四十三話 それはほんの、始まり
ルベルタ王国王宮内、来客の間。
王宮が何者かに襲撃されたために避難が行われた来客の間。ここにはルベルタ王国の貴族や高官など、国の商業や政治を司る者ばかりが集まっていた。
だがそれは、つい先程までの話。
今ここにあるのは大量の死体、そしてそこに佇むは二つの人影。
「あら? ねぇヤシロ、もうお
そのうちの一つ、マントを羽織った人影が歩きながら声を発した。
「えぇ、そうみたい。一応は連合の西部国家だから、どれ程の者がいるのかと思っていたけれど……とんだ思い違いだったようね、ミヤケ」
ヤシロと呼ばれたもうひとつの人影――こちらもマントを羽織っていて顔を隠している――はそう答える。
「全くね。セレーナ様はどういうつもりかしら、『あの御方』がいらっしゃるのだから私達が来る必要なんてなかったでしょうに」
とミヤケと呼ばれた人影は呆れたように腰に手を当て、立ち止まる。
「よくも……よくも陛下、を……」
違和感を覚え足元へ目をやると、そこには口から血を流した男。先程ヤシロが肺を
「……ねぇ、その汚らわしい手で
ミヤケは冷たい声音で言うと、かくりと首を傾げる。その拍子にフードの隙間から一房の髪が零れ、それを目にした兵士は
「な……お前達、まさか……シロ――ぁごぉっ!?」
次の瞬間には、彼は鈍い音と共に息絶えていた。
その頭部はもはや原形を留めておらず、突き刺さった無数の刃物で叩き割られた
「あーあーやっちゃった。何やってるのよミヤケ、臭いじゃない」
破裂した
「仕方ないでしょう? これ、
「あら、それなら仕方ないわね。でも、頭を割る前に腕を切ってあげれば良かったのに。そうしたら、こんなのよりももっと鮮やかで素敵なものが見れたわよ」
ぱっ、と口元に当てた袖元から花が開くような仕草で両手を出したヤシロ。それにつられ、ミヤケもフードの下でふふ、と笑う。
「そうね、ヤシロ。そしたらこれも、大人しく手を離してくれていたかもしれないわ」
「そうよ、ミヤケ。何事にも誠意が大切ってセレーナ様も言ってたじゃない。さ、用事も済みましたし、そろそろ帰りましょうか」
「えぇ、帰りましょう」
床に散らばった彫刻像の破片と、倒れた椅子。ある者は胸を貫かれ卓上に、またある者は額を撃たれ床に。各々が急所に刃物を埋め込まれた数十の骸が転がる空間で、二人はまるで茶会でもしていたかのような口振りで言葉を交わし、広間の階段を上がっていく。
吹き抜けになっている広間に二つの足音が響く。
「ねぇ、ヤシロ」
唐突に立ち止まったミヤケの声に、踊り場の窓枠へ片足をかけたヤシロが振り返った。
「なぁに、ミヤケ」
「『あの御方』──彼は、気づいてくださるかしら」
少しの沈黙。
部屋の外から聞こえる数人の足音が、だんだんと近づいてくる。
ヤシロはミヤケの腕を掴むと自分が乗る窓枠へと引き上げる。
廊下側から、扉が強引に開かれる音。
「えぇ、気づいてくださるに決まっているわ」
少しだけ強気に言うと、ミヤケが悪戯っぽくくすりと笑った。
「……そうね、私達の主である御方だもの」
舞い込んだ風に二つのマントが踊る。
「侵入者はっ!?」
二つの人影は騒々しい音と共に駆け込んできた兵達を見下ろし、
「「では、ごきげんよう」」
優雅に呟いて窓の外へと姿を消した。
「なっ――」
「っ!! 酷い……」
内側から鍵がかけられていた扉を
「遅かったか!」
立ち竦むフィアをよそに広間を見回したルシアは引き連れてきた兵達に指示を飛ばし、死体の状況を確認する。
見る限りでは生存者は
「…………」
眉間に皺を寄せたルシアは死体の額に突き刺さったナイフをおもむろに引き抜くと顔を上げた。
その視線の先には階段上の開け放たれた窓。
「ルシア様! 確認しましたが全員……どうか、されましたか?」
報告に駆けてきた王国の兵がルシアの手元を見、額に穴の空いた骸に一瞬顔を強張らせる。
「お前は見たか?」
「……? あっ、……何をでしょうか?」
唐突な質問に疑問符を浮かべる兵士。だが、ルシアは構わず窓の方を向いたまま続けた。
「いや、見ていないのならいい。やはり全滅か?」
「は、はい。名簿の三十三名と護衛七十人を確認しました。全員、即死と思われます」
予想通りの報告にしかし、ルシアは表情を険しくする。
「そうか、……遺体を中庭へ運べ。ナイフは全て回収し帰りの荷へ……いや、遅いな。緊急伝令と共に全てを帝国へ送れ」
「き、緊急伝令ですか!? しかしそれは国王陛下の許可がなくては……」
ルシアに反論しかけた王国兵だったが続きを言いかけた所で、目の前からこれでもかとばかりに発される苛立ち混じりの殺気に固まった。
「死んだ者にどう許可を取る、お前は死者と会話でも出来るのか? 何度も言わせるな。今日中に私の兵へ、私の名で参謀本部宛てだと至急
青綠の眼光と術力が相まり
「は、……はいぃぃぃっ!! 誠に申し訳ありませんでしたぁッ!!」
尻尾を丸め──勿論彼に尻尾があったならばの話だが──もの凄い早さで持ち場へと戻っていく王国兵を見たルシアは、その危機感の無さに頭が痛くなる心地だった。
そうして思考を切り替えるように手元のナイフへ目を落とし再び顔を上げると、例の窓を捉える。今となっては変鉄も見られぬただの窓だが、ルシアの脳裏に焼き付いているのは広間に駆け込んだ際のそこの光景。
吹き抜けた風で
その姿を認識した次の瞬間には人影は消えていたものの、風に
フードの下で
その髪は確かに、月光のような淡い銀色に輝いていた。
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