第8話 和洋折衷
ダイニングの椅子に座ると朝には少し遅い高い位置にある太陽の光が部屋に降り注いでいた。
遥を目の端にとらえると忙しくなく動いている。晩ご飯のメニューを見た限りでは、和食好きなのだろうが、さすがにご飯が炊けずにパンで断念したらしかった。何やら準備している。
「あの…。夜にと思って、さきほどきんぴらとひじきを作ったのですが…。」
家にはそんなもの作れる材料は無かったはずだ。晶の疑問を感じ取ったのか遥が口を開く。
「朝早くにアキと入れ違いで直樹さんの奥様が来てくださって。食材や何から何まで心配して持って来てくださったんです。」
あぁ。そうか。あの人ならそういうことをしそうだ。
「あ、でも上がっていくのは。と玄関先で帰られました。」
何かまだ言いたそうな遥に声をかけた。気になっていたことだった。
「今までも思っていたが、俺には言いたいことはなんでも言えばいい。我慢されると余計にこっちがストレスだ。」
晶の言葉にもじもじしてから言いにくそうにボソッと言った。
「直樹さんの奥様は入ってはいけないのに、どうして私はいいんでしょう。」
それをお前が聞くか…。
「それはこっちが聞きたい。どうして直樹はダメで俺はいいんだ。」
それは…。と言うと黙ってしまった。 またかこいつ…。
「いいか。これはここに住むルールだと思うんだ。思ったことは話せ。」
押し黙っていた遥は持っていたパンの袋を置くと晶の前にちょこんと座った。そして遠慮気味に答える。手を膝の上でにぎったり開いたりしているのが見えた。んっとにガキだな…。じっとして話もできないのか。
「その…アキは男性も女性も超えた何かすごい…。私にも分からないです。」
男性も女性も超えたの辺りから晶が大笑いを始めたため、遥はまた黙ってしまった。
「悪い。話の途中だな。でもおかしくてな。誰が男も女も超えてるんだよ。」
ハハハッと笑う晶に「だから話したくなかったんです」と少し不機嫌な顔をした。
つい頭に手を伸ばすとグリグリと撫でた。小学生のガキ(男)にするみたいに。
「ハルのそんな顔、初めて見たな。」
ククッと笑いを噛み殺していると、ますます遥の顔が不機嫌になる。
「子ども扱いしないでください。」
ブスッとした声で恨めしそうな目を向けた。
「ハハッ。そういうことは実際に子どものやつがいうんだぜ。自覚あるんだな。」
言い負かされて黙る遥に、こんなふざけあった会話、直樹としているような気分だった。
「で、そのきんぴらにひじきがどうした?」
不機嫌な顔のままの遥は顔も見ないでテーブルを見つめて話す。
「パンにのせてチーズと焼くと美味しいんですけど…。」
「はぁ?」
思わず漏れた呆れた声に、遥がすかさず言った。あげた顔には勝ち誇ったような表情を浮かべて。
「食わず嫌いなんて子どもですね。」
グッと黙った晶に、プッと吹き出すとアハハハハッと笑った。初めて見た笑顔だった。そしてそれは紛れもなく可愛い女の子だった。
その顔から目をそらすと「どっちでもオススメの方でいい」それだけ言って体を横に背けて足を組んで座り直すと買ってきた本を広げた。
和やかな雰囲気から、立ち入れない雰囲気に変わったことを察したように遥も無言で席を立つ。キッチンで黙々と朝食の続きを作り始めた。
ブックカバーをした本で壁を作るように遮断する自分に、何やってるんだか…と嘲笑する。本は逆さまだった。
「そういえば、僕と言っていないようだが…。」
「あ!そうでした。すみません。わた…僕、うっかりしていて。」
怯えたようにうつむく遥にどれだけ大人の機嫌を伺って生きてきたのだろうと晶でさえ不憫に思えるほどだった。
「いや。たしなめたかったわけじゃない。さすがに言い過ぎた。「あたし」じゃなく「私」なら、まぁいいだろう。」
え?と顔をあげた晶はまだ怯えている。やっぱり面倒くせーガキだ。そう思って説明する。
「何か行き過ぎたことがあれば、その都度、注意する。だから思ったことは言えばいい。俺とお前はよく似ているんだ。イライラする。」
ますます怯えた顔になる遥にため息をつくと訂正した。
「ハルにイライラするわけじゃない。俺の昔を見ているようで、嫌なんだ。分かるか?」
理解できない顔のまま怯える遥に晶は説明する術を持っていなかった。
はぁと大きなため息をつく。こういうのを優しく丁寧に説明できるのは直樹なんだが、こんなことを相談して説明させるのなんてしてたまるか。
チンッ。トースターの音に思考が遮られるとチーズと醤油の香ばしい匂いがした。オススメの方をと言ったのに、きんぴらもひじきもそれぞれパンに乗って斜めに切られたものが遥と両方の皿に乗っていた。
「腹が減ってると余計にイライラするかもな。食べよう。」
洋のパンに和のおかずを乗せて、しかもその上にまた洋のチーズ…。ゲテモノを食べさせられる気がして気は進まなかったが、 遥が目の前で食べるのをじっと見ている。食わず嫌いなんて…と言われた手前、食べないわけにはいかなかった。
意を決して、ひとくち口にほおばる。
「あれ…うまい?」
疑問系で感想を言うと遥がフフッと小さく笑った。
その姿に俺たちも和洋折衷ってわけかな。と、自分の中でなんとなく居心地の良さを感じ始めていた。遥が一応は女なんだと理解しながらも。
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