「さよならだけが人生だ」を使いたいだけの人生だ

鹿角フェフ

さよならだけが人生だ

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『さよならだけが人生だ』

于武陵の詩「勧酒」を井伏鱒二が訳した有名な文。


この杯を受けてくれ

どうぞなみなみ注がしておくれ

花に嵐のたとえもあるぞ

さよならだけが人生だ


創作家ならば一度は自作で用いることを夢見ると言われる程に有名。

実際かっこいい。


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 夜の闇。ブレーキ音、強い衝撃、血の臭い。

 そして震えるほどの寒さと痛み、親しい誰かの泣き声……。


 ――気がつけば、俺は真っ白な空間にいた。

 目の前には純白の衣を身に纏う、言葉では表現できぬほどの美しい女性。

 光り輝く彼女に、俺はその存在が神と呼ばれるものであることを魂で理解した。


「単刀直入に申し上げます。貴方は死にました。そしてこれから新しい人生を歩んで貰います」


 花のかんばせに陰りを差し、心に溶け込む声音で女神は語る。

 俺はあの時に死んでしまったのだ。

 だがそれは神々の運命に予定されている事ではなかった。

 ほんの小さなミス。

 書類の記入で一字を間違えるような、典型的でよくあるミス。

 それが結果として俺の死を呼び寄せてしまった。


 女神は混乱する俺に説明を続ける。

 修正は不可能。

 時を巻き戻すことも、生き返る事もできない。

 だから苦肉の策として……俺は次の人生を異世界で過ごす事になった。

 突然の知らせは、衝撃を受けるに十分なものだ。

 ……そう、


「つまり、現世からのさよならなのか」

「はい、本当に申し訳ございません!」

「そうか……」


 女神という偉大なる立場でありながら、たった一つの魂に寄り添い涙を流す。

 確かに彼女のミスで俺が死んだのは事実だ。だがそこまで自分を慮ってくれること自体が俺は嬉しかった。

 だから、彼女を安堵させるように俺は答える。


「さよならだけが人生だ」

「……は?」

「さよならだけが、人生なのだ。それだけなのだ」

「は、はぁ……」


 そう、つまりは簡単な事なのだ。

 確かに自分が死んだのは衝撃的だ。

 死後の世界や神が存在し、あまつさえ異世界があるのだからその驚きも生半可なものではない。

 だが安心して欲しい。

 さよならだけが人生なのだ。これが真理なのだ。

 故に――なにも問題ない人生なのだ。


「人生はさよならなのだ、つまり、人生なのだ」

「あの、大丈夫でしょうか? その……頭の話です」

「大丈夫なのだ」


 女神は言ったのだ。図々しいにも程があるのだ。

 だが俺は寛大なる心を持ってそれに答えた。

 なぜなら、それだけが人生だったからだ。


「と、ともかく! いまから異世界に行って貰います! えっと、本来なら能力を与えて、そうしてスタートポイントに転送させるんですけど……。なんだかちょっぴり不安なので私もついていきますね」


 女神はとんでもない事を言ったのだ。

 さよならだけが人生にもかかわらず、さよならしないと言い張るのだ。

 これには俺も目を見張る。

 さよならだけが人生だ。

 つまり、さよならしないという事は人生をしないという事だ。

 彼女は人生を諦めるということだ。

 それはすなわち死だ!


「死んじゃ駄目だ!!」

「ふぇっ!?」

「死ぬなんて、そんな……駄目だ!」

「え? え? え? だ、誰が死ぬんですか!?」

「お前なのだ」

「私は死にませんよ! 神は不滅です!」


「……意味が分からないのだ」

「それはこっちの台詞です!」


 女神は終始情緒不安定で、支離滅裂だった。

 流石にこれでは俺の認識能力でも対話はさよならな人生だった。

 だが俺は寛容なる心を持って彼女に言い聞かせよう。

 短気な自分とはさよならしたからだ。


「ともかく、さよならは必要な人生なのだ。それがさよならなのだ。死というさよならは駄目なさよならなのだ」

「は、はぁ……付いてこなくていいって事でしょうか??」

「うむ。それには及ばない人生なのだ」

「え? で、でも、私思うんです! このまま貴方を送り出したら最初の盗賊に襲われるヒロインを助けるイベントで早速つまづくって! なんかこう、いろんな人に迷惑をかけるって神様的予感がビンビンくるんです!!」


 女神様は必死だった。

 だがすまない……貴方とはここで別れなければいけない。


 なぜなら――


「さよならだけが人生だ」

「だからそれは分かりましたって!!」


 女神に怒られる人生だった。

 ちょっと漏らしかけたので彼女の言うことをちゃんと聞くことにする。

 一応言い訳しておくが、これは逃げではない。

 むしろ戦いだ。女神という名の挑戦者とやがてさよならするための気高き戦いなのだ。

 さよならをする為の、戦い人生なのだ。

 キリッと女神を見据える。

 めちゃくちゃ怒ってる人生なのが一目で分かる。

 今すぐさよならしたい人生だったが、それを許してくれるほど相手が優しくないのは分かりきった人生だった。


「もーっ! なんだか分かってきましたよ! 真面目に話を聞くのが馬鹿だったんですね! そうやって私をからかって内心ほくそ笑んでいるんでしょう!」

「まってくれ、話をしよう。会話のさよならはまだ早い人生だ」

「人生なんてクソくらえです!」

「お、お嬢さんがそんな汚らしい言葉を使うのは、か、感心しないのだ。汚らしい言葉とはさよならなのだ。それだけが人生なのだ」

「うるさい殺すぞ!!」

「ひぇっ!」


 女神は邪神だったのだ。

 暴虐で悪辣で、さよならしないしさせない恐ろしい存在だったのだ。

 だが俺は決めたのだ、前の人生とさよならした新しい人生では、強く生きようと。

 だから――戦うのだ!!!


「聞いてます!? ちゃんとしてくださいよ! 最初に出会って戦う盗賊にはしっかりと殺人に対する忌避感を出しながらそれでも必死な感じで殺るんですよ! 終わった後に吐いたり鬱ったりする展開も必要ですからね!」

「わ、分かったからあんまり大きな声を出さないでくれ、恐ろしい人生なのだ」

「知るか! さぁ、準備が出来ました! ちゃんと横で見てますから、もししくじったりしたら殺しますからね!! 殺して生き返らせて、また殺しますからね!」

「傍若無人なのだ!」

「だれがそうさせたのです!? この人生野郎が! 本当にこの世からさよならさせてやろうか! ほら、行きますよ!

「まって欲しいのだ! 心の準備が出来ていない人生なのだ!」

「問答無用です! うおりゃあああ!!」

「ぐわあああああ!」


 ………

 ……

 …


 意識が闇に包まれる。

 光とのさよならだ。

 俺は、異世界に行くのだ。現世との……さよならだ。


 これからの人生。こう、なんやかんやあるだろう。

 あんまり本を読まないので上手い言い回しが出来ないが、えっと、こう、なんか出会いとか別れとか。

 怒ったり泣いたり的な。

 仲間とかがあれこれ、なんか捕まったり、俺の為に死んだり――あっ、これさよならだ。 よし、いい感じだぞ。人生感ある。

 仲間は死ぬのだ、それだけが人生だから。


 そんな人生でも、頑張ろうと思う。

 それが人生だから。人生は人生なのだ。


 ん? あれはなんだろう? 光が見えてきた。あっ、転移が終わるんだな。

 つまり闇へのさよならだ。人生だ。


 さぁ、今までの俺にグッバイ。

 新しい俺、ナイストゥミートユゥ。



 ――さよならだけが人生だ。



 ――そう、さよならだけが……



 人生だ。

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