十四話 「パフェ」と「ぱへ」は別物です

 『パフェ』のとりこになっているスイを隣から凝視ぎょうしするフウ。

 フウの食べていたものとは違うチーズのように伸びるアイスを、添えられた色とりどりの果実に絡ませながら食べるスイは天にも昇りそうな至福の表情をしている。

 ごくり、とつばを呑み込む。その余りにも美味しそうな食べっぷりに、見ていたフウまでもが食べたくなってきてしまった。


「お兄ちゃん。それ、私にもちょうだい! すんごい美味しそう……」


 耐えかねたフウはスイの手を掴みスプーンごと一口横取りしようとするが、彼は嫌がってなかなか渡そうとしない。


「だ~め! あげないもんね~」


 と悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべながら、スイは『パフェ』を見せびらかすように食べ進めていく。


「くうぅぅぅ~っ!? こんっのへにゃヅラにいっ! 私より少し背が高いのをいいことにぃぃ!!」

「ふふっ、おチビさんのフウには届かないもんね~」


 スイの身長は男にしたらかなり低い部類に入るのだが、フウはそれより更に小柄なため『パフェ』を高く持ち上げられたら届く筈もない。


「ぐうぅぅぅぅ~っ! むっかつく~!?」


 手を思いっきり伸ばしながら跳ねるフウを見下ろすスイの笑顔は、はたから見れば微笑ましいものだろうが、フウからすればゲスじみたものに見えて仕方がなかった。普段はまるで感じさせない意地悪さを顔いっぱいににじませたその表情に、フウの苛立ちは一層いっそうと強くなる。


「ぐむむむぅぅ~……っとうっ!!」


 めりぃぃっ!


「んだぁっ……~っ!?」


 フウが反動をつけてすねに蹴りを入れると、見事なまでの効果音と共にスイが叫び声を上げた。

 周囲に注目されては色々と困るので背後からスイの口をふさぎ、ついでに力尽くで屈ませる。


「あっ! お兄ちゃんそれくれるのぉ~? やっさしぃ~! それでは遠慮なく頂きます♪」


 満面の笑みで顔をのぞき込み、フウはスイの『パフェ』を取り上げる。


「あ、ちょちょっ……!」

「次、身長のこと言ったら反対も折るよ? ついでに右も開放骨折にするから」


 スイの左足を指さし、笑ったままぺろりと舌を出したフウ。だがその目は少しも笑っていない。


「えぇ~、ちょっとからかっただけでこの仕打ち……? 『ぱへ』取るなんてあんまりだよ……しかも右足折れてるし……」

「くひひっ、乙女のコンプレックスをもてあそぶのが悪いんだ。当然の事、自業自得だね。うひゃあっ! おいひいぃ~」


 念願の『パフェ』を頬張るフウは先程の仕返しとばかりにドヤ顔をしている。


「ま、それくらい『銀の民おにいちゃん』なら直ぐ治るでしょ~」


 『超巨大タワースイーツ』露店のトッピングコーナーに行って、ビーズキャンディやカラフルなソースを掛けながらスイに言う。店主があごが外れそうな勢いで口をあんぐり開けているが、フウはお構いなしのようだ。


「んんん~うまいぃぃ~♪」


 別の露店で買っておいた乾燥果実を乗せて食べると、甘酸っぱさが加わり更に美味しさが増す。『パフェ』も様々な食感や味がして美味しいが、個人的にはサクフワパンの方が好きだとフウは思った。


「すいません、『ぱへ』もうひとつください」


 聞き覚えのある声にフウが横を見ると、スイが『パフェ』を追加注文しようとしていた。


「だ~め! 店主さん今のキャンセル!」


 すかさずスイに抱きついて注文を取り消す。


「なっ、フウ!? まさか一生僕に『ぱへ』を食べさせないつもりなんじゃ……んぐっ」


 何だがよく分からないことを言いだしたスイの口を黙らせるように、フウが先程トッピングでアレンジした『パフェ』を突っ込んだ。


「どぉ?」


 少々不機嫌そうに味わっていたが、その表情は次第に幸せそうなものへ変わっていく。


「…………おいひい。さっきより」

「ふふん♪ 出来の良いやさし~い妹に感謝するんだなっ」 


 スイの『パフェ』への執着心に内心引きつつも、フウは二口しか食べなかった『パフェ』を返し微笑んだ。


「すいません、これに『ぱへ』追加お願いします」

「って結局追加するんかいっ!!」


 フウ特製トッピング済みの『パフェ』に更に追加注文をしたスイは、嬉しそうに『ぱへ』を食べながら戻ってきた。

 ただでさえ巨大だった『パフェ』は増量により元の一回り以上大きくなっていたが、スイは難なく食べ進めていく。その間も彼は両足でしっかりと歩いていたため、フウが折った右足も既に治っているのだろう。


「にしても、やっぱりぐ治るんだね」


 フウは買っておいた『クレープ』を頬張りながら歩き出す。


「ああ、そうだね。もう普通に歩けるよ。フウこそ、肩と腕はもう大丈夫?」


 ベスカ高地で眠らされた時の矢と、対術手錠のことだ。


「とっくに治ってるよ。お兄ちゃんも、あの時から?」

「……うん。回復能力と身体能力が飛躍的に上がってるみたいだ」 


 ちゃっかりフウのトッピングを真似したメガ『パフェ』は、もう半分程に減っている。


「ふ~ん。どうやら、そういうことみたいだね」

「だね……。ここだと何だから、宿に行ってから話そうか」

「そだね。んん~、美味しいのぉ~♪」


 そんなこんなしながら街の中を歩いていると、大量にあった食べ物も残り少なくなってきた。

 ようやく空腹も落ち着いた二人は、食べ物以外の店も見てみることにする。フウはついでに街の様子や行き交う人々を物珍しげに観察していた。

 大きな通りを行き交う人や馬車に乗る人達は平民、貴族、旅人など様々、その中でも市場の意見交換や国外の景気話をしている商人達が目立ち、多様な情報交換が行われているようだった。

 またれ違う人々の髪色はブルネットやベージュ、レディシュなど多様で、当たり前と言えばそれまでだが銀髪の持ち主は一人もいなく、フウはフードを深く被り直した。


 隣のスイはと言うと、古本の露店で本を手に取っていた。

 本のタイトルは『ルベルタ王国歴史書』、随分古い書物のようだが気にせずスイは黙々とページをめくっていた。フウも街観察を続けながら釣られて本に手を伸ばす。

 手に取ったのはアランダスに生息する生物の生態に関する書籍。いくつかページが抜けているそれの表紙をにやつきながら開こうとして、横から差し出された本に邪魔される。


「…………は?」


 スイがフウに差し出したのはこれまた酷く昔のものと思われる兵法の入門書。


(何だろう。兵法が苦手な私に対する当てつけなのだろうか)


 フードの下の地味にむかつく笑みで察したが、大人しく受けとるとフウは本が三冊重なっていることに気づいた。妙に分厚いと思っていたが、そういうことか。

 下にあったのは大陸民族の書物と術について記されたもの。

 よく見るとスイのそばには民族と術に関連のありそうな本がいくつかまとめられていて、これらを読み切るのを手伝って貰いたいと言うことらしい。

 フウは視線を合わせスイに了解の意を示すと、次々と本に目を通していく。何も全てを読むわけではなく、目次と大まかな内容で今必要と思われる部分をしぼって読んでいくだけだ。

 そうして最終的に二人は三冊の本を購入した。また立ち読みで漁った数十冊の内容も大体頭に入れたため、良い刺激になったのは間違いない。


 その後装飾品や衣類を売る店などをのぞいていたのだが、辺りも徐々じょじょに暗くなり露店も酒屋に変わり始めた頃、フウとスイは今晩の宿を探しに慌てて露店街を後にした。

 ……とは言え、流石は旅人も多いアグスティ。予算的にも立地的にも目立ちにくい、丁度良い塩梅あんばいの宿は比較的簡単に見つけることができたのだった。


「ぷはー。お疲れさまんさたばさぁ~」


 宿の部屋に着くやいなや、ベッドに倒れ込んだフウ。寝転がりながらフード付きローブを脱ぐと、丸めたそれを窓を閉めているスイに向かって投げつけた。


「おっと、見えてるよ~」

「うわぁーつまんないヤツめー」


 ローブを振り返らずにキャッチされたフウは不機嫌そうに頬を膨らませた。一方で、ぐに投げ返したスイは今日買ったものを整頓せいとんしながら話し始める。

「う~ん、本や食料は買えたけど肝心の服が買えなかったね」

「あ、すっかり忘れてた……まぁ、ひとまず今日はこのままで我慢して、明日一番に買いに行こう!」

「そうだね、じゃあ僕は下で明かりを貰ってくるよ」

「はーい。お願いしまーす」


 布団にもぐり込みながら手を振るフウを見て、スイは笑いながら部屋を出ていった。

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