四十二話 例い偽善とされようが

 王宮域内、正面区。

 ドーム状の光に包まれた正面区の中心、そこには地面に腰を下ろす綠眼の男と彼の前に佇む金髪の少女の姿があった。

 二人の間には張りつめた空気がただよっており、金色の背景の美しさとの差が相まり異様な雰囲気を作り出していた。


「私は何と言われようが構いません。しかし、これ以上の命が犠牲になるのは『使徒』として見逃すことは出来ません」


 金髪の少女、フィアが毅然きぜんとした態度で言い放つ。


「我々に盾突く気力がまさかお前にあったとは驚いた。ただの臆病者かと思っていたが、今回ばかりはそうでもなかったようだ」


 男、ルシアはそう言うとしばしの間周囲に漂う光をまるで値踏みでもするかのような目で眺めていたが、ふと立ち上がると皮肉めいた笑みでフィアを見下ろした。


「それで、だ。本当の目的はこれだったって訳か」


 ぱちん、とルシアが指を鳴らす。

 すると金色の空間に無数のヒビが入り、次の瞬間には青綠の閃光と共に破裂。眩い残像を残し光は跡形もなく消え去った。


「『銀の民アレ』をわざと逃がしたな?」

「…………」

「私の仕事を知っているだろう。情でも移ったのか?」


 表情を変えず無言を貫くフィアに、ルシアが続けて口を開こうとした時、


「ルシア様ぁっ!!」

「ぴゃぁぁっ!?」


 二人の元に、と言うか間に、もっと言えばフィアの顔面すれすれに。一人の兵士が突っ込んで来た。驚いたフィアが悲鳴と共にぴょこん、と数歩後ろに飛び跳ねる。


「何だ、王宮の兵か。指示は先程と変わらん、私はこちらが済んだら行くと言った筈だ――」

「襲撃です! 来客の間へ避難されていた貴族客人と文官の方々が、何者かに襲撃されました!」


 兵の言葉に、二人の顔色が変わる。


「なっ!? 先の『銀の民シロガネ』か!?」

「別人物と思われます! 数は二人、恐らくですがその、……どちらも女です」

「女だと!? 捕縛は?」

「それが……兵を外部へ回していた為まだ……」


 青ざめた顔をして話す兵士にルシアは声を荒げ兵団の方を向いた。


「それを早く言え! 分かった、私が行こう。ここの指揮は各部隊長が執れ! 負傷者確認後、動ける者は宮域内の守備へ回せ、第一隊は体制を組み直し私について来い!」


 周囲に素早く指示を送ると、ため息と共に苛立ちのこもった視線をフィアへ向ける。


「使徒、お前は『庭』へ戻れ。これ以上余計なことをされては迷惑……おい!」


 ところがフィアはルシアを完全に無視。急迫した面持ちで兵の前へ駆け寄った。


「し、使徒様!? 何故ここに……早く安全な場へお戻りくださ……」

「被害は、被害状況はどうなっているのですかっ!?」

「はぁ!?」


 思わず頓狂とんきょうな声を上げる兵、だがフィアは構わず詰め寄る。


「私のことはいいですから! 被害状況を教えてください。怪我をした方がいるのなら、私にも行く義務があります!」

「貴様……いい加減にしろ! 自分の立場が分かっているのか? 『飾り』の分際で――」


 懇願するフィアとの間に不快感をあらわにしたルシアが割り込み、伝令の兵はかのグランベル大帝国の使者二人に板挟みにされる。そしてそのまま口論を始めた二人に、彼の精神状態は今にも発狂しそうなものへと追い込まれていく。


「……わっ、わわ分かりました! 分かりましたからっ!! ルシア様っ、使徒様も落ち着かれてくださいっ! お二人共ご案内しますのでひ、ひとまず今は……今はっ…………」


 双方から放たれる術圧により、全身を冷や汗でぐっしょりと濡らした兵は二人に乞うように両手を合わせ頭を下げる。その様子を周りで見ていた兵達が皆、彼に憐れみを抱いたことは言うまでもないだろう。


「は、はいっ……すみません……」

「…………仕方がない、か」


 まずまずは落ち着いた二人に、兵は再び深々と頭を下げなから先を促す。


「もっもももも、申し訳ありません……! 恐れながら、おお、お急ぎ頂きたく――」

「あぁ、分かっている。……手間をかけさせたな、行くぞ」


 そう言ったルシアは前に出るべくフィアとすれ違う。そして、


「使徒、本国でのこの責任は、貴様にとって貰うからな」


 冷徹な声で吐き捨てた。

 一瞬俯いた彼女は小さく、しかし強い口調で答える。


「構いません。元より囚われの身、今更どのようなことをされようが私に自由などない事には変わりありませんから」


 二人の会話が他の者の耳に届くことはなかった。

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