第3話 男性恐怖症の検証
食べ終わると晶が話し始めた。遥はまだ食べていた顔を晶に向ける。
「ここに住むなら、男がどの程度ダメなのか調べないとな。どうだ?」
晶の申し出に困惑した顔をした。
「とりあえず…写真で見るのはいいのか?」
テーブルの横のマガジンラックから経済新聞を広げて、男性が映ったページを見せる。
「大丈夫です。」
「ふ〜ん。おっさんだから大丈夫なのか?」
見せたページを見て質問する。新聞には何かを話しているようなスーツ姿のおじさんが載っていた。
「いえ…。おじいちゃんも微妙なくらいで、男の子も赤ちゃんくらい小さくないと…。」
ほとんど俺と同じだな。そんなことを思いながら、テレビを付けた。
テレビには男女が混ざって映っていた。バライティ番組のようだ。楽しそうに騒いだ映像が流れた。
「大丈夫ですが、好んで見たいとも思いません。」
「なるほどな。だいたい俺と同じだ。」
長い脚を組み、腕も組んで何かを考えている。
「同じって。アキ…の女嫌いがですか?」
「あぁ。そうだ。」
自分のことを詮索されるのは嫌いだった。少し不機嫌な声が出る。
「どうして…女嫌いなんでしょうか。」
「俺のことはいい。」
ますます不機嫌な声が出た。
「…すみません。」
見るからにしょんぼりしてしまった遥を面倒くさそうに見てから、まぁとりあえずは写真も映像も大丈夫なら過度に心配して男を排除しなくても大丈夫そうだ。写真さえもダメなら色々なものを出しては置けない。
「ハル。仕事は。」
言いにくそうな顔をして、うつむいて口を開く。
「…男の人がダメで、仕事が続けれなくて。」
まぁそんなことだろうとは思っていた。直樹が近づいた時の態度からして、無理だろう。しかし何故、俺は大丈夫なのか…。
「俺は明日、少し出かける。ハルは外に行かない方がいいだろう。家にいたらいい。」
はい。すみません。と小さく言って黙ってしまった。
女物の服は何着か陽菜に借りてきていた。その辺はどうにかなりそうだ。
「風呂は…男物のシャンプーしかないな。」
「あ、それも陽菜さんが心配して下さって、いただきました。」
小さなシャンプーボトルを大きな旅行カバンから出して見せる。借りてきた服なんかもここに入れてきていた。
さすが直樹の奥さんなだけはある。今までも気配りがよくできていると感心することは多々あった。女だが、認めている数少ない一人だった。
「じゃ風呂に入っちまえ。で、さっさと寝ろ。」
「大丈夫です。お風呂はさっきほど陽菜さんに入れていただきました。」
そうだった。こいつ会った時はボロ雑巾みたいだったんだ。
そんな数時間前の出来事がずいぶん前の気がする。
「じゃ。寝ろ。部屋はこっちだ。」
たまに泊まる直樹のためにベッドが用意してあった。その部屋に通すとシーツをさすがに替えてやった。
「すみません。何から何まで。」
「悪いと思うんだったら、その男性恐怖症ってやつをさっさと治して出て行くんだな。」
冷たくそれだけ言って部屋を出て行った。
深夜、なんとなく寝付けなくて天井を見つめていた。するとキッチンの方へ歩いていく足音が聞こえた。
ガチャ。
「なんだ。眠れないのか。」
晶のかけた言葉にビクッとして振り向いた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
晶は首を振った。
「いや。寝れなかっただけだ。俺たちは似た者同士らしい。」
女に似た者同士なんて言うなんて、俺はどうかしていたのかもしれない。つい思ったことが口を出てしまっていた。
「私は…あ、いえ僕は。アキみたいに強くありません。アキは女嫌いでもちゃんと仕事もしていて普通に生活をしています。でも僕は…。」
夜は人を不安にさせるのかもしれない。それとも初めての場所だからだろうか。遥がここに来て初めて怯えているように見えた。
「俺が立派に見えてるんなら間違ってる。ホットココアでもいれてやるよ。ソファーに座ってな。」
アキは慣れた手つきでホットココアを2ついれた。ココアなんてかわいい…そう思ったが、口に出せなかった。
遥にひざ掛けを渡してやると、また離れた位置に座る。秋が深まってきた10月。まだ暑い日はあっても夜は幾分涼しくなっていた。
そして夜長な秋は読書などには最適かもしれないが、こんな日の夜には闇が永遠に感じてしまう。
そんな夜が普段は自分のことを話さない晶に話をさせた。夜のせいなのか、遥と自分が似ていると思ったせいなのか…。
「俺は…俺には勉強しかなかった。」
遥は黙って聞いていた。ココアは温かい湯気を出して、遥の手を温めている。
「勉強だけは、すればしただけ返ってくる。でも人間は違う。特に女なんてのは…ダメだ。」
もっと女への批判を延々と述べたかったが、それは今度にすることにした。
「全寮制の学校に行って、男子校だしな。そうすれば女と関わらないで済む。で、勉強好きが高じて弁護士になったんだ。直樹はその時の連れだ。」
晶の話を聞いていた遥はため息をついた。
「弁護士…。やっぱりすごいです。私は…親が忙しい人で放ったらかしで。それで…その。このざまです。」
まだ何か深い闇がありそうな遥だったが、晶は自分が詮索されたくないタイプだから、遥もこれ以上は踏み込まれたくないことがなんとなく分かった。
「幸運なのか不運なのか、俺と直樹は弁護士だ。何かあれば力になれる。まぁ今は幸運と思っておくんだな。」
遥はひざ掛けに包まって小さくうなずいた。
「まぁ俺はそのせいで女嫌いに拍車がかかったがな…。離婚裁判なんかを担当したりすることもあるから。」
そんな時の女は最悪だ。それを目の当たりにしてれば女嫌いも仕方ないことだと、自分に言い訳していた。
1時を指す時計の針を見て、もう寝た方がいい。と、遥を部屋に向かわせた。
コップをシンクに運ぼうとつかむと小さな声で「ごちそうさまでした。」という声が聞こえた。「あぁ。」とだけ言って晶も自分の部屋に入った。
何故だか心が温かくなって、人の世話をするのも案外悪くないかもしれない。と眠りについた。
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