第12話 ジャスミンティ
ダイニングテーブルにグラスが3つ。今朝も仕事に行く前の直樹が家に寄っていた。ここ何日か用事がなくても寄るようにしていた直樹に遥はお茶を出せるほどに慣れてきていた。
「アキんちでジャスミンティーが飲めるとはな。遥ちゃんのおかげだ。」
爽やかな後味を堪能した直樹がグラスを置く。
「いちいち気に触る言い方するな。直樹に出す茶なんて無かっただけだ。」
気分を損ねたような晶もグラスに口をつけた。
「寝に帰るだけの殺風景な部屋だったしなぁ。まぁ殺風景なのは今も変わらないが、やっぱり女の子が一人いるだけで違うよな。」
ニコニコしながらも晶の地雷を踏みまくっているように感じる遥は二人のやりとりをドギマギしながら見ていた。
「直樹が変なことを言うから、ハルが怯えてるぞ。」
ボソッと言った一言が直樹を楽しませることになったようで、うんざりした顔で残りのジャスミンティを飲み干した。
「アキも本当にか…。」
「どうでもいいだろ。さっさと仕事に行けよ。重たい案件かかえてんだろ?」
肩をすくめてとぼけた顔をする直樹を追い出すように連れ出す。
「なんだ。今日は下まで送ってくれるのか?遥ちゃん。美味しいお茶をありがとう。」
「いえ。陽菜さんによろしくお伝えください。」
遥の言葉にニコッとして手を振ると晶に連行されるように出て行った。
「余計なことを言うな。」
直樹に忠告するように言っても意味がないのは晶もよく分かっていたが、言わずにはいられなかった。
チッ。調子に乗りやがって。
「なんだよ。アキも変わったなぁって思ってな。ただの感想だろ?」
それをわざわざハルの前で言うのがたち悪いって言うんだよ。しかもそれを分かってて言うんだから腹黒い。言いたい文句は山のようにあったが、言ったら言っただけ直樹を楽しませることになるのが目に見えていた。
「陽菜も楽しみにしてるぞ。慣れてきたんだ。俺の家にも遊びに来いよ。二人で。」
わざわざ「二人で」を強調する直樹にげんなりした顔を向けつつも「あぁ」と気のない返事をした。
「ったく。人に頼んどいて、その態度だもんな。」
直樹が珍しくすねたような声を出す。そりゃハルが慣れるように家に来てくれと頼んだのは俺だが…。こいつに頼んだのは間違いだったか…。いや。ハルには正解だったみたいだが、俺に被害があるとは…。
どうせすねたマネだけだろうと冷たい視線を送っても気に止める様子もない。「じゃ、また明日も寄るわ」と言う直樹に、二度と来るなと悪態をつきたいのを飲み込んだ。
部屋に戻ると遥が戻ってくる晶のためにコーヒーを淹れていた。
「ちょうど飲みたいと思ってた。」
ありがとう。とは素直に口にできず席についた。
「あの…。直樹さんが来られるのが嫌でしたら、私はもう大丈夫ですから。」
いちいち気にする遥に何をどう説明すればいいのか、説明したくないことばかりで言葉に詰まる。ハルに優しくしてるところを直樹にからかわれるのが気恥ずかしいって、まったくどんなだよ…。はぁとため息をつく。
「別に俺は構わない。直樹とはいつもあんなんだ。」
半分以上は本当のことだ。直樹とまともな話ができた試しがない気がしてくると笑えてきた。穏やかな顔になった晶に遥も安心したように椅子に座った。
「おい。ハルはコーヒー飲まない方がいいぞ。」
毎晩のように眠れていない様子の遥にコーヒーカップに手をかけた。中身は牛乳を入れたカフェオレになっていたが、それにしたって…と晶は気にしていた。
「コーヒーのせいで眠れないわけじゃないんです。」
「なんだ。じゃ昼寝し過ぎか?」
さすがのワーカーホリック気味の晶は落ち着いてきている遥に安心して家でできる仕事をしていた。そしてダイニングテーブルで仕事に没頭している時に限って気付くと遥はソファで丸まって寝ていることが多々あったのだ。
「それは…眠れないからお昼に眠くなってしまって、寝るからまた眠れない悪循環で…。」
気持ち良さそうに寝ている遥を見ると、起こすのも可哀想な気がしてしまっていたのは、逆効果だったようだ。寝ている遥を見てなんだか眠くなった体を伸びをして起こす。なんてこともよくあったほどに気持ち良さそうに寝ていた。
「より良い睡眠のためには日に当たった方がいいとは言うが…。そろそろ出かけてみるか?」
悩んでいる様子の遥に、まだ早かったかと晶も思い直す。
「豆のガリガリを買って頂けるのなら…。」
豆のガリガリ…。ネーミングセンス大丈夫か。と、変な心配をしつつ、まぁそれで出かけられるのならとOKした。
晶は相変わらずのスーツに着替えるとリビングで待つ。たまに持ってきてくれる直樹が陽菜から預かる服の中に出掛けられる服も入っていたようだ。世話をかける陽菜に遥は恐縮しっぱなしだったが、陽菜は陽菜で「妹ができたみたいで嬉しいの」と喜んでいるようだった。
リビングに来た遥は着替え終わっていて恥ずかしそうにうつむいている。
女でも男でも大丈夫そうな薄手のニットに中にシャツを着て、ズボンがダボッとして見えるのは遥が細すぎるのかなんなのか…。
「変でしょうか…。」
さすが直樹の奥さんだと思えるチョイスで似合っていた。ズボンにしたのは、晶のためなのか、遥のためなのか…。女オンナしていない服装に晶は少しホッとした。
「そんなもんだろ。」
気のない返事をしながらも、頭をグリグリすると顔を見ないようにして玄関に向かう。玄関でハッとした晶に、ちゃんと手に持っていた靴を見せた。
「靴も用意してくれてました。陽菜さんってすごいです。」
女って超能力を使えるよな…。直樹の奥さんも、ハルも…。自分の行動を見越した準備の良さに筋金入りの女嫌いが発動しそうになるのを抑えることに精一杯だった。
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