第7話 会いたくないやつ

 なんとなく顔を合わせづらい気持ちで朝早くに晶は家を出た。

 昨日のことを思い出すと、はーっとため息をつく。

「なんだ。1人か?」

 聞き慣れた声におもわずビクッとすると後ろに直樹がいた。

 今、一番会いたくないやつ…。

 無視したかった。どうせ何か言われるのが目に見えている。

「こんな朝早くに本屋にいて遥ちゃんは大丈夫なのか?」

 通勤客に合わせて早朝からやっている駅前の本屋にきていた。本屋に入って行くのを見かけた直樹が後をつけたらしい。

「そんなの知るか。」

 晶の態度に、ははぁーん何かあったな…と心の中でニマニマする。

「仕方ないやつだな。ほら、これと、これと…これなんかも読みやすい。」

 ドサドサと晶の腕の中に本を渡した。晶が立っていたのは心理学の棚の前。腕の中にある本の一番上には「よく分かる過呼吸とパニック障害」との文字。

「なんだ。直樹も調べたのか?」

「いや前に一度、そういう案件を担当したことがあってな。」

「そうか…。」

 本当は直樹が対応できた方があいつのためでもあるんだろうが…。そんなことを考えていた晶が目を丸くする。

 追加で本の山に乗せられたのは「性犯罪被害にあった人へ」

「おい。なんでこんなことまで知ってるんだ。」

 もしかして俺の家に盗聴器でも仕掛けていったのか。疑いの目を向けようと本から直樹に視線を移すと目があった。

「アキらしくないな。このくらいアキなら分かりそうなもんだが…。」

 確かに…。かなりの男性恐怖症。何かあったと思うのが普通か。しかし小学生のクソガキ(男)と思っていた遥からは想像できない内容だった。…昨晩のことさえなければ完全にクソガキだと思っていた。

「それにほら。」

 もう一冊渡されたのは「機能不全家族」その題名にハハッ。俺のことかと嘲笑すると、そういえば俺に似てたんだったあいつ。と思い出す。

「遥ちゃんと接するのはアキのためでもあると俺は思ってる。だからこそアキが適任だ。何より遥ちゃんがアキを選んだんだ。」

 珍しく真面目な顔の直樹に不機嫌な顔をした。

「直樹がそういう真面目なこという時は面白がってる時だろ?」

 晶の言葉に直樹は、クククッと楽しそうな笑い声を上げると「バレたか」とますます笑う。

「ま、頑張ってくれ。人生の夏休みとでも思えよ。夏休みほど休まれちゃ敵わないがな。」

 ハハッと乾いた笑い声をあげると、じゃ俺、仕事行くわ。と行ってしまった。

「人生の夏休みねぇ。」

 ったく。長い付き合いはこれだから…。そう苦々しく笑うと直樹が勧めてくれた本の中から何冊か選んで、その他を棚に戻した。心の中に直樹への文句が浮かんではいたが、心は晴れやかだった。やっぱり長い付き合いってやつは…と笑った。

 「性犯罪被害にあった人へ」の本を手を取ると、しばらく見つめた後そっと棚に戻した。


 マンションのドアを開けるとドタッと音がしたかと思うと急いで玄関にかけてきたのは遥だった。

「あ、あの…。おかえりなさい。」

 最後は消えそうな声で発した言葉に、あぁ。昨日の出かけ際に何か言いたそうだったのは、これか。やっぱり面倒くせーガキだ。そう心で悪態をつくと仕方なさそうに口を開く。

「ただいま。」

 それでも心が温かくなるのは、もう晶も分かっていた。

 遥のうつむいていた頭が嬉しそうな顔に変わって晶を見上げた。

「あの…。アキは仕事に行ったのかと…。」

 そういえば長期休暇をもらったことは遥には話していない。説明するのも面倒だな…。

「弁護士ってのは、こんなもんだ。」

 んなわけないが、遥は納得したようだった。

「そういえば朝飯はどうした?俺は減ってるが…。」

 用事を任命されたロボットのようにピコンッと音が聞こえそうな動きをすると「急いで支度します」とキッチンへ消えた。

「ハハッ。なんだありゃ。」

 声を出して笑うと「アキのためでもある」という直樹の言葉が頭に浮かんだ。

 チッ。直樹のやつ…。そう思いながらも心は穏やかだった。

 

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