福井~歴女、市街地を巡る~

はくたく

第1話 歴女、市街地を巡る


 改札口まで出迎えに来た祐子の顔は、困ったような呆れたような、そんな表情だった。

 あたしは、勢いよく駆け寄って彼女の手をとる。


「久しぶり~元気だった?」


「美咲……ホントに観光に来たの?」


「あったり前でしょ。あたし、田舎町を旅するのが趣味なんだから」


 『田舎町』とはちょっと失礼な言い方だったかも知れないが、まあ、祐子はいつも自分でそう言っていたから、怒ったりはしないだろう。


「でも、福井なんて見るとこなんかなんもないよ? 一応、県庁所在地だからあんたの好きな田舎でもないし……」


 そう言いながら、祐子は苦笑いした。

 だけど、あたしは知っている。地元の人がたいしたことない、と思っている場所にこそ、掘り出し物があるものなのだ。

 駅を出てすぐ、早速、あたしの目にあり得ない光景が飛び込んできた。


「何アレ!? きょ!? 恐竜!? 鳴いてるよ!?」


「ああ、ちょっと前から置いてあるの。なんか一日中も゛―も゛―うるさくて……」


「う……動いてんじゃん」


「ロボットなんだって。珍しいの?」


「珍しいわよ!!……ってアレ何!! 道路を電車が走ってる!! しかもなんかレトロ!!」


 恐竜の前で記念写真を撮っていると、そのすぐ近くに電車が停車したのだ。


「路面電車よ。珍しいの?」


「他県にも無くは無いけど……福井にあるとは知らなかったわ……」


「こっちに行くと『北ノ庄』。柴田勝家の居城跡よ。歴女のあんたには面白いかもね」


 祐子はすたすたと歩き出す。

 織田信長の妹お市の方の二度目の旦那・柴田勝家の居城跡には、どうやら徒歩で行けるらしい。つまり、そこはお市の方の亡くなった場所でもある。

 それだけでも結構な観光価値だと思うのだが、そこまでの道程には、幟がいくつか立っている程度。特にPRする文字も土産屋も見当たらない。


「ね。勝家まんじゅうとか、お市の方せんべいとか、北ノ庄Tシャツとか、そういうのは売ってないの?」


「無いよそんなの」


 城跡には、お市の方や勝家の銅像もあったし、それらしく作っていたが、石垣も建物もかなり最近のもの。

 どうも、歴史を感じる雰囲気ではない。

 なんだか肩すかしを食らった気分の私に気づいたようで、祐子はまた先に立って歩き出した。


「あとは、あっちに明治維新の功労者、松平春嶽公をまつった神社が……」


 その福井神社もコンクリ製。いまいち歴史を感じる作りではない。

 だが、神社を出たとたん、あたしはまたあり得ない光景を目にして凝固した。


「ちょ……ちょっとアレ何よ? 何で石垣の上にビルが建ってんの?」


「ああ……あれが福井城」


「て……天守閣が四角いよ? ビル?」


「あれ県庁。隣は県警本部」


「何の冗談なの?」


 そうとしか感想が出てこない。

 まさか城を復元もせず、その跡地に堂々と県庁が建てられているとは想像もしなかった。


「政治と権力の中枢が昔と同じ場所ってだけでしょ。珍しいの?」


「普通無いでしょ。福井城主って誰だったの? そんな歴史的価値の無い城なの?」


「んー。よく知らない。なんか結城秀康とかって……」


「それって徳川家康の息子でしょ!? その居城が県庁!?」


「あとなんか評判の悪い城主も……松平忠直って……」


「それ、あの真田幸村を討ち取ったって人!?」


「そうなの? 結構すごい人だったんだねえ」


「あーもう!! なんで福井人は自分とこのこと、こんなに知らないのよ!?」


「でも徒歩で回れるのってこの程度。ね? 何も無かったでしょ?」


「……ありすぎておなかいっぱいなんだけど……」


 見所、というよりは突っ込みどころが、だが。

 徒歩でこれであるから、交通機関を使ったらどうなるのか。

 県内地図を広げれば、あちこちに温泉マーク。有名どころだけでも恐竜博物館、永平寺、朝倉氏遺跡、東尋坊、中池見湿原……とても予定の一泊では周り切れそうもない。

 なのに、観光案内本は北陸三県ひとからげでさらっと流している。PRの下手な県民性なのだろうか。


「泊まりはあたしのアパートだから、さすがに珍しいことは何も無いわ。晩ご飯の材料、買って帰りましょ」


 あたし達は車で、郊外の大型スーパーへ向かった。

 だが、そこでもあたしは仰天させられた。


「なんで油揚げだけでこんなに売り場面積とってんのよ?」


「変?」


「変よ。それに、この値段の差は何なの? 同じ油揚げで倍以上もしたら誰も買うわけ……ちょっと!!」


「何?」


「高いよそれ!! 倍以上もする方!!」


「いいのよ。これが美味しいんだから。焼いて大根おろしで食べるの。さて、あとは刺身でも……」


「ちょっと待ってお刺身!? いいの? そんなごちそうしてもらって!?」


「??ううん? 一番手軽で楽だから……タイムサービスやってるし」


「何言って……てか、安っ!? 何コレ、四種類も入ってて、ワンコインでおつりが……なんでこんな安いのよ!?」


 スーパーでもあたしは興奮しっぱなしであった。


「……もう疲れたわ」


「早く休みましょ。明日は朝倉氏遺跡……って、あ?」


 ようやくたどり着いた祐子のアパート。だが、ドアの前にはビニールにくるまれた何かが、ごろごろと積んである。


「何コレ!? 不審物? 不審物よ!! 死体か爆弾かも!!」


「何それ怖い。東京の戸口にはそんなもの置かれるの? これ野菜よ。実家の母がたまに置いてくの」


「って、タダで?」


「当たり前でしょ。娘からお金取るわけ……うわあ。またキャベツとジャガイモかあ」


「タダでもらっておいて、文句言うの!?」


「だって、キャベツなんて一人でそんなに消費できないよ。きっと作りすぎたんだ。うちの母、無計画だから」


「ふうん……」


「そだ。あとでホタル見に行かない? 歩いて行けるとこにいっぱい飛んでるの……って、どしたの美咲? なんか元気なくなっちゃって……」


 あたしは大きくため息をついた。

 同じ日本に住んでいるとは思えなくなったからだ。なんか、不公平にもほどがある。


「祐子……あたし、今度は三泊四日で来ることにする……」


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