三十二話 求めし答の、影を追う
王宮内に侵入したフウは警備兵に警戒しながら宮壁や屋根の上を走り抜けていた。
……となれば急がなくてはならない。スイが簡単にやられるとは思えないが、あれ以上敵の数が増えるのはフウとしても避けたいところなのだから。
「えっと、確か演説のバルコニーは……」
昨晚会議室で
フウは彫像の陰に身を隠し、辺りに兵がいないことを確認する。
「……ふぅ」
息を整え、一呼吸。
(……いよいよだ)
覚悟は
両親を見殺しにして、スイと二人きりになった時に。
「これが、私たちの選んだ
誰に聞かせるでもなく呟くと、フウは両手に
――いた。
予想通り、玉座の間には国王と思われる人物がいた。
想像以上に護衛の数が少ないことに疑問を覚えるが今はそれ所ではない、相手の数がどうであれ全力で叩き潰すだけだ。
フウは両手の炎に術力を存分に
赤と金の彫刻に彩られた広間が一瞬で碧に染まり、肌を焼くような熱風が吹き荒れる。割れた陶物や金属片による盛大な破裂音が響き渡る中、再び空中に押し上げられたフウは瞬時に思考を巡らせる。
先程見た中ではこの広間、玉座の間にいたのは国王とその側近と思われる男に、ファルドの三人だけだった。
「…………」
まさか、これで終わるなんてフウも思ってはいない。
仮にも一国の王、
上昇が止まり、一瞬の浮遊感。くるりと身体を回転させたフウは、落下の勢いに乗り壁面へ向け大量の炎刃を打ち放った。
「こんな風に」
大理石が砕ける
その時、目の前を複数の影が
「……ん?」
見渡すといつの間にか囲まれていた。数は二十程。帝国連合旗の紋章が刻まれたマントを羽織る彼らは目にも止まらぬ速さで全身から各々の術を
「へぇ~、私と刺し違えるつもり? 大した忠誠心だねぇ」
帝国から派遣された術者だろうか。明らかに許容範囲を超えた凄まじい雷擊を
僅かな憐れみと苛立ちを顔に浮かべたフウは目を瞑ると両手を広げ、そのまま一斉攻撃の渦に呑み込まれた。
そして、
「ばーか」
稲妻が弾けた。
消えかけの炎の中を突き抜けるように落下する電流に続いて、四肢を千切られた死体が降り注ぐ。その数は元の人数にして優に五十は越えるだろう。
蒼と
「無防備と見せかけて、
薄霧の向こうへ声をかけるが返事はない。びちゃびちゃと骸が大理石に叩きつけられる音だけが響く中、視界が晴れた先にあったのは先程と何一つ変わらぬ光景。
やはり三人は無傷のようだ。
玉座に腰掛けた国王は
「いいよ? そっちがその気なら、お望み通り焼き殺してあげる」
炎を巻き上げフウが片腕を上げた時、
「――待て」
国王が制止の声を掛けた。
「…………」
フウは冷めた目で玉座に座る国王を見上げる。
「
「何って、復讐だよ? お父さん(メドウ)とお母さん(レナリア)の」
一見淀みない様子で答えるフウに、国王は鼻で笑いながら足を組み変えた。
「まさか、それだけとは言うまい」
重い沈黙。
やがてフウの肩が小刻みに震え始め、狂ったような笑声が広間に反響する。
「ふふっ♪ あははははっ! そーだよ、それだけじゃない」
手の甲を
「『十五年前』、お前らは『
恐ろしい程に透き通った
「…………」
国王の表情は変わらない。
空間に満ちる耐え難い緊張感に、ファルドとサイラスの顔が僅かに引きつる。しかし、そんな二人に対してフウは頬を緩め表情を一転、可愛らしい笑顔を咲かせた。
「ま、流石に簡単に話してくれる筈ないのは分かってたよ。だって、お前達に与えられてる情報自体が少ないんだもんね?」
その言葉に
「どうしても、話すつもりはない?」
動揺を誘うように、ファルドを有無を言わさぬ気迫の
「ファルド、吞まれるでない」
「ッ!」
国王の声で我に帰った彼は気を引き締め直すように拳を握り締める。常人であれば発狂する程の凄まじい圧力が目の前の少女からは放たれていた。
「……ちっ」
フウは舌打ちし、国王を睨む。
この殺気に動じないとは、伊達に国王の座に就いた訳ではないようだ。
実力はさておき、この手の相手を揺さぶるには時間がかかる。どうしたものかと思考を巡らせていると国王が口を開いた。
「そう殺気立つでない。その『十五年前』の事とやらが知りたいと言ったな? そしてそれに我が国が関与しているとも。何故、そう思う」
「……言う必要があるとでも?」
フウは鋭い視線を国王へ向ける。だが本翡翠のような瞳は一切の揺るぎも見せず、むしろ余裕とも取れる落ち着きを
「成程、勘か。いいだろう。だが、それは筋違いというものではないか?」
「…………どう言う意味だ」
フウの表情が僅かに陰る。対して国王は楽しげに喉を震わせた。
「まだ分からんか? 意外だな。いや、……分からぬ振りをしているだけか」
「くっ……」
――聞く相手を間違えた。
国王が最も引き出せる情報の量が多いと思っていたのだが、この調子では話す気など更々ないようだ。顔を
「じゃあ……ルベルタ王国は何も知らないと?」
「そういうことだ。諦めろ。さて、ここで余から提案がある」
満足げに頷いた国王は唐突に、玉座から立ち上がり両手を広げる。
「投降したまえ、メドウの娘よ」
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