暇なヤツは今すぐ甲板に出ろ!」


「旋回完了しました。方位70、速力27ノットです」

「ようそろ、そのまま前線離脱だ。」


三島は真顔なのか何を考えているのか、全く分からないような顔でそう答えた。

室内の空気はつい数分前の慌ただしい雰囲気とは全く違い、落ち着いているというよりは何か重い空気である。


「おい、高木!俺は今から艦橋へ上がって指揮をする。CICでは万が一の事に備えて目測砲撃の準備を、ダメ元だが引き続きシステム修繕もしてくれ」


三島は一人の艦員を呼び、そう言い残すと外に通じるドアに向かって歩き始めた。三島の右隣にいたこの部屋の部署長だろう彼は、その命令を敬礼しながら返事をし、早速部下へと命令を出し始める。


そうして三島は理由を告げず、一人艦橋へとCICのドアに手を掛けた……が、突然振り返った。


「おい新垣」

「は、はい!?」


突然振り替えって三島は真司を呼んだ。


「お前、確か回転翼機もいけるよな?」

「一応はいけるけど…それがどうしたってんだ?」

「なら上等だ、艦長命令でお前を今からこの艦の艦員として航空隊に臨時配属を命じるッ!この艦の為に働け!」

「は……はぁぁ!?」

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今回の兵器紹介(15~18話分)


・みちしお級指揮艦


基本性能

基準排水量:6,200t

満載排水量:8,685t

全長全幅:130.2m 18.5m

速力:27kt


兵装

高性能20㎜機関砲 CIWS:2基

125/64型多目的速射単装砲 (豊和工業製):2基


同型艦数:3

1番艦 みちしお

2番艦 おやしお

3番艦 あさしお


再軍備後の日本軍初の指揮艦として、1989年から導入された第八国防艦隊群所属の海軍直属艦。

これまでのように東京にある国防省本部指令から直接指揮する形から変わり、有事の際に編成された艦隊の旗艦として戦闘に参加の上で後方から指揮をとる形を確立した。


計画時から指揮艦として建造されたため、兵装は個別防衛用のみを装備しその代わりに強力な通信・情報管理設備や司令室設置を行っている。

特化した指揮能力は軍基地の指揮設備と同等又はそれを上回るとまで言われるほど高く、陸海空の統合作戦の司令を受け持つ際は作戦の要ともなる。


・125/64型多目的速射単装砲(96式艦上単装砲)


性能(イ型)

口径 125口径/64口径長

発射速度 39~45発/分

初速 1121m/s

最大射程 41,600m(単艦時)


1996年より導入された豊和工業製の艦艇向け国産速射砲。戦後長い間外国産の主砲が主流の中、多くの兵器の国産化を願う日本軍上層部の厚い要望と熱意によって完成したもの。


米軍のMK.45 5インチ砲、イタリア オート・メラーラ社の127mm砲を参考に設計し、海軍からの無茶な要望に応えた結果完成した日本の最先端技術の結晶のような兵器で、対空・艦・地全てに対応した上に他社砲を上回る程の速射、弾速を誇る。

しかし、その高性能なスペックの代償に価格はかなりの額になり、日本海軍も流石に全ての艦に搭載する事を諦めた。

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もし日本が平和主義でなかったら @R-Ryoma

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