十一話 揺蕩う碧に、微笑みを(流血、残酷描写注意)
レグヌム山脈付近の
「フウ! 待って!! 待ち伏せされてるかもしれないっ!!」
スイが後を追うものの追いつけない。
「はぁ、はぁっ……」
家の前まで来たフウは扉に手をかけ、立ち止まった。肩で息をしながら、
──夢であってほしい。
そんなあり得る筈のない願望は、スイでさえ捨てきれないでいた。
フウは瞼を閉じると半ば力ずくで扉をこじ開けた。
まだ温もりが残る家に二人の足音だけが響く。その暖かい雰囲気が静けさを
「フウ……」
つい数日前まで四人で会話を弾ませていたリビング。机の上に置いていったレナリアの手紙を握り締め、フウは何もない空間を見つめていた。
「お父さん、お母さん……」
──分かってる。
泣いても何も変わらないのは、フウにだって分かっていた。だというのに、悔しさと悲しみが押し寄せてきてどうしようもなかった。
「っ、うあぁっ……」
「……っ」
何もしてやれない己の無力さにスイは唇を噛み締める。
「うぅっ、ごめんなさい……」
静まり返った部屋にはフウの
「っ!? フウっ、王国軍だ!!」
玄関の扉が力強く開け放たれ、兵達が続々と中に雪崩れ込んでくる。
スイは抜け殻のようにそこから動こうとしないフウを
しかし兵の数は全く減らない。兵士らは少人数ごと、かつ
そして何より、
そこに、隙が生まれてしまう。
斬り倒した兵にレナリアのミシンが倒された際、部隊長らしき男の攻撃がスイの足元を
「しまっ……」
バランスを崩したスイは続けざまに放たれた突きを避けきれず壁に叩きつけられた。
「かはッ!?」
予想以上の衝撃に視界が歪む。
「ぅぐっ!?」
回し蹴りを食らい、今度は窓側の壁に吹っ飛ばされた。
息もつかせず割れた窓の向こうから放たれた矢が右腕を貫く。次々と全身を襲う痛みに意識が飛びそうになるが、攻撃の
「フウ……っ!!」
辛うじて動く左腕を伸ばすものの、
──また、同じように?
──また自分は、目の前で大切な者を見殺しにするというのか?
スイは歯を食い縛り、迫り来る得物の切っ先を素手で掴むと、雷炎を暴発させ取り囲んでいた兵を
フウに手は出させまいと震える足に力を込めたが、まだ息のある兵に腱ごと足を
床に
目が覚めるような蒼は家全体を呑み込み、灼熱を
「こんな家なんて、もういらない」
小さく、それでいて確かに少女はそう呟いた。
悲しみを吐き出すように。
絶望を
次の瞬間、蒼い炎はフラッシュオーバーを誘発させ爆発的な
「……っ!?」
凄まじい暴風と熱さにスイは思わず目を
次に目を開けたとき、周りには何もなくなっていた。あるのは岩石に揺らめく余焰と、熱風に
「……なっ!?」
周囲を包囲していた王国軍兵士らの視線は、仲間ごと家屋を焼き消したソレ一点へ向けられていた。
闇夜に
虚ろに開かれた
──白銀が舞った。
円形の陣の内側を
まるで積木を落とすように、いとも簡単に肉体を吹き飛ばされた仲間を目の当たりにした彼らの思考は完全に止まってしまっていた。
そしてそれは、スイもまた同じだった。
五十を越える数の人の頭部が一瞬で弾き跳んだ。
だがこんなことが出来るのは、この場に一人しかいないことは分かる。
「……フウ」
スイが、その名を口にした。
兵達はまるで時間が止まったかのように
「さ、おいで?」
そこでようやく、軍勢から雄叫びが上がった。
フウの体が吹き飛ばされるのではと思う程の声量。
「突撃いぃぃッ!!」
「ウオオォォォォォォォッ!!」
怒りを
押し寄せる兵団を物ともせずに、その中央で舞う少女。
長い銀色の髪を風に踊らせ、迫り来る者を
「…………」
──美しいと思った。
そうさせた当人、きっかけを作ったのが自分だとスイは分かっていた。しかしながら、何かが壊れたように突き動かされるフウの姿を見て、彼は純粋に美しいと思ってしまったのだ。
「ははっ、はははははッ……」
スイの口から乾いた笑いが
何故だかは分からない。嬉しさではない、面白くもない筈なのに、こんなにも愉悦に満ちた心地は初めてだった。
「……良かった」
それは
「これでキミはもう、
血に塗れる少女を映す彼の瞳はその柔らかな笑顔とはかけ離れた、余りにも鮮やかな狂気に彩られていた。
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