二十一話 道中、戯れだって必要だ

「ヌーン、ヌーン。ヌーンぬぅぅ~ん」

「…………」


 低い声で地味に奇声を上げる少女と、その様子を半ば呆れながら眺める少年……言わずもがなフウとスイだ。

 アグスティ東部の駅へ昼過ぎに辿り着いた二人は現在、王都へ行くという商人の荷馬車に揺られ街の外にいた。

 実のところ、二人は予定通り朝早くに宿を出たのだが、フウの方向音痴に加えて少し物分かりの悪い連中の相手をしていたため、街を出るのが遅くなってしまったのだ。


 商人や駅馬車が走るこの道は主に帝国連合の管理下に置かれていることから帝道と呼ばれている。帝道は路上が整備されている上、休憩所が所々に設けられており、露店商が飲食の販売を行う宿場町として栄えている。


「いやぁ~でも今朝はしたねぇ。ずーっとついてくるんだもん」


 怪奇をひとしきり唱え終えたフウは、両腕を上げ伸びをしながらそう言った。


「そうだね、まさかあんなにしつこいとは……僕たちの方向音痴が功を成せば良かったんだけど、結局昨晩フウが言った通り、始末することになっちゃったね。もう未知の生命体との交信は終わったのかな?」


 最後に冗談交じりでスイが問うと、フウは心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。


「ははーん? 私を何だと思ってるのさ。お兄ちゃんと同じ、ただの人間だぞぉ~?」


 にやりと口元を歪めながら紡がれる『ただの人間』という言葉は、今朝彼らが行ったことを振り返るとどう考えても皮肉にしか思えない。

 その悪意なんだか、単なる悪戯いたずらなんだか、はたまた自嘲じちょうなのか分からない言動を苦笑いでやり過ごすとスイの表情が陰りを見せた。


「フウの言う『ただの人間』が僕たちなら、世間一般の人達は一体何なんだろうね。……にしても、今朝僕たちを襲った彼らは人拐ひとさらいだったのかな?」

「う~ん、多分そうだと思う。随分と手応えのないやからだったからつい潰しちゃったけど、殺す前に何かしら吐かせれば良かったね。ましてや誰かに頼まれたとなると――」


 フウが眉をひそめた。


「今後も、私たちの邪魔になるよ」

「そうだね……」


 視線は外のまま、小さく答えるスイ。

 ――だが、止まる訳にはいかない。

 言葉を交わさずともその意は確かに通じている。

 スイの横顔を見た蒼の瞳は険しく、それでいて単純な憎しみと、深い狂気を携え細められた。


 凱旋式典まで、あと六日。



***



 フウとスイがアグスティを発った二日後の早朝、一台の竜車が街を出た。厳重な警備に豪華な装飾が施された護送車で、前後左右には竜馬と十数名の衛兵がついている。

 帝道を悠々と駆ける竜車の中には、一人の少女が乗っていた。

 広い車内にたった一人。その少女は外部からしか開かない小さな窓に顔を寄せ、そこから入ってくる風に眩いばかりに輝く金色の髪を遊ばせている。


「綺麗な、空だな」


 ぽつりと漏れたその言葉は誰に届く訳でもなく、弱々しく入り込む風に溶けていった。



***



 がこんっ


「おごぉぅっ!? るぉうオブいなぁ~しゃぁあああああっ!?(law of inertia)」

「っあぁ危ない!!」


 アグスティを出発してから三日。特に目立った問題もなく王都へ向かっていたフウとスイだったがその道中、馬車が急停止をした。

 狭い車内の柱にぶつかりそうになったフウの腕を、スイが咄嗟とっさに掴み引き戻す。


「んがぁあっ!? やだやだやだ叩きつけないでぇえっ!!」


 しかし、いつかと全く同じそのシチュエーションに恐怖を覚えたフウがスイの腹に拳をめり込ませ暴れようとする。


「ぶぼぉっ!? 違う違う違う!! 叩きつけないから静かにしてっ! むしろ騒いだらこないだと同じことになっちゃうからぁあっ!!」


 スイは腹部の痛みに耐えながらフウの口を塞ぎ、もう片方の手で腕を押さえつけながら口元に指を立てる。それでもなおむーむー騒ぐフウを大人しくさせたのは、外からの悲鳴だった。


「……っ!?」

「悲鳴……?」


 その拍子に力が弱まったスイの手を弾き、ついでに顎を蹴り飛ばしたフウはフードを被り、馭者ぎょしゃと話すべく前方の窓を開けた。


「何かあったのですかッ?」

「ちょっと待ってくれお客さん! 今隠れるから!!」


 フウは緊張感を持たせつつも落ち着いた声音で問うたが、どうやら馭者はそれ所ではないようで、激しく馬車を揺らしながら進路を変え帝道から外れた方へと移動していく。


「フウ……さり気なく蹴飛ばさないでよ、舌噛みかけたんだけど……隠れる?」


 文字通りの『顎蹴り』を食らったスイは、四つんいになりながらフウの隣へ行くと外を覗く。

 馬車は直ぐ建物の影に入ってしまい二人は一瞬しか外の様子を目にする事は出来なかったが、状況を理解するには充分だった。


「一体何が?」


 建物と林に挟まれた陰になっている場所で馬車が止まると、確認も兼ねてフウが再び馭者に声をかけた。汗で額をぐっしょりと濡らした彼は馬を落ち着かせ、自らも呼吸を整えながら答える。


「……賊だ、前を走っていた竜車と馬車が、いきなり現れた奴らに襲われた。ありゃ貴族狙いの賊に違いねえ……」


 先程見た光景。逃げ惑う人々に暴れる馬、刃物を振り回す大勢の賊から竜車を守る衛兵らの姿を馭者の言葉とを二人は照らし合わす。


「つまり賊はその竜車を襲撃する際に、ついでとばかりに居合わせた馬車や人々をも襲っていたのですね」


 窓の端から頭を出したスイに馭者は激しくうなずく。


「竜車に乗っているのは誰だったか、分かりますか?」


 続けざまにフウが不自然な質問を投げかけるが、もはやそんな事を気にする余裕もないようで彼は小動物のように怯えながら辺りを見回しつつ、荷物の中から刃物を取り出すと小声で答える。


「誰かまでは分からないが、擦れ違った時に見たのは王家の紋章だった。加勢して賊を追い払うことが出来れば褒美が頂けるだろうが、あの数だ。そもそもここに隠れていても見つからないかどうか……」


 その声は震えていて、馭者は今にも泣き出しそうな顔をしている。折角握った刃物も、大きく震える手で自らの肌を切ってしまわないか傍目からでも不安になる有様だ。


「なるほど……」


 わざわざ警備の厚い竜車を狙ったという事から、賊は余程腕に自信のある連中なのだろう。実際、先程の様子からも戦闘慣れした腕の立つ者が多い印象を受けた。

 単純に金目当てか、はたまた反連合勢力からのちょっかいやもしれない。いやぁ、このご時世も物騒な事だなぁ~、なんてフウは芝居めいたことを思ってみたりした。

 しかし、二人が興味を示したのは賊だけではなかった。


「王族……かぁ~!」


 この騒ぎに乗じて国に嫌がらせが出来るやもしれない。そんな考えは二人見事に一致し、フウが楽しげに声を弾ませる。

 幸い馭者にその声は聞こえていないようだが、フウやスイに彼のような緊張感が微塵みじんもないのも当然のことで、つい数日前に三桁を越える数の王国兵を全滅させた二人にとっては、百人そこらの賊を相手取るなど『あそび』とも言える程に簡単な事なのだから。


 その上、連中は辺り一帯を丸ごと襲ってくれているため人目を気にする必要もなく、賊ごと衛兵を殺しても不審には思われない。

 むしろ戦闘に不慣れな一般人が先に殺されるのがほとんどなのだから、口封じの手間も省ける。

 そうして『人払い』を済ませた所で、竜車内の王族から情報を引き出す。それが役に立とうが立たまいが、後は全てを消えない程度に燃やすだけで事は済む。馬車には混乱した振りをして戻り、劣勢になった賊が放火して逃げたとでも言えばいいだろう。


 ああ、何と幸運なことだろうか。丁度ここ数日の馬車移動で凝り固まった身体を動かしたい頃合いだったのだと、フウは頬の緩みを隠せない。


「一気に突っ込むよ。一人残らず斬った上で、中の王族を問い詰める」


 小声でスイがフウに確認する。

 『斬った』とスイが指示したのは、万が一にでも死因が焼死、しかも通常のそれとは比べ物にならない威力の炎と分かった際、『銀の民シロガネ』の関与が示唆しさされると面倒なためだ。

 賊との乱戦による斬殺、としてもらう為のちょっとした偽装工作とでも言うのだろうか。まぁ全てを炎で燃し消したとしても、これから二人が王都で行おうとしている事で遅かれ早かれ面倒な事になるのは明らかなのだが、それに比べたらこれくらい大したことではないだろう。

 故に、本当の所は焼き殺してもさほど問題はないのだ。


 しかしわざわざこの作戦を二人が選択したのには訳があった。

 安易な課題にこそハンデを設け、敢えて自分に不利な状況を造り出し逆境を愉しむため。

 何故そのようなことをするかと言うと、これは二人にとってのちょっとした遊びであるからだ。遊びというものは簡単に達成出来ないからこそ面白い。

 全焼させず、死体を消さず、かつ馭者に事実を悟らせない。

 このルールの下で、二人の遊びは始まる。


「少し様子を見に行ってきます!」

「危険なので絶対にここから動かないでください!」


 溢れんばかりの笑いを堪え、大層真面目な様子で馭者に動かぬよう伝えた二人は馬車を飛び出す。逃げようにも唯一の逃げ道である帝道へ出れば賊の餌食になるのは明白、どちらにせよ馭者はこの場所で縮こまっているしかないだろう。

 帝道には五分と経たぬ間に戻れた。

 状況は先程と大差なく、いて言うなら竜車と護衛兵以外が全滅していたということだろうか。元々馬車数台、数人しかいなかった路上である。数の利と場数の差からしてこうなるのは目に見えていた。


 このまま賊か衛兵のどちらかが残るのを見届けてからでも遅くはないが、折角の機会。存分に愉しまなくては勿体ない。

 二人はフードを深く被り直すと、悪戯を思いついた子供のように口端を吊り上げる。


「じゃあ、私は右で」

「僕は左を」


 対象は左右ほぼ同数。


「先に終わった方が、」

「ハコを開ける」


 言葉と共に交わす視線は互いに無邪気。


「おい! てめぇら何して……」


 ぶしゃあ。


 男の首がねられ、更には胴が二つに裂ける。

 どしゃりと崩れ落ちたその残骸を冷ややかに見下ろすのもまた、二つの影。


「話の邪魔すんじゃねーよ。まだ始めも言ってないんだけど?」


 そう言い放つのは碧の瞳。


「まったく賊のかたは気が短くていけないなぁ」


 間延びした声の主は、一寸の情けもない純白の双眸を光らせる。


 まるで魚のように頭と胴を分断された死体の前で、フードの二人組が平然と会話を交わす。その余りにも異様な光景に数名の賊が攻撃の矛先を変えた。


「ウオオオオオッ! てめぇらよくもっ!!」


 この吶喊とっかんが合図となり、二人は同時に身をひるがえした。

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