第19話 嘘
気がつくと眠っていたらしく体中が痛い。頭痛は少しはよくなっていたが、ソファで変な体勢で寝ていたのだろう体がバキバキいいそうだった。
ふとテーブルに目をやると何か置かれていて、その下にメモがあった。
「二日酔いの時、おばあちゃんがアロエヨーグルトをよく食べてました。」
二日酔いのばあさんって…。どんだけファンキーなばあさんと暮らしてたんだ。フッと笑みをこぼして、ヨーグルトをあけた。口に含むとさっぱりとした味が二日酔いの体に心地よかった。
二日酔いの晶を心配してわざわざこのためにもう一度ここに来たのか…。拒否した今でさえも遥らしい気遣いに胸が痛くなった。
そういえば「ありがとう」と言えずに終わっちまったな。直樹に言われた「ありがとうって言えよ」を苦々しく思い出す。言えば良かったな…。でも今さら思っても手遅れだった。
そのまま、また眠ってしまったらしかった。寒っと身震いをして目を覚ますと体に毛布がかけられていた。え?と思って飛び起きる。いつもの二人掛けのソファの端に小さいのが座っていた。
「ど、どうした?」
「直樹さんがもう帰ったらって。」
帰ったらって言われて帰れるもんだろうか…。昨晩の出来事は夢か?そんな気持ちにさえなる。
「あの…。私が勘違いしてただけって分かったので。すみませんでした。」
勘違い…。直樹はどうやって言い含めたのだ。あの完全なる拒否から普通にマンションに戻ってこれるほど…。
「アキは…その…本当は直樹さんが好きなんですよね?」
はぁ〜?と思わず声が出そうなのを抑えた。直樹のヤロー…。そこまでして俺を笑い者にしたいのか。
「だから昨日来られた女性の方は、お母さんの紹介っていう断りにくい理由もあるけど、世間を欺くためにって。」
どこまでだ。俺はどこまで堕ちていくんだ。
「でも直樹さんには陽菜さんがおられるので清い関係だからと。」
はぁ。深いため息をつくとなんと言えばいいのか分からなかった。遥は「すみません。アキの話を勝手に聞いて。しかもこんな言いにくい話…。」と申し訳なさそうにしている。
そんなことどうでも良かった。どうせ作り話だ。
「それで直樹さんに「遥ちゃんも世間を欺くためにアキと暮らしてやってくれ」と言われたんです。」
それで素直に戻ってきたのか。ここまでの話を信じるか?普通…。まぁ女に興味なければ、そっちだと思われても仕方ないのか…。
納得できない晶だったが、直樹の嘘のおかげでこうして遥が戻ってきたのにはありがたい気持ちだったのは事実だ。
そこまでしても側に置きたいと思う自分に苦笑する。遥が自分に依存しているのではないかと心配していた頃が馬鹿らしく思えた。自分の方がよっぽど…。
「あぁここにいてもらえるとありがたい。そうだな。ハルにいてもらえるなら昨日の人は断ってもいい。」
そうさ。今までは嫌だと思いつつも断る理由がなくズルズルと来てしまった。でも今はあんな不快な気持ちになるのも、その後のゴタゴタもこりごりだ。
「え…綺麗な方なんですよね?いいんですか?」
なんの心配だよ。俺は男が好きっていう設定なんだろ?自分の変なツッコミに大笑いしたい気分だった。
「なんだ。俺はその程度だと思ってるのか?俺がその気になれば絶世の美女だろうとなんだろうと一人や二人どうにでもなる。だいたい俺より綺麗な女なんているわけ…。」
プッと吹き出した遥はアハハハッと笑い出した。涙まで浮かべて。
「何がおかしいんだ。」
ご機嫌斜めでブスッとそれを眺めていると目があった。
「いえ。確かにアキよりも綺麗な女性なんていませんよね。」
「だから俺に女を形容する…。」
そこまで言って自分で言ったことに気づく。ハンッそこまでしてハルに義理立てしたいなんて、やっぱり俺はどうかしてる。
「アキ…薄汚れてます。お風呂入った方がいいんじゃないですか?」
昨日はグチャグチャのボロボロで身なりなんて…。だいたいボロ雑巾だったお前が言うなよ。悪態をつきたいのを抑えて立ち上がった。
「風呂でも入るか…。」
「沸かしてあります。入った方がいいなって思って。」
こいつ…。いい嫁さんになるだろうななんて馬鹿げた思いをかき消した。
「あぁ。助かる。いつもありがとな。」
言ったことに恥ずかしくなると遥の顔を見ないままお風呂へ向かった。
残された遥は「え…」と言ったまま顔を赤らめていた。
本当は遥だって全てが直樹の優しい嘘だと分かっていた。女嫌いは本当だけど男が好きだとは思っていなかった。
陽菜に話を聞いて女の人との関係が自分が思い描いていたものとは違っていたことを知った。そしてかなりの女嫌いなのも改めて聞いて再確認した。それでも大騒ぎして出てきた手前、あのままではマンションには戻れなかった。
荷物を取りに来た時も晶は出て行く遥を止めなかった。それなのにノコノコと戻れるほど図々しくなれない。そもそも迷惑をかけているのに。
そんな遥に直樹は突拍子もない嘘で戻らないといけない状況にしてくれたのだ。それは痛いほど遥に伝わっていた。
「でも…。本当にアキと直樹さんってお似合いかも。」
フフッと笑うと晩ご飯の準備にキッチンへ向かった。
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