四十四話 されど彼等は血を浴びて

 ルベルタ王国王都郊外


 追手やら工廠こうしょうやら食料庫やらに片っ端から雷炎をぶつけては爆発させていたていたフウをながば強制的に連れ出したスイは、王宮からの脱出に成功し竜馬で王都を疾駆しっくしていた。


「ひぃやっほううっ! やっぱりお父さんの竜馬は最高ですなぁぁああ~!」

「ちょっ、フウあんまり暴れないで! てか叫ばないで!? ほら、ちゃんとフードもして!?」


 身体を前方へ乗り出し、更に叫び始めたフウの奇行に驚いたスイは大慌てでフウの口を塞ぎ、身体ごと引き寄せた。先程から何やら楽しそうだが、自分たちの置かれている状況が分かっているのだろうかと不安になる。

 王宮を襲撃し大規模な虐殺行為をやってのけた大罪人が、凱旋祭がいせんさい目当ての民衆が溢れる王都内を竜馬で逃亡している、と言うこの状況を。


 道路の混乱を避けるために竜馬には屋根の上を走らせていたのだが、フウの先程の雄叫びが決め手となり完全に観衆の目に止まってしまった。

 驚きに悲鳴をあげる人、祭の余興と勘違いしたのかこちらを指差して大はしゃぎする子供、呆然とする者など反応は様々だが、中には王宮の異変に気づいているのか疑問と不安が入り交じった表情をした者もいた。


「あぁぁぁ、もう……」


 いくら竜馬の足が速いとは言え、これでは自分たちはこちらに逃げていますと王宮の兵に教えているようなものだ。

 折角追っ手を振り払ったというのに、一体この妹は何を考えているのだろう。術の使いすぎで脳みそまで溶けてしまったのだろうかと、人々のどよめきや視線を眼下にスイは自分のフードを深く被り直し額に手を当てた。


「ちょいちょいちょい~お兄ちゃん? どーしたの? 若いうちからそんな疲れた顔してると、老けて見られちゃうよ~」

「……童顔だから丁度良いよ。フウ、僕たちの立場分かってる……?」


 腕の中ではしゃぐフウをなだめつつ、げっそりした顔で外套とフードを掛け直してやると、前へつんのめりながら振り向かれた。


「わぷっ、勿論分かってるって! ちょっとハイになっちゃっただけ! ほーらメイリア、さっき燃やしてきた飼育小屋の新鮮ウサギだよお食べ~」


 先程爆発させまくっていた建物の中に、竜馬の食事用に飼育されていたウサギ小屋があったのだろう。ちゃっかり捕まえてきた四匹のウサギを首からロープで提げていたフウは、そのうちの一匹を走っている竜馬の口元へ器用に放り投げた。


「あぁ、やっぱそれこの子用だったんだね……メイリア?」

「その通りなのだよ! そう、メイリアはこの子の名前。今私がつけたの。良い名前でしょ?」


 走り続けながらウサギを頭から丸呑みした竜馬を撫でるフウは、自信満々といった風に笑った。

 メイリア──二人の両親、メドウとレナリアから取った名前。

 言われるまでもなく気づいたスイも、フウに釣られて笑いを溢した。


「そうだね、素敵な名前だと思う。だけどこの子、男の子だよ?」

「それは知ってるけど……名前と性別は別に関係ないじゃん。そういうのあんまり好きじゃない、メイリアはメイリアだし……まあこの子が嫌なら変えるけどさ」


 マントの襟を握って俯いたフウ。目線を動かしたスイは竜馬に直接聞いてみることにした。


「きみはどう思う? メイリアって名前」


 主の問いかけに首を数度回して二人を見た竜馬は短く高い鳴き声を発す。その意を聴いたフウは表情を明るくし、スイは頷いた。


「ありがとよメイリア~これからもよろしくねぇぇぇ~! もふもふもふ~っ!!」


 メイリアの首に抱きついて羽毛に顔面を埋め、高速で頬ずりをするフウ。その手には何故かスイが持っていた筈の手綱が握られている。


「ははは……あれフウ、手綱いつの間に?」

「ささ、メイリア! 早速きみの腕の見せどころだよっ」


 スイの問いかけを完全スルーして口角を吊り上げたフウは高らかに宣言する。


「え?! ちょ、フウまさか……」


 正面に迫るのは王都入り口の正門。そこに向かい猛突進していくこの状況に、スイは血の気が引いていくのを感じた。


「そぉらぁあっ! レッツ、フラァァァァイイイイッ!!」

「うわああああああああああああああっっっ!?」


 ──竜馬は確かに翼を持つ生物ではあるが、進化の過程で走る事に特化したため飛ぶことは出来ない。

 だがそんな一般常識なんて、頭のネジがぶっ飛んだこの少女の前では意味を成さなかった。

 フウに応えるべく一際大きくほうこうしたメイリアは屋根瓦を一段と強く踏み締め、その破片を後方に空中へと跳躍。

 民衆、警備兵らの視線が一手に集まるがもはやそんなことを気にする余裕はない。少女の雄叫びと少年の悲鳴が大衆に降り注ぎ、どこぞの脱走劇さながらの光景を作り出す。


(こんなのも……まぁアリか)


 ふと頬が緩み、スイは笑う。

 まだ全てが終わった訳ではないし、むしろ二人のこれからは今から始まる。王国は勿論帝国からも逃れ、戦い続けなくてはならない。正直今後については不安だらけだった。

 でも、それでもだ。こんな風にちょっと外れてはいるが、かけがえのない存在と一緒にいれることがスイには何よりも大切なことだった。


 この先に続く道がどんなに過酷でも、血にまみれて汚れようと、どんなものを捨ててでも何になろうとも、必ず守ると決意を胸に秘めて。

 頬に当たる強めの風がやけに心地良く感じた。放物線状に身体を引く重力でさえも爽快に……


「ぁああああああああっ!! やっぱ無理無理無理無理む……っひでぶッ!?」

「ひゃあぁぁぁほぅっ! 良くぞやってくれたぁっ! 流石お父さんの……え? ひでぶ?」


 二人を乗せた竜馬は民衆をまたぐ大ジャンプを経て門中央の装飾部に着地すると、そのままの勢いで帝道へ駆け出す。下手をすれば頸椎けいついが折れかねない着地の衝撃に加え、対向馬車や人を避けながらの蛇行走行にスイは一層と顔を引きつらせた。

 馬車よりも断然揺れが酷いと思うが、これについては別なのだろうかと馬車嫌いのフウを見ながらしていた現実逃避から戻ると、後方を確認する。


「……」


 国王を失った王都は未だ今朝と変わらず賑わっていて、その人々の活気をまとい中央にそびえる王宮は殊更ことさら虚しい物のように思えた。


 死者が生き返ることのないように、過ぎた時間は戻らない。

 失ったものも、捨てたものも戻ってくることはない。そんな当然に少しのむなしさを覚えた。

 藍白の瞳を細め、前を見据える。

 スイの表情は険しく、それでいて穏やかに微笑んでいるようでもあった。


「父さん、母さん……ありがとう」




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