第20話 正当防衛
「ねぇ。遥ちゃん…。晶くんにあんなに拒否反応が出たのって…。」
陽菜は直樹と二人、帰っていった遥の話をしていた。
晶くんのこと好きなんじゃないかしら。という言葉を言っていいのか分からなかった。そうなって欲しいのは陽菜自身の願望なだけの気がしていた。でも…他の女の人と出かけて帰りが遅かったから、よからぬ想像をしてしまったんじゃ。その反応が人よりも過剰に出てしまっただけで…。
隣の直樹は楽しそうに話す。
「アキだってそうだろ?俺が教えた嘘に文句を言ってこないところを見るとそこまでしても一緒にいたいんだ。」
クククッと愉快そうに笑う。
「笑いごとじゃないわよ。大丈夫かしら。あの二人。」
「いいじゃないか。お互いに自分の気持ちにも相手の気持ちにも気づいていない。その方が面倒なものをかかえてる二人にはお似合いさ。」
楽しそうな直樹に、やれやれ晶くんもこんな親友を持って大変だわ。と可哀想に思えた。
晶はお風呂から出ると遥とご飯の支度を交代した。
「今日は昨日作ると言って作れなかった詫びだ。ハルが好きなものを作ろう。何がいい?和食はあまり作らないから洋食で頼む。」
悩んでいる遥を待つ晶はキッチンでサラダなどのサイドメニューを作っていた。メインを遥に選ばせようと思っていた。悩んでいた遥がやっと口を開いた。
「アキの…私服…。」
「え?なんだって?」
「アキの私服を買いに行きましょう。」
俺は晩飯の話をしていたはずだが…。こいつに会話のキャッチボールは無理なんだろうか。
「服を買いに行くのは今度だ。直樹とマスターは平気かもしれないが、警官には怯えていただろ?まだ外出は早い。」
「でも…。」
ジャケットを着ていないとはいえ、ワイシャツで料理を作る姿にハラハラしていた。エプロンをするわけでもなく、ただ腕まくりするだけ。
「だいたい買いに行くならメンズショップだ。分かるか?男しかいない。」
前はなんとかなるつもりでいた。何かあれば守れるなんてくらいに。笑えてしまう。守るどころか俺自身が爆弾だったじゃないか。何がスイッチになるか分からない。今の晶には遥に何かあってもどうにかできる自信が微塵もなかった。
「ほら。」
早い段階で遥にリクエストは諦めた晶が遥の前にオムライスが盛られた皿を置いた。子どもと言えばハンバーグにオムライスだろ。
ウッと珍しく変な顔をした遥に苦手だったか…と横目で観察する。それでも何も言わない遥に晶も何も言わなかった。リクエストしないやつに文句を言う資格はない。
とろっとした卵の上にかかったデミグラスソースがなんとも食欲をそそる盛り付けだった。
一人「いただきます」と食べ始めると遥は目を丸くして急いで「いただきます」とスプーンを持った。
そうさ。ここは俺の家だ。こいつに気を遣うことなんてない。忘れるところだった。
「あれ…。ご飯が赤くない…。」
遥のつぶやきに聞こえないフリをする。チキンライスのことを言っているようだった。
「あれ…。美味しい…。美味しいです!」
つぶやきは報告に変わると嬉しそうにスプーンですくって口に運んでいる。これだから嫌なんだ。チキンライスが苦手でバターライスは好きなんて。どこまで似た者同士なんだ。
「アキは料理が上手ですね。それに言わなくても私の好きそうなのを作ってくれます。」
何を都合のいいことを言ってるんだ。オムライスは好物じゃなかっただろうが。心の中で悪態をついても思わぬ褒め言葉に気分が良かった。
夜。眠れなかった。散々昼に寝たせいだけではない。目を閉じると蔑んだ瞳の遥が頭に浮かんだ。さきほどから何度ココアを飲んでも眠れそうになかった。
逆に遥はあんなことがあっても世間を欺く要員として任命されたことで、ここにいる理由ができた。そのお陰か不安がることがなくなったようだった。
何度目かのキッチンにいると、遥が眠い目をこすりながら起きてきた。
「悪いな。起こしちまったか。」
「眠れないんですか?」
「いや。そんなんじゃない。大丈夫だ。お前は寝た方がいい。」
心配そうな視線を向けて近くに来る遥に晶は一歩距離を取る。また一歩近づく遥にまた一歩距離を取った。見上げた顔に「どうして?」と書いてあるようだった。
「また過呼吸や蕁麻疹が出たら面倒だ。俺に必要以上に近づくな。」
「…アキは大丈夫です。」
大丈夫じゃなかっただろうが。あの騒ぎをこいつの中では無かったことになってるのか。でも俺は…。
「俺は女嫌いだ。忘れたのか。ハルも所詮は女だろ?だから必要以上に近づいてくれるな。」
この言葉には遥もグッとした顔をすると何も言わないまま部屋に戻ってしまった。その姿に少し胸が痛かった。しかし…。
「俺はあの眼差しを忘れられるほど図太くないんだよ。」
そう自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。きっともう一度あんな眼差しを向けられたら立ち直れないだろう。あんなチビが怖いだなんて笑ってしまう。
「これは正当防衛だ。」
そうつぶやいて眠れない体をソファに沈めた。
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