春の眠りは永遠に続く 12

 田口鋼のところに行くと、一言二言交わして離れていった。

「やはり田口鋼ではありませんでした。2人が付き合いだしたのは今年2月。試験監督で知り合い、交際に発展したようです」

「そういえば思いました。いくらとなりの部室とはいえ、その2人にどんなつながりがあったのかな、と。ですが、それが何か?」

「経済学部の井川さんと教育学部の田口さん。授業等で同じになることもなく、そこまでデートは重ねていない。念のために聞きましたが、パスワード等は教えあっていない。誕生日すらお互い知らなかったようです」

「それって」

「田口鋼はメールの送り主ではない」

「では誰だと考えているんですか」

 聞かなくてもわかっている。次に向かうとしたら。きっと誕生日も好きなものもきっと全部わかっている人。

 沈黙のまま、僕らは理学部棟へと入っていった。

 エレベーターの時間が長い。

 アナウンスが流れるかどうかくらいで2人でかけ降りた。

 ガラガラと台車を押す音がする。彼が鍵を開けた瞬間、杏奈さんは駆け寄る。

「向後裕之さん、ですね」

 杏奈さんは自分の右足で開いたドアに隙間を作る。

「部外者は中には入れられません」

「そうでしょうね。でも、令状が遅かれ早かれ来ます」

「俺が何をしたっていうんですか」

「井川沙綾さんがお金に困っている、となればあなたのところにもお金を借りに来たでしょうね」

「それが何か?」

「彼女が行方不明なんです」

 そう言って杏奈さんはドアを開けて研究室に滑り込んだ。

「ちょっと!」

 彼が体で壁を作ろうとするも、僕が彼の手を引っ張った。

「佐伯!」

「信じさせてください、向後さん」

 僕の訴えに、向後さんの体から力が抜けて、しりもちをついた。

 めでたく二度目の不法侵入を成功させた僕たちは、研究室の中を探し回る。杏奈さんがめぼしき発泡スチロールの箱を見つけた。

 杏奈さんは僕の姿を認めると、皮手袋を僕の近くに置く。杏奈さんが嵌めていたのを見て僕も両手に嵌めた。

「覚悟は、いいですか」

 覚悟なんかできていない。でも、後には戻れなかった。

 2人で大きなふたをはずす。スモークが一瞬目の前の視界を奪うと、中に大きな段ボール箱が入っているのが見えた。杏奈さんは躊躇せず箱を開けた。

 霜と藻まみれになった、井川さんが眠っていた。

 彼女に触れようとした僕の手を杏奈さんが制止する。杏奈さんは首を振った。

 いつの間にか人だかりができている。きっと研究室の人だろう。覗き込もうとしては悲鳴を上げている。

 やがて風見警部補率いる刑事さんたちがやってきて、現場検証や事情聴取が始まった。

「沙綾……」

 僕が向後さんを見た最後である。向後さんは、抜け殻になったようにおぼつかない足取りで風見警部補に連れられて行った。

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