春の眠りは永遠に続く 11
今日になれば警察が犯人を特定する。
しかし、杏奈さんは既に犯人が分かっていた。
今日も正門からキャンパス内に入る。近くの池には何人かの捜査員が棒で池の中をかき回したり突いていたりした。
「おかしいね」
「被害者のらしきスマホやらイヤフォンは出てきたのに」
そう言って捜査員たちは電話をかける。
「あの」
捜査員の1人に駆け寄って話しかける。
「何?」
「井川さんの遺体が、沈んでいるんですか?」
捜査員の方はぎょっとして僕を見た。
「何で知ってんの」
「昨日、小宮山さんに聞きましたから」
「あの嬢さん、捜査情報が駄々洩れじゃねえか。誰にも言うんじゃねえぞ」
捜査員は僕を睨みつけてシッシッと追い払った。
警察は今、井川さんの遺体の捜索と、メールの送り主の特定を行っている。池の中から井川さんの遺体が出てくれば、杏奈さんの推理が正しかったことになる。
杏奈さんの推理はこうだ。
事件の発端は井川さんが自転車の不注意運転で小森さんにけがをさせてしまったこと。あれから井川さんは小森さんに賠償金やら口止め料やら含めてたくさんのお金を渡していた。そしてとある日、言い争いでも起きたのか、小森さんは井川さんを例の池に沈めてしまった。このことを知った第三者が、井川さんに成りすましたメールを小森さんに送り付け脅迫しようとした。しかし小森さんはそのことに動揺し自分の研究室から池の方を見ようと窓から身を乗り出した結果、誤って落ちてしまったのではないか、という。
池のロープが切れていたのも、水が濁っていたのもこの推理を裏付ける証拠になる。空メールを送り付けたのも、井川沙綾が生きている、と思わせるだけの効果を発揮したようだ。
池に落とされたとしても、もしかしたら誰かに助け出されているかもしれないし、自力で這い上がったのかもしれない。それなら、メールを送り付けられた。そうだったら、と思わずにはいられない。
「久仁さん」
後ろから、杏奈さんに声をかけられた。
「おはようございます、杏奈さん。こんな朝早くからどうしたんですか?」
「昨日の様子からして、心配になったものですから」
「それは、どうも」
様子を見に来てくれたらしい。
「でも、遺体が出てこないみたいです」
「池からですか?」
「はい。井川さんのものと思しきスマホやイヤフォンは見つかったらしいですけど」
「そうですか。ということは少なくとも一旦池に落ちたのは事実……。いえ、すみません。どうやら井川さんのアカウントから井川さんのメールサーバーにアクセスされていて、防犯カメラ等から探るしかないようなので」
杏奈さんは首をかしげる。
「井川さん、やはり生きているんでしょうか」
ポツリとつぶやいた。
「そうですよね。そうじゃなければアカウント名もパスワードも分かりませんから、井川さんのアカウントにアクセスできません」
「ごめんなさい」
杏奈さんは急に謝った。
「井川さんでなくても、アカウントにアクセスできそうな人に、会いに行きます」
杏奈さんは駆け出した。その後ろ姿に、僕も一歩踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます