二十話 眼を叛けた安らぎは
「お、重かったぁ~」
宿屋に戻った二人は荷物を降ろし、ほぼ同時にそれぞれのベッドへ腰掛けた。
「重かっただと!? 嘘つけそんなにキツくなかったくせにぃ~」
「たっ、確かにそこまで重くはなかったけど……色々緊張してたんだよ」
自由になった肩を回しながら頬を膨らませるスイ。
その男性とは思えない程普通に可愛い表情に、フウは止めてくれと心の中で不満を言った。
「ふ~ん、そーなんだぁ~。ま、別にいいけど? ぜんっぜん平気だけどねぇ~っ!」
「え!? なんでっ! なんでフウ
足をばたつかせながらそっぽを向いていじけてみたが、スイはその
「ふぁ~あ、天然は気楽でいいねぇ全く」
「へ? ……何て言ったの?」
「ううん、何でもない。
「欠伸と一緒に出てくる本音って、聞き逃したらだめな気がするんだけど! そんなことよりとか言わないでよ、ねえ!?」
「ぉおぉおお~。ツッコミ被っとるぞー、キャラが被っとるぞぉー」
どこかの喫茶店の情報屋兼マスターみたいなツッコミを見せたスイに感心しながら、フウは膝の上に置いた枕を叩いた。
「むむむ、結局教えてくれないし……。じゃあ話を変えるけど、フウはいつ出発するつもりなの?」
「ん? 私は別に今からでもいつでもいいよ。昼だろうと夜だろうと、邪魔なヤツはこっそり
「ねえ、今さりげなくすごいこと言ったよね。その前に見つからないようにするという考えはないのかな!? フウが毎回兵法で減点にされる理由が分かった気がするよ!?」
確かに、いざとなってしまったらやることは合っている。だが晴れやかな笑顔で真っ先に言い切ってしまうフウを見ると、スイは兄としてかなり複雑な心境になった。
「ふにゃっ!? あ、あるよ! あるに決まってるじゃん~! 兵法は確かにちょっと強行突破だったり実力行使なところもあるけど、それは私がほんの少しおちゃめなだけであって……」
「へえぇ~『ほんの少し』、ねえ?」
「え、えぇっ!? 確かに見方によればめちゃくちゃに思えるかもだけど、戦闘能力を上げるのに最も手っ取り早い方法は実戦だよ? 殺すか殺されるか、生死を賭けた場でしか
ついアツく語り始めたフウだったが、いきなり頭上に降りてきた重みに邪魔され中断する。
「くははっ、あははははっ!」
「ぅう~っ!? 何なに? やめいぃ~っ」
スイが笑いながら、フウの頭に手を置いていた。動物を撫でるようにぺしぺし軽く叩きながら長い銀髪をかき混ぜる。
「いやいや、あははっ。フウが力の入れ所を間違えまくってることがね、よ~く分かったよ」
涙を
「何がじゃいっ! こっちは良い迷惑じゃあぁぁ」
「あははっ。そんなことよりも、」
人の発言に涙が出る程爆笑してきた無礼者だと腹を立てるフウに対して、スイはついさっきのフウの台詞を持ち出した。
「盗むな済ますなぁぁ~っ! 何に笑っとったんじゃあ~っ」
「教えな~い! フウが今度僕より兵法で良い点数取ったら教えてあげても良かったけど、それは一生ないもんね~」
「んぎいいいぃぃぃ~!?」
んべ、と舌を出してフウをあしらうスイ。
フウは何かしら言い返してやりたかったが、悔しいことに色々とスイの言う通りなので、彼に枕を思いっきり投げつけることくらいしか出来なかった。
……その枕も綺麗に受け止められて終わるのだが。
「まあまあ、それはさておき話の続きだよ。決行は式典当日の王都でいいよね? 計画は……」
「お兄ちゃんで」
驚いた顔をしているスイに対して、投げ返された枕を抱え即答したフウは構わず続ける。
「だって兵法と戦術はお兄ちゃんの方が得意でしょ? それにもし一緒に考えるにしても、私に負けることなんてないってさっき自分で言ってたし。だったらぁ? 計画も一人で立てたって別に何の問題もないよねぇ~?」
人の神経を酷く逆撫でする例の顔でスイに面倒な逆襲を仕掛けてきたフウ。
青筋の立った笑顔でその顔を見つめ返したスイだったが、何か思うところがあったのか大きなため息をつくと降参したように両手を上げた。
「ぐっ……分かったよ。じゃあ一通り考えておくから、フウも何かしらは考えておいてね……」
「フフン、私はいつだって一点集中の正面突破派だから考えておくも何もないけど。お兄ちゃんの案聞くの、すっごく楽しみだなああああ~っ!!」
「あ、うん……分かった。頑張るね」
「え……なんじゃその反応……」
驚くほど棒読みの反応を返されたフウは「また軽くあしらわれた……」と、壁に向かって肩を落とした。
「いや軽くという訳でも、あしらった訳でもないんだけど、えーっと……話続けるよ? 決行が当日だから下見含めて到着は前日頃がいいかな……アグスティの出発は明日の朝にしようか。そこまで急ぐことはないし、目立ったら逆効果だから馬車と歩きでね」
スイはそう言うと地図を取り出してルートの確認を始める。
「ん、りょーかい。でも馬車かぁ、またポッピングかぁ、しかも今度は三日かぁ、踏ん張りどころですなぁぁ……」
と、フウは母音だらけのぼやきと一緒にベッドの中に潜り込んだ。そのまま寝返りを打ち、
(フィア、か……)
目を閉じればその姿が脳裏に浮かぶ。
美しく輝く金色の髪に、宝石と見間違える程に透き通る瞳。どこか
その黄金色の
――スイと初めて会った時と酷く似ているということに。
フウ自身も奇妙ではあるが、確かに懐旧の念を感じた。
温かく、それでいてどこか身を刺す痛みを伴ったその感情は、言わば懐かしさに近いもの。
フィアが去り際にフウに言っていたように、それに似た感情をフウだけでなく彼女も抱いていたということなのだろうか。
となると、彼女はもしや――
「ね、フウ。……フウ? 聞いてた?」
「…………にゃあ。お兄ちゃん、……近い」
思案に
「ほっ!!」
「ぶふぅぅっ!?」
そしてフウは側にあった枕を掴んで身体を起こし、スイの横顔をそのまま全力ででぶっ叩いた。
「なっ、なんで何でッ!?
余りの勢いに吹っ飛ばされ、壁に激突しそうになったスイは見事な身の
その自分の動きに驚いたのか口をぱくぱくさせる彼を冷めた目で見下ろして、フウはため息をつく。
「はぁ、びっくりした。男の癖に女子より柔らかい髪質してるのが悪い!
「はぇ……て、天誅……!?」
一体どういうことなのだろうかとの呟きを呑み込み、頭上に大量の疑問符を浮かべるスイ。
そんなスイへ視線で圧力をかけていたフウは、先程まで思案し導きかけていた事項がすっかり脳内から飛んでしまったことに意識を取られていた。自身の不覚に落胆するフウだったが、窓の外に目をやると既に陽が傾き始めている事に気がついたようだ。
「ああ、もう夕暮れか……」
自然の風景というのは不思議なもので、時に人を落ち着かせてくれる効果がある。
ぽつりと呟いてベッドから立ち上がったこの時のフウもそれに
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