二十二話 閉じ込め隠した、矮小な

 向かってくる賊の数は、七。そのうち三がフウに狙いをつけたようだ。

 背が大きいからかスイの方に一人多い四人を取られてしまい、未だ殺気を出していないにしても見た目で判断されるのは気に食わないと無茶苦茶なひがみを心中で垂れ流したフウはしかし、冷静に状況を見極める。

 刃物を振り上げ迫る三人は視界に入ってさえいればいい。視線はそのままに、スイと竜車周辺に意識を向けた。


「ウラァアアアアアア!!」

「あー、もうちょっと静かに殴りかかれないのかな五月蝿うるさいなぁ」


 昼寝を邪魔された子供のような言いぶりで、フウは焰を腕にまとい一振り。

 本音を言えば火焰かえん属性強化の炎術で踊り焼きにしたい所だが、それでは先程スイと決めた条件から外れてしまう。ルールのない遊びは面白みがなくなってしまう。

 仕方がないかとフウは少し調整を加えた炎で相手に斬りかかった。炎の表面のみに熱を圧縮させた蒼焰、それは研ぎ澄まされた刀のような切れ味を見せる。

 賊三人の服が、身が、骨が、すっぱりと断ち切られた。


「おぉっ、軽っ」


 フウから思わず感嘆の声が洩れる。

 初めての試みだったが、そのバターでも切るような軽い手応えは想像以上のものだった。

 しかし感動に浸るのも一瞬。これはゲーム、のんびりなどしてられない。スイとの久々の対決なのだから、フウとしては絶対に勝ちたいところだ。

 分断された六つの肉塊が地に落ちるより先に駆け出す。


「ぐあっ……!?」


 一呼吸も満たぬ間に距離を潰すと、目を見張る賊の胴を撫でるように斬り伏せる。そして隣に突っ立つ賊の心臓を背後の仲間ごと変形させた蒼炎で貫き、蹴り飛ばした。


「うおらぁぁああっ!?」


 引き抜く反動を使い、衛兵を取り囲む賊五人を背後から斬りつけ、ついでに衛兵の首もさっくり斬り落とすとその手から剣を抜き取る。


「よっこらせっと」


 そして振り向きぎわ、側にいた衛兵の背骨を剣で突き潰しフウは大きく跳躍した。

 作戦開始時の賊の数は全部で四十、衛兵は十六。今回は先日スイに言われた通り、きちんと数を把握することにしていた。

 十一と二は始末したので、ハコゴールまでのノルマはあと九と六。

 竜車右翼の配置は、賊が六に衛兵が四。前方はというと衛兵が有利な様で賊三に対し衛兵が四になっていた。


「奢らない。まとは五分五分で」


 焦る気を抑え自分に言い聞かせるように呟くと、フウは対象を右方の十人と前方五人に絞る。

 空中から着地する直前に左腕にも右腕と同じ焰を展開させ、降り立つと同時に四人の賊を下から斜めに斬り上げた。


「ぐあああああぁっ!?」


 血飛沫を浴びながら身をひるがえすと、遠心力を利用し残り二人の首をねた。


「はいはい注目! 衛兵の皆さまぁ~本日もお勤め、お疲れさまです~」


 呆然と立ち尽くす四人の衛兵の前で両手を広げたフウは、血塗れの頬を緩ませる。


「さて突然ですが皆さま、仕事は今日でおしまいです。来世までの休暇を存分にお楽しみ下さいなぁっ!!」


 言い終わるや否や二人の胴を真っぷたつに切り裂き、残りの二人に両手で剣を突き刺す。


「そちらのお二人も、お休みなさいっとー」


 二つの骸に刺さった剣を踏み台にし再び軽く跳び上がったフウ。

 竜車の上空で前方の衛兵二人に狙いを定め、刃形に圧縮した焰を二発左胸へ放った。ズパッという小気味よい音と共に二人の兵は崩れ落ち、それと同時にスイが周囲の命を稲妻で刈り取ったのが見えた。


「むむ、」


 ここまでおおよそ八十秒、速さは同等。先に竜車へ触れた方が勝者となる。

 前方から走るスイに対しフウは空中で身体を捻り手を伸ばす。

 二人が同時に扉へ触れた時……


 カキンッ


「……どあぁぁあっっ!?」

「うわぁあああぁぁっ!?」


 どーんと派手な音を立て、フウとスイは竜車の中へ転がり込んだ。


「ななななな、何すんじゃあ! この扉ぁっ!? あっしらに何か怨みでもあんのかぁあ! 付喪神つくもがみかっ!? 逆恨みかっ!? 親のかたきかぁああっ!?」


 場違いな程にわめくフウは尻餅をついたまま、開け放たれた戸を睨み付ける。

 二人が触れると同時に扉が勝手に開いたのだ。全速力かつ思いっきり竜車に向かっていた二人は、そのまま勢いを止められず吸い込まれるように車内で激突したという訳で。


「フウ、肘いたい」


 エルボーを顔面に食らったまま、フウの下敷きになっているスイは酸素不足のせいなのか全身がぶるぶると震えだしていた。


「あ、そんな所に……ごめんお兄ちゃん」


 控えめに痙攣けいれんしているスイの上から退き、勝手に開いた扉の元へ行こうとして――固まる。


「……フィア?」


 竜車の隅で、一人の少女が寝息を立てていた。

 整った顔立ちに、一本一本が輝く人形のような美しい金色の髪。

 竜車に乗る王族は、数日前アグスティでフウにフィアと名乗った少女だった。

 自分が殺せなかった……いや、殺したくなかった少女を、これから情報を聞き出した後に始末しなくてはならないということに気づき、フウの背筋を冷や汗が伝う。

 自分にそれが出来るのか。例えスイが手を下してくれたとして、それを傍観ぼうかんしていられるだろうかと、混乱しかけたフウはふと不自然なことに気づく。


「お兄ちゃん、これ……」


 意識が現実に引き戻される。動揺を悟られぬよう、震えそうになる声を抑えながらスイの顔を見た。


「これは、変だね……」


 先程とは一転、表情を引き締めたスイが眉をひそめた。

 この竜車の中には、不自然な箇所が多い。


 何故、大人六人は入れるであろうこの広い竜車に、フィアはたった一人でいるのか。

 何故、少女一人に十六人もの衛兵が付くほど厳重な警備がされているのか。

 何故、フィアの腕には対術手錠が嵌められているのか。


 それだけでなく、少女は上質な絹の服を着ていて、竜車には豪華な装飾が施されている。一見丁寧に扱われているように思えるにも関わらず、車内の窓はたったひとつ空気口程度の大きさの物しかなく、少女は対術手錠を嵌められ拘束された挙げ句眠らされているのだ。

 違和感だらけの状況にフウとスイはすっかり困惑していた。


「どうする……?」


 スイがフウに判断を仰ぐ。


「……取りあえず、対術手錠あれを外したい。術力不足か、もしくは何か飲まされてる可能性もあるし、ダメそうなら始末する」


 果たしてダメだったとして、本当にあの少女を始末出来るのだろうか。割りきれない不快感を抱きつつ、フウはスイに目配せをする。


「分かった」


 立ち上がったスイは少女に嵌められた対術手錠に手を添え、電流を流し始めた。

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