ただの喜劇として

「失礼、遅くなりました。」


初老の男性が声をかけてきた。


「え、あ、えっと...」

「あ、これは失礼しました。私は茂村と申します。桜井家の執事でございます。以後お見知りおき。」


完璧、という言葉は彼のためにあるのだろうか。そう思わせるような所作だった。


「あ、俺は三島です。三つの島と書いて三島です。」

「三島殿、でございますか。ありがとうございます、お嬢様の側に居ていただいて。」


聞いてはいた。桜井さんの家がお金持ち、というか名門の家だってことを。だが実際に目の当たりにするとそれ以上にすごく感じた。


「して、お嬢様は...」


2人の目が赤い『検査中』の文字に吸い寄せられる。


「あ、でも大丈夫みたいですよ。原因は貧血みたいですし、一応、の検査中らしいです。」

「...そうでございましたか。」


強ばった、少し皺の入った頬が緩んだ。優しそうなおじいちゃんのようだ。


「三島殿、帰宅の時間からもう時間がたっておりますのでお家までお送りいたしましょう。私はお嬢様のお側にいますので、使いの者に任せることになってしまいますが。」

「あ、いえいえ。ここから家まであんまり遠くないですし歩いて帰りますよ。」


なんだか送られるのは照れ臭いというか、気が引けたのでやめておいた。


「そうでごさいますか...では改めまして、

お嬢様をありがとうございました。」


軽く会釈して病院のロビーをでる。

夕焼けが綺麗だった。


「そういえばもう11月か。」


誰に聞かせるでもなく呟いてみた。


世界の崩壊。

安っぽく聞こえるこの言葉は本の世界でもなんでもないこの現実に起ころうとしている。

その影響はわりと身近な所にも感じられる。例えば今は11月だが所々で桜が咲いている。

夕焼けが沈まずに白夜になったこともある。ここは日本なのに。

俺には理解できないがこれは『地球の崩壊』ではなく『世界の崩壊』なのだそうだ。宇宙規模的に崩壊しているのだ、ありとあらゆる法則が乱れている、そんな状況らしい。

凡人にはわからないが。

国家間の目に見えた争いは消えた。それは確かに平和で、理想郷ではあった。

世界的に協力してこの世界の崩壊を食い止めるべく活動している機関もあるそうだが俺にはよくわからない。


そんな状況なのが今の俺たちの『世界』だ。


皆は努めていつも通り過ごして、世界の崩壊を毎日取り上げてるメディアをただの娯楽だとでもいうかのように見ている。そうしないと狂ってしまいそうなのだ。

俺たちもそうだ。いつも通り学校に通っていつも通り勉強して、いつも通り友達と話している。


そんな日常がやっぱりもうじきに終わってしまうとわかっていながら。

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最小で最大の恋 悠染 零 @yu-reizou

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