十三話 覚え違えたって、いいじゃないか

「うっほ~でかっ!?」

「人が多いね……」


 フウとスイはとある街の入り口に来ていた。

 レグヌム山脈から最寄りの、と言ってもフウ達の住んでいた場所から馬車で一日以上はかかる距離にあるこの街の名は『アグスティ』。

 アグスティは『山のふもと』という意味の単語が語源なのだが、レグヌム山脈のまさにド麓で暮らしてきたフウとスイにとってそのネーミングは笑いのツボだったようで、初めてそれを聞いた時は二人で大笑いして母のレナリアに呆れられたものだった。


 またこの都市はルベルタ王国と帝国連合各国を繋ぐ物流ルートの一つで、言わば商業都市としてそれなりに発展している。そのため人や物、情報の集まりが良くレナリアとメドウが頻繁ひんぱんに訪れていた場所でもあるのだ。

 ちなみに、フウとスイがここへ来るまでの竜馬りゅうばや服諸々もろもろはダリウスらの夜営所から失敬したものを使わせてもらった。

 二人は続々と街に吸い込まれていく商人達に交じってアグスティの門をくぐる。街の賑わいに驚きながらも人波に身を任せて進んでいると、広場のような場所に辿り着いた。


「うっ、お兄ちゃん……私、もうダメかも……」


 すると、急におぼつかない足取りになったフウがスイに寄り掛かってきた。


「え!? フウどうしたの!?」


 フウの顔は先程まで溌剌はつらつとしていたとは思えないくらいに真っ青になっている。

 どこか具合でも悪いのかとスイが心配した時、風に乗って香ばしい匂いがただよってきた。


「あっ……」


 フウが言わんとしていることが分かり、今一度顔を見るとフウはにやりと笑っていた。それは昨晩のいびつな笑みではなく、無邪気で屈託くったくのない年相応そうおうの笑み。


「分かったよ。僕もお腹空いてるしね」

「ふにやあぁぁぁあああいっっ!! やったぁっ! そうと決まれば行こ行こ! もうお腹空きすぎてぶっ倒れそーだったんだよ!」


 フードからのぞく青い瞳が一層と輝きを増す。

 ぴょんぴょんと跳ねながら人混みの中を進んでいくフウを追いかけるスイも、初めての街に胸を膨らませていた。

 広場から続く大通りに出ると多くの露店が並び、客寄せの声があちこちから飛び交っていた。牛乳や麦等の食料の店は勿論のこと出来たての料理、骨董や布などを扱っている店も見受けられる。


「これが夢にまで見た露店!! ぅぅぅぅ~露店街にぃ~っ! 来……」

「きたぁーっ」


 片手の拳を上げるポーズまで取ったスイのまるで棒読みな台詞がフウの声をさえぎった。


「嘘おおぉぉ!? お兄ちゃんに決めゼリフ取られたこんっの!!」

「うごっ!?」


 フウは勢いに任せスイに取っ掛かるともの凄い勢いで頭突きをかました。

 街に来ることがあれば絶対にやってやろうと思っていた名言とポーズを横取りされたのが余程よほど気に食わなかったらしい。


「ぅうう……いたぁ……。フウ、テンション高すぎじゃない?」

「にひひっ、へにゃヅラは変わらず健在だねぇ。だって初めての街だよ!? いつもと変わらない方がどうかしてるって! あ、私あれが食べたい! 勿論お兄ちゃんのおごりでね!」

「ええ……」


 痛みで涙目になっていたスイの腕を引き、フウははしゃぎながら露店を指さした。

 その後、二人は初めて目にする食べ物達に目を輝かせては買う、匂いに釣られては買うを繰り返しながら通りを歩いていた。

 思えば先日の一件から二人揃ってほぼ何も口にしていなく、街の賑わいに感化されたこともあってか、すれ違う人に二度見されてもおかしくないくらいに大量の食べ物を抱えて散策を楽しんでいた。

 まぁそれらの代金はというと、これまた服や竜馬と同じく夜営所から拾ってきたものを有り難く使わせて貰っている訳なのだが。


 いくら自然の中だけで育てられてきたといえ、街での食い逃げはいけないことであると両親に教わっていて良かったとスイは心底思っていた。もし知らずにこんな人の多いところで騒ぎを起こしていたら、あっという間に軍に見つかってしまっていただろう。


「くはぁぁ~っ何これ、めっさ美味しい! こんなものを作り出すとは、文明とはなんて素晴らしいんだ……!」


 『アランダスで二番目に美味しい』が売り文句らしいサクフワの食べ物、フウはそれをはふはふ言いながら頬張っていた。

 甘い果実が練り込まれた焼き立てのパンの間には、冷やして固められたクリーミーな牛乳──アイスと言うらしい──が挟まれていて、口の中に入れるとそのアイスに交ざっているアメがぱちぱちと弾け、美味しいうえに不思議で楽しい食感を生み出している。


「お兄ちゃあぁぁぁん!! これは食文化の革命だよおおおお!!」


 フウがいつも通りの理解不能の台詞せりふを叫びつつ横を向くと、さっきまで隣にいた筈のスイがいなくなっていた。斜め後ろ、道の反対側へ目をやると……


「うわぁっ! お、……美味しいっ」


 『山盛りすいーつアイス』と店主が客引きをしている露店の前、メガ盛りの白い物体に瞳を輝かせるフードの少年がいた。


「お兄ちゃん……、んまぃっ! 何食べてるの?」

「もぐもぐ……ん、フウ。これ『ぱへ』って言う食べ物なんだって。すっごく美味しいんだ!」


 フウがサクフワのブツをぱくつきながら近くに行ってみると、スイは自分の顔くらいの大きさはあるだろう『ぱへ』の塔を美味しそうに頬張ほおばってはとろけるような表情をしていた。

 露店の店主がスイの後ろで「兄ちゃん! それ『パフェ』だよ、『ぱへ』じゃなくて『パフェ』だよ!?」と小声でツッコミ続けているが、無視され続けている。


「それもまたまた美味しそうだね……はむっ。お兄ちゃん、それ『パフェ』だよ。お店の人すごく必死だよ」


 フウは中のアイスが溶けきらないうちにサクフワパンを食べ終えると、幸せそうにアイスを口に運ぶスイをテキトーにさとした。しかし、余りの美味しさに夢中で聞こえていないようだった。

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