三十一話 一手、其は暁光と共に

 凱旋祭、当日。


 夜明け前、凱旋の始まりを今か今かと心待ちにするかのように静まり返った王都の中心部、王宮の正面に佇む人影があった。

 厳重に警備された吊り橋の正面から堂々と歩いて現れたそれの数は二つ。侵入が禁止されている橋の前で立ち止まった人物を、衛兵らは牽制けんせいの意も込め睥睨へいげいする。


「…………」


 しかし、反応はない。不審者は進むでもなく退くでもなく、ただじっと吊り橋の前で突っ立っているだけ。

 しばらくその状態が続き、しびれを切らしたのか一人の衛兵が二人の元へ歩み寄る。身の丈からして子供のようだか、興味本意からの悪戯いたずらだとしたら注意をしなくてはならないと思ったためだ。


「おい、君達――」


 そして一人の肩に手を置いた時、


「すたーと♪」


 ばぎゃ


「……え?」


 それは一瞬の出来事だった。

 鈍い音を立て彼の身体が爆ぜた。

 腕、足、胴、首、身体中のあらゆる関節が有り得ない方向へと曲がり、さながら間欠泉かんけつせんの如く鮮血が噴き出す。事切れた衛兵は間接の所々から電流をほとばしらせ、痙攣けいれんしながら崩れ落ちていく。


 そこでようやく――衛兵らは剣を抜いた。

 だが遅かった。

 二つの影は既に先程の場にはいない、百人はいるであろう兵の間を駆け抜けた彼らは、身の丈六倍は下らない巨壁を軽々飛び越えると門の向こう側へ姿を消した。


「は……?」


 その余りに短い間の出来事に、衛兵達はただ茫然ぼうぜんと門を見上げることしか出来なかった。

 彼らの視線の反対、広い橋桁の中央にはヒト一人分の鎧と、肉塊の山が残されたまま。



***



「ぅにぉおおおおおおおおお……っふべぇッ!?」

「ふぎゃぶッ!!」


 王宮域内部、門の内側に派手な音を立てて着地……もとい不時着、もとい墜落したフウとスイを待ち構えていたのは二千はいようかという兵の大群だった。

 どうやら朝礼中だったようで、隊長と思われる男性に向けられていた全員の視線と集中力がそのまま二人へ注がれる。


「あは、はははは……どもー。……お兄ちゃんどうしよう、思ってた以上にたんまりいるし、この登場じゃ全然かっこつかないよ!? 最近話題の羞恥心しゅうちしんとやらでやり直したくなってきたよ!?」


 訓練区に両脇を挟まれた王宮への一本道に規則正しく整列した兵隊はまさに圧卷。フウは青ざめつつも、更に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ふはははは! 人がゴミのようだ! なんて開き直って叫んでみようかと思ったが、これ以上雰囲気を壊したくないので自重した。


「一個連隊分か……」


 一人漫才をするフウを余所よそに落ち着いた声音でスイが呟く。


「え、お兄ちゃんまさかの無視……? あーっと、合図までは持ちそう?」

「余裕だよ。先に終わらせて、フウを迎えに行ってあげようか?」


 あちこちから弓が引き絞られる音を聞きながらスイを見上げると、からかうようでいて頼もしい笑みを返され、自然とフウの頬が緩んだ。


「放て!」


 号令が掛かった。大量の矢が空へと放たれ、放物線を描き二人に襲いかかる。

 無論二人に慌てる様子はない。場違いな笑みを浮かべるフウは見物人のように腕を組んで空を見上げるのみで、スイに至っては目をつむって欠伸あくびをしている。

 放たれた凶器の雨が降り注ぐ刹那、――矢が消えた。

 蒼の残滓ざんしを残し、全てが燃し消されたのだと気づいた者はどれ程いただろうか。一瞬で消えた矢に気を取られていたせいで、彼らは気づかなかった。


「なっ!?」


 ――侵入者の少年が目の前まで迫っていたことに。


「まずは手始めに、」


 スイは右手を振り降ろす。

 軽いなめらかな動作でその指先が兵の鎧に触れた時、


「がッ――!?」


 青白い稲妻がほとばしった。

 整列する兵団を貫くように、上空から見たそれはまさに地を駆けるいかずち。火花を散らす高電圧の電流は瞬く間に百幾人もの兵の雁首がんくびを跳ね飛ばし、前線に血の雨を降らせた。


「うっほ~これは絶景だ! 綺麗に斬るねぇ~」


 血飛沫ちしぶきと共に頭上から降ってきた声にスイが顔を上げると、いつの間に制圧したのやらフウが門の高台にある見晴台に腰掛け、死体の頭を片手で転がしながら呑気に足をぶらつかせていた。


「……いや、何やってるの……。フウはやることがあるでしょ」


 一拍遅れてツっこんだスイ。妙に違和感のないその光景に危うくスルーしてしまうところだった。先程はつい余裕などと言ってしまったが、連隊規模の敵を一人で相手にするのは正直ぎりぎりなところ。無論殺られるつもりなど毛頭ないが、状況的に遊んでる場合でもない。


「えへへ、ごめんごめん♪ じゃあここはよろしくね」


 ぺろりと悪戯いたずらっぽく舌を出したフウはぐに立ち上がり空中へ身体を舞わせる。

 全身血塗れでなければ、空に揺蕩たゆたう銀髪から妖精を連想させる光景が見れただろうに、なんて場違いな事がスイの頭をよぎった。


「よっ、と」


 そんなことを思われているとは露知らず、フウは訓練区の柵に着地。スイから受け取った外套を再び羽織るとスキップでもするような足取りでずんずん前進していた。


「えぇ……」


 侵入者を追わんとする兵らを片っ端から火達磨ひだるまにして進むフウは、何故か笑いながらスイに手を振っていた。笑ってるヒマがあるなら頼むから速く行ってくれと叫びたい衝動に駆られたスイだったが、黙って手を振り返しておいた。

 そんなたわむれも束の間、賊のような怒号で意識は戦場へと戻される。


「こいつらぁっ!! ……ごふぅッ?!」


 迫力は充分あるものの、これでは王軍兵ではなく賊とでも間違えそうなもの。

 背後から斬りかかってきた兵の首を落とし白雷で周囲のしかばねを一掃したスイは、ため息をつきつつフードを脱いだ。

 青みがかった銀色の髪が朝焼けの光に晒され、鮮やかにきらめく。


「――っっ!?」


 辺りにざわめきが起こり兵達の表情が一層と強張っていく。フウが王宮内へ入ったのを遠目に確認すると、スイは頬を緩め楽しげに笑みを浮かべた。


「あははっ。いいね、その表情カオ。……忘れたとは言わせないよ、きみ達第四王軍が父さんと母さんにした事を」


 その冷えきった瞳と底のない憎悪が、場の空気を瞬く間に支配する。


「さぁ、始めようか」


 ――盛大な血祭りを。

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