三十二話 求めし答の、影を追う

 王宮内に侵入したフウは警備兵に警戒しながら宮壁や屋根の上を走り抜けていた。

 昨晚敢えて裏門から侵入したことで兵数はいささか攪乱かくらん出来たものの、一国の拠点なだけありやはり人手は多い。王国軍は勿論の事、今回の式典に客人として参加する貴族らの私兵も小規模ではあるがいるようだった。

 ……となれば急がなくてはならない。スイが簡単にやられるとは思えないが、あれ以上敵の数が増えるのはフウとしても避けたいところなのだから。


「えっと、確か演説のバルコニーは……」


 昨晚会議室ではいしゃくした王宮内部図を思い出しながら、複雑に入り組んだ荘厳な外壁を駆け抜ける。しばらく行くと、一際豪華な装飾が施されたバルコニーの前に辿り着いた。

 フウは彫像の陰に身を隠し、辺りに兵がいないことを確認する。


「……ふぅ」


 息を整え、一呼吸。


(……いよいよだ)


 覚悟はうの昔に出来ている。

 両親を見殺しにして、スイと二人きりになった時に。


「これが、私たちの選んだこたえ


 誰に聞かせるでもなく呟くと、フウは両手に蒼焰そうえんまとい大理石の塀を蹴った。バルコニーから直結する広間に身を投げ、空中から眼下へ目をやる。


 ――いた。


 予想通り、玉座の間には国王と思われる人物がいた。

 想像以上に護衛の数が少ないことに疑問を覚えるが今はそれ所ではない、相手の数がどうであれ全力で叩き潰すだけだ。

 フウは両手の炎に術力を存分にめると、地へ向けて一気に放火。

 赤と金の彫刻に彩られた広間が一瞬で碧に染まり、肌を焼くような熱風が吹き荒れる。割れた陶物や金属片による盛大な破裂音が響き渡る中、再び空中に押し上げられたフウは瞬時に思考を巡らせる。

 先程見た中ではこの広間、玉座の間にいたのは国王とその側近と思われる男に、ファルドの三人だけだった。


「…………」


 まさか、これで終わるなんてフウも思ってはいない。

 仮にも一国の王、殊更ことさら侵入者が来ると分かった上であんな陣を敷いたのだから、何かがある筈だ。例えばそう――

 上昇が止まり、一瞬の浮遊感。くるりと身体を回転させたフウは、落下の勢いに乗り壁面へ向け大量の炎刃を打ち放った。


「こんな風に」


 大理石が砕ける轟音ごうおんと共に粉々になった隠し扉から転がり出てくる兵の悲鳴を聞き、フウは口角を吊り上げる。周囲のバルコニーに身を潜めていた者達も次々と血の尾を引きながら落下していく。

 その時、目の前を複数の影がよぎった。


「……ん?」


 見渡すといつの間にか囲まれていた。数は二十程。帝国連合旗の紋章が刻まれたマントを羽織る彼らは目にも止まらぬ速さで全身から各々の術をほとばしらせ、一斉にフウへ襲いかかった。


「へぇ~、私と刺し違えるつもり? 大した忠誠心だねぇ」


 帝国から派遣された術者だろうか。明らかに許容範囲を超えた凄まじい雷擊をまとう彼らの肉体は術圧に耐えられず、耳をつんざく様な破裂音を奏でみるみる内にヒ卜としての形を失っていく。

 僅かな憐れみと苛立ちを顔に浮かべたフウは目を瞑ると両手を広げ、そのまま一斉攻撃の渦に呑み込まれた。

 そして、


「ばーか」


 稲妻が弾けた。

 消えかけの炎の中を突き抜けるように落下する電流に続いて、四肢を千切られた死体が降り注ぐ。その数は元の人数にして優に五十は越えるだろう。

 蒼とあかが舞い散る空間の中心に、その少女は立っていた。


「無防備と見せかけて、随所ずいしょに伏兵を忍ばせとく不意討ちかな。これで全員、随分と舐められたものだね。子供相手だからってヨユーぶっこいてると死に急ぐことになるよ?」


 薄霧の向こうへ声をかけるが返事はない。びちゃびちゃと骸が大理石に叩きつけられる音だけが響く中、視界が晴れた先にあったのは先程と何一つ変わらぬ光景。

 やはり三人は無傷のようだ。

 玉座に腰掛けた国王は翡翠ひすい色の瞳でこちらを見下ろしていた。フウが眼を細め笑みを浮かべるとファルドと側近が一歩、前へ出て身構える。


「いいよ? そっちがその気なら、お望み通り焼き殺してあげる」


 炎を巻き上げフウが片腕を上げた時、


「――待て」


 国王が制止の声を掛けた。


「…………」


 フウは冷めた目で玉座に座る国王を見上げる。


何故王宮ここへ来た。目的は何だ、メドウの娘よ」

「何って、復讐だよ? お父さん(メドウ)とお母さん(レナリア)の」


 一見淀みない様子で答えるフウに、国王は鼻で笑いながら足を組み変えた。


「まさか、それだけとは言うまい」


 重い沈黙。

 やがてフウの肩が小刻みに震え始め、狂ったような笑声が広間に反響する。


「ふふっ♪ あははははっ! そーだよ、それだけじゃない」


 手の甲を口許くちもとに当て、すっかり赤く染め上げられてしまった外套がいとうを笑いながら脱ぎ捨てると、露になった銀髪がなびき桜色の輝きを放つ。


「『十五年前』、お前らは『銀の民わたしたち』に何をした?」


 恐ろしい程に透き通った蒼穹そうきゅう双眸そうぼうが、冷たい殺気をはらみ標的を射抜く。


「…………」


 国王の表情は変わらない。

 空間に満ちる耐え難い緊張感に、ファルドとサイラスの顔が僅かに引きつる。しかし、そんな二人に対してフウは頬を緩め表情を一転、可愛らしい笑顔を咲かせた。


「ま、流石に簡単に話してくれる筈ないのは分かってたよ。だって、お前達に与えられてる情報自体が少ないんだもんね?」


 その言葉に一瞬狼狽ろうばいしたファルドを見逃さなかったフウはわざとらしく首を傾げる。


「どうしても、話すつもりはない?」


 動揺を誘うように、ファルドを有無を言わさぬ気迫のこもった藍玉らんぎょくの瞳で見つめる。


「ファルド、吞まれるでない」

「ッ!」


 国王の声で我に帰った彼は気を引き締め直すように拳を握り締める。常人であれば発狂する程の凄まじい圧力が目の前の少女からは放たれていた。


「……ちっ」


 フウは舌打ちし、国王を睨む。

 この殺気に動じないとは、伊達に国王の座に就いた訳ではないようだ。

 実力はさておき、この手の相手を揺さぶるには時間がかかる。どうしたものかと思考を巡らせていると国王が口を開いた。


「そう殺気立つでない。その『十五年前』の事とやらが知りたいと言ったな? そしてそれに我が国が関与しているとも。何故、そう思う」

「……言う必要があるとでも?」


 フウは鋭い視線を国王へ向ける。だが本翡翠のような瞳は一切の揺るぎも見せず、むしろ余裕とも取れる落ち着きをまとっていた。


「成程、勘か。いいだろう。だが、それは筋違いというものではないか?」

「…………どう言う意味だ」


 フウの表情が僅かに陰る。対して国王は楽しげに喉を震わせた。


「まだ分からんか? 意外だな。いや、……分からぬ振りをしているだけか」

「くっ……」


 ――聞く相手を間違えた。


 国王が最も引き出せる情報の量が多いと思っていたのだが、この調子では話す気など更々ないようだ。顔をしかめたフウは、低く声を発した。


「じゃあ……ルベルタ王国は何も知らないと?」

「そういうことだ。諦めろ。さて、ここで余から提案がある」


 満足げに頷いた国王は唐突に、玉座から立ち上がり両手を広げる。


「投降したまえ、メドウの娘よ」

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