春の眠りは永遠に続く 13

 事情聴取が終わった頃にはすっかり夜になっていた。

 向後さんの逮捕後、僕と杏奈さんは事務室でこってり絞られ、ワンダーフォーリッジのメンバーの連絡先をせがまれた。僕としては警察とはいえ他人の個人情報を伝えることが憚られため、井川さんにお金を貸していたサークル長の御簾さんだけを呼んで、彼女から連絡先の提供の話をつけてもらうことができたのだが。

 駅までの帰り道、僕は杏奈さんと並んで帰る。彼女も家が同じ方向らしい。自分のせいで遅くなったから送ると言ってくれたのだ。本来男の僕の役目だから、とこうして並んで帰ることにしたのだ。

「向後さん、大丈夫ですかね」

 歩道のタイルが目に入る。向後さんは、これからどうなるのだろうか。

「不正アクセス、死体遺棄、横領。後はどこまでが罪に問われるかは警察と司法の判断次第ですね」

「どうしてこうなっちゃったのかな」

 僕は真上の月を眺めた。月が急にぼやける。

「……あの、これ一緒に食べませんか」

 差し出されたレジ袋。ちょうど近くにベンチがあった。2人で腰かけると、杏奈さんがプラスチックのパックを取り出す。中身はイチゴ大福だった。

 杏奈さんが手早く輪ゴムを外すと、プラスチックのふたが開く。1つだけつまんで食べた。すべすべした絹のような求肥となめらかで甘みを抑えた白あん、瑞々しいイチゴの組み合わせがたまらなくおいしい。杏奈さんもパックを僕たちの間に置いて、イチゴ大福を取り出す。

「どうしたんですか、これ」

「井川さんのご両親からいただいたものです。沙綾が借りたお金はすべて返す、もちろん向後さんにも、とおっしゃっていました」

 僕はもう一口かぶりつく。そうか、井川さんのご両親も心配していたに違いない。

「井川さんのご遺体は、池の中に沈んだ後、浮き上がっていたようです。それをたまたま向後さんが発見した。なぜ引き上げて超低温保存しようとしたのか。これは今後の取り調べで明らかになるでしょう」

 杏奈さんが話を始める。僕にはまだ向後さんの光を失った目が瞼に焼き付いている。

「久仁さん、よろしければ、すべて持って帰ってください」

 杏奈さんは立ち上がる。

「あ、あの」

 そう話しかけた瞬間、さあっと風が吹き抜ける。まばゆい満月が、風に舞う葉桜と杏奈さんを煌々と照らしていた。

「どうしました?」

 杏奈さんは風でたなびいた髪を手で整えた。

「あ、いえ……ここで全部食べちゃいます。それまで、一緒にいてくれませんか。月も、桜もきれいですし」

「それは、構いませんけど。あと4個もありますが……」

 杏奈さんはちょこんと隣に座りなおす。

 2つ目のイチゴ大福をほおばる。最後まで食べ終わると、ボロボロと涙がこぼれてきた。


スピンオフストーリーはこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882046943/episodes/1177354054892028927

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