第13話 カフェ
それにしても、んっとにチビだ。振り返っても見落としてしまいそうなほどに視界に入らない。
仕方なく視線を落とすと、やっと姿をとらえた。
サイズを聞いたのかと思えるほどに、ぴったりのスニーカーを履いて歩く遥。
遥が晶の思っていることが分かっているような素振りは度々あった。そんな時は自分に似てるからという気がしていた。まぁそれはそれで嫌な気分だが。なのに陽菜の対応は女特有の気がして嫌悪感を感じた。
感謝さえしている陽菜にさえも女っぽさが垣間見えると嫌な気分になる。
バリバリの女嫌いが健在な自分に、俺にもリハビリが必要か…と嘲笑した。しかし、いや。俺は生活に支障をきたしていない。と思い直すと遥と目があった。
「アキとお出かけって、なんだかウキウキします。」
拍子抜けする言葉に遠足に行く小学生に思えて仕方なかった。さすがに男のではなく、女のではあったが、小学生には変わりなかった。
カランカラン。
「いらっしゃい。あぁ。アキくん久しぶりだね。おや。お連れさんがいるとは珍しい。」
優しそうなマスターが目を細めた。
趣があるお洒落なカフェ。大きな公園の近くにあるお店は、公園の緑や紅葉した赤、木々の茶色…全てに溶け込んでいて同じ風景の中の一部に思えた。知らなければ通り過ぎてしまいそうなそんな小さなお店だった。
「俺はブレンドで、こっちにはココアを頼むよ。」
カウンターの一番端に遥を座らせると晶はその隣に座った。お洒落なお店に気後れするかと思ったが、意外にも落ち着く自分に不思議な気持ちになる遥は晶を盗み見た。
長い手足がカウンターでは邪魔のように思える。顔の前で重ねた両手の指までもが細くて長く、男の人の手なのに綺麗だと思った。でもそれを口にすれば機嫌を損ねてしまう。
ふわっと香ったコーヒーの匂いとガリガリガリという音にそちらを見ると、マスターが豆を挽いていた。
「素敵ですね。」
「あぁ。」
ここは外とは時間の流れ方が違うように感じた。静かな店内ではガリガリガリという音と、趣のある店内にマッチしているジャズが小さく流れるだけだった。
「はい。お待たせ。ブレンドとココアね。これはおまけ。」
白ひげをたくわえた口をニコッとさせて可愛いウィンクをした。それぞれのソーサーには包みに入った小さな白い四角が乗っていた。
「ここのチーズケーキも絶品だ。食べてみるといい。」
そう静かに教えると晶はコーヒーの香りを楽しんでから口に運んだ。遥もココアに口をつける。
「おいしい…。」
遥の言葉に晶が優しく微笑んだのが、横顔から少し伺えただけだった。
飲み終わった頃にマスターが晶たちの前に来た。
「お口に合いましたか?お嬢さん。」
「はい。とっても美味しかったです。」
遥にニコニコするマスターが声を落として言った。
「一番奥はアキくんの指定席なんです。お店に来ても空いてないと帰ってしまうほどの。そこに自ら座らせるとは…。おっと戯れ言が過ぎたようですね。」
苦々しく笑った晶を見て、マスターは遥にまたウィンクをした。
「マスター。豆を挽いてたあれはどこに行けば手に入る?」
マスターがお客が来るたびにガリガリとしていた物を指差して質問した。
「コーヒーミルですか?家でも挽くのなら、それ以外にも必要なものが…。オススメの豆と一緒にセットでお譲りしましょう。」
お店の奥に行くと一式が入ったらしき物を持ってきた。
「コーヒーに惚れ込んでくれて、揃えたいって方がたまにいらっしゃるんですよ。それで一式を置くようにしたんです。」
「そうか。助かる。マスターのオススメなら間違いない。」
席でそのままお金を払うと店を出た。
晶はマスターの「アキくんの指定席」の話を聞いても何も質問してこない遥に助かっていた。それが気遣いだと思われるのは居心地が悪かった。
ハルを奥に座らせたのは、変に知らない男が隣に座って過呼吸なんて出たら自分が面倒だったからだ。ハルのためなんかじゃない。自分のためだ。
だいたい自分が女が嫌だからと、あのカフェに連れて行った。女が滅多に来ないカフェへ。
ハルが欲しがっていたコーヒーの道具も本当はいろんな道具が売ってるような店で選ばしてやりたかったが、女が多そうなところや人混みが嫌でカフェで全て済ませてしまった。そのことへの負い目も感じていた。
それでも嬉しそうに隣を歩く遥に、まぁ良しとしよう。と思うことにした。
男嫌いを忘れるほどに自然だった遥に晶は疑問を投げかけた。
「マスターは平気そうだったな。白ひげでも、じいさんってほどの歳じゃないぞ。」
晶の質問に、優しい笑顔のマスターを思い出す。
「優しそうな方だったので…。アキに少し似てますよね?」
「なんだ。あんなじじいと一緒にするな。」
ふてくされて歩く晶に、さっきはじいさんってほどじゃないって自分で言ったのに。おかしくなって笑みがこぼれると、先を歩いて行ってしまう晶の後を追いかけた。
食材も買って帰るためにスーパーに立ち寄った。周りの視線に気まずさを感じた遥は晶に耳打ちをする。
「アキ…。あの…。すごく目立ってます。」
ただでさえ端整な顔立ちで背も高くて目立つのに、昼の時間帯にスーツでスーパー。そしてかたわらにはチビの小学生のような子まで連れていたら目立たないわけがなかった。
「あぁ。スーツはまずかったか。いつもは仕事帰りの時間帯にしか来たことなかったかもな。」
主婦の人たちであろう女の人ばかりのスーパーで針の筵のような視線に居心地の悪さを感じる。昼のスーパーが女ばかりだということが、すっかり頭から抜け落ちていた。必要なものをカゴに入れると早急に立ち去った。
帰り道。「ちょっといいですか?」の声に振り返ると警官がそこにいた。さきほどのスーパーでおせっかいな主婦が通報したのかもしれない。これだから女は…と腹立たしい思いだった。
どうせチビのハルのためとか思ったんだろうが、男がダメなこいつに…。と、警官と遥の間に立つ。ますます不審がる警官は「後ろの子は何歳ですか?学校はどうしました?」と質問してきた。
やっぱり小学生にしか見えないよな…と今は笑えない状況にどう説明したものか…と熟考する。
すると晶の後ろで怯えていた遥がポケットから紙を出した。
「よく間違われるから持ってなさいって言われたんです。」
それを警官が受け取ると、遥はまた晶の後ろに隠れてしまった。何を持っていたのか晶は分からないまま警官がそれを見て質問をする。
「山本遥さん…。生年月日は…えっと。23歳ってことでしょうか?」
直樹が俺の知らない間に身分証明書をハルに渡したのか…と理解すると警官の言葉に耳を疑う。
「世帯主は高崎晶さん。この方は…。」
世帯主が俺ってどういうことだ!直樹のやつ!憤慨したい気持ちをどうにか抑えると「俺だ」とだけなんとか言う。
身分証明書代わりに持っている、乗りもしない運転免許証を見せた。
警官の持つ紙を覗くと、住民票だった。遥の住所が晶のマンションになっていた。そして世帯主との関係は同居人とある。
…ッ。そりゃ住まわせてはいるが、住民票だぞ!直樹への怒りがふつふつと湧き上がる。しかし警官がいる手前、怒りを表に出すことはできない。ギリギリする気持ちをなんとか抑えると警官をやり過ごした。
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