四十一話 遺されし者の悼みなんて
鈴の音が響き渡る。
世界が金色に染まり、光のベールが空間を包み込んでいく。
「っ!?」
その思っても見なかったタイミングにフウは一瞬戸惑うが、ルシアとの間に現れた光の波により緩やかに後退させられる。
(まさか、本当に終わる前に来るとは……)
個人的には全くもって有り難くないタイミングだが、状況的には
フウは表情には出さないまま、内心で驚くと共に感心していた。
「お兄ちゃん! これは――」
「フウ、あの子って……!」
そしてスイの元へ着地すると、その
「っ……」
既に光景を予想していたフウはしかし、先に広がる景色の余りの美しさに言葉を失った。
――そこにいたのは、一人の少女。
純白の衣装に身を包んだフィアの姿だった。
神秘的な輝きを放つ
「そこまでです。どうか、両者共に戦意を解いて下さい!」
「使徒……!? 貴様邪魔をする気か、グランベルの
フィアの言葉にルシアが即座に声を荒げ、
「大陸内の国際事項においての発言権は
しゃん――と金髪の左右に付けられた鈴が鳴り、呼応するように辺りを覆う術力が一層強められる。
「それでも行くと
仮にも使徒は聖国の要人。いくら実質的には人質に近い立場であろうと、帝国の人間が明らかな殺意をもって聖国からの預り物に傷を付ける意味をフィアは問うていた。
「何を言うかと思えば……こういう時に限って使徒
ゆっくりと起き上がったルシア――腹部の穴は既にほぼ塞がっている――はその口調とは裏腹に地面へ座り直すと両手を上げ、肩を
「お兄ちゃん、どうする……?」
光の壁越しにその様子を見ていたフウは、困惑した面持ちでスイに尋ねる。本来ならば有無も言わさずスイの手を引いて離脱したい所だったが、ここは
「……」
スイは黙ったまま拳を握り締め、ルシアを睨みつけていた。そして悔しさを顔に滲ませながら口を開くと、
「ごめん、フウ。……撤退だ」
「……分かった」
複雑な表情で首を縦に振ったフウを横目に、スイは自責の念に襲われた。
本来ならば一人でケリをつけなくてはならなかったのに、自分が弱いせいでこんなことになってしまった。フウに心配をかけ計画を崩した挙げ句、負わなくても済んだはずの怪我までさせてしまったのだと。
スイの中で後悔の念が肥大していく。しかしそれは今すべきことではない。現在最優先しなくてはならないものは何か、守りたいものがあるのならそれを見誤ってはいけない。
スイは無駄な思考を追いやり、頭を切り替えた。
「よし、じゃあ行くよっ!」
「おうよっ!」
言葉を交わした二人は同時に跳躍した。
一帯を包囲していた兵団までをも覆うように展開された巨大な光の膜を突き抜けると、視界が急に開ける。スイは走りながら周囲を確認し、東側の訓練区の塀へと跳び乗りそのまま訓練区内に侵入。フウもそれに続き、二つの人影は建物の屋根の間を縫うように進んでいく。
やがて王宮の片側を囲むように作られている東部訓練区の丁度中間、中央棟を越えた辺りから二人に気づく者が現れ始めた。
「おいお前ら! 何者だっ! 今直ぐ降りてこい!!」
「例の侵入者だ! 追え!! 捕らえるんだっ!」
「……ん?」
追跡してくる兵やたまに飛んでくる矢などを無視して走り続けていた二人だが、ふと胸騒ぎがしてスイが後ろを向いてみると、
俺の我慢もここまでだぁぁ! と今にも叫びだしそうな
そして後ろに気を取られたまま走っていたフウをすぽっ、と両手でキャッチした。
「にゃばあぁぁああっ!?」
「フウ~? 予定のポイントに着くまでは手を出さないって約束したよね? まだ一応作戦中なんだから、ちゃんと予定通りにしてくれないと困るんだよなぁ」
と言いながらスイはフウの胴に腕を回し、片手で軽く抱え直すと再び加速して走り始めた。
「なぬっ!? 人を荷物扱いだとぉ!? 放せいっ! 良いではないかああ、ただでさえ邪魔されてイラついてんのに、何でどこぞの馬の骨とも分からん奴らに
スイの小脇に挟まれた手荷物フウは、いつも通りよく分からない台詞を
「馬の骨って……」
相変わらずの変人ぶりを発揮する妹に半ば呆れ顔をするまぁまぁマシな兄の
すると何故か急に大人しくなったフウ――脱出を諦めたのか手足をぶらんと落としている――が口を尖らせた。
「と、言うかですね。そもそもの原因はお兄ちゃんなのですよ? お兄ちゃんが勝手に作戦無視してさ、暴走してくれちゃったお陰でさ、私はあんな身に覚えのない
「…………ご、ごめん」
うん。分からない。全く以て分からないし、ツッコミ所
口以外は大人しく運ばれてくれているだけマシな方だろうと無理やり己を納得させ、しばらくフウの愚痴を聞かされていたスイだったが、徐々に数を増やし隊列を整え始めた追っ手を確認し改めてフウに声を掛けた。
「……そろそろかな。フウ、お待たせ。ここからは予定通りに行くよ」
「ん、あいよっ!」
一通り毒を吐いて機嫌が良くなったらしいフウが笑顔で応じる。
目的は離脱のための足、つまりは竜馬の調達。二人が向かっていたのは、王宮東部に位置する
スイは屋根瓦を強く踏み締めると片足に重心を傾け回転。その遠心力を使い、フウを後方へと投げ上げた。
宙に放たれた銀髪の少女は、ゲスじみた笑顔で両腕から蒼い炎を巻き上がらせる。
「ひぃ~やっほぅっ! んじゃ、さっきの声援に応えてお待ちかねのファンサービスゥっ!」
その
「……はぁ」
――
背後で起こる爆発と悲鳴の大合唱に、スイは心中で
攻撃するのは食料庫や
「もしかして、」
ルシアと金髪の少女の会話を思い出した。
彼は彼女のことを『使徒』と呼んでいた、と言うことは――
「……
『使徒』のみが
その特徴は光と共に与えられる無条件平等の「平穏」と「癒し」であり、術の展開範囲内には敵味方を問わない治癒能力が発動される。
つまり二人の傷が癒えているのも、術力が回復しているのも、あの少女の『使徒』としての力によるものだったということだ。
思わぬ助け船であったのは間違いなかったが、その根にある可能性を考えたスイは表情を僅かに
薄暗い舎内は、隣接する馬の厩舎の騒がしさに対して驚く程静まり返っており、身動き一つ取ろうしない竜馬達は食い入るようにじっとスイを見つめていた。
竜馬達の意識と視線が全て己に向けられるという物々しい雰囲気の中、スイは特に焦るでもなく落ち着いた足取りで通路を進んでいた。
竜馬は自らの意志で
……のだが、奇妙なことに既に主がいる筈の竜馬達は侵入者に対して威嚇をする素振りさえも見せていなかった。
そんな中、スイは一頭の竜馬の元に歩み寄る。
他の個体とは違う小型亜種特有の灰銀の翼と毛並み、くすんだ
「久しぶりだね、迎えが遅くなってすまなかった」
そう言ったスイの手が
「きみも父さんが好きだったよね」
鼻面を包み込むように優しく撫でると、ほんの少しだけその体毛に顔を
「……ふぅ、」
一呼吸を置き、肩に掛けていた手綱を床に落としたスイはその場から半歩後ろに下がると、敬意を込めた視線で灰銀の彼を見つめた。
「――もう分かってはいるだろうけど、きみの主は死んだ。どうか僕たちにきみの力を貸してはくれないだろうか」
頼みというよりそれはもはや命令のような声音。
スイの瞳を見つめながら言葉を聴いた
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