四話 得意分野はドヤ顔で(微流血注意)

 ペンが紙をこする音が部屋の空気を震わせる。

 レナリアに見守られながら、フウとスイは揃って机へ向かっていた。早朝から暴れ回った罰として、母お手製の抜き打ち試験を受けさせられているところだ。

 学舎や官学かんがくに通っていないフウとスイは幼い時から術の使い方や戦闘術、基礎学問を始め、簡易的にではあるが大陸情勢や兵法などを両親から教わってきていた。

 そんな幼い頃からの指導のお陰か、今の二人の知識量と戦闘能力ならば王国軍に飛び入りしても何とかなるかもしれない、なんてことを元王国軍人のメドウが言ったこともあった。


 と、軽快な音をたてて先にペンを置いたのはフウだった。

 赤くなった頬を両手であおぎつつ、自信ありげにレナリアに笑みを向ける。少し遅れて、スイが顔を上げた。


「二人共、見直しはいい?」

「もうしたよ」

「一応は、」


 フウ、スイの順に答えたのを確認すると、レナリアは二人から紙を回収する。


「じゃあ、採点している間に炎術えんじゅつ訓練ね」


 そう言った彼女が取り出したのは一つの木箱。中からはかすかに何かの鳴き声が聞こえている。


「わぁっ」

「ぅげ……アレか」


 嬉しそうなスイに引き替え、顔いっぱいに不満をあらわにするフウ。


「はい、毎度お馴染み『炎術の精密コントロール訓練』~。今日はネズミ。出血させずにめた後、筋肉に電流を流して部屋の角から角まで走らせてね」

「まじかぁああ……」


 レナリアの笑顔がいつもにも増して鬼畜きちくなものに見えた。


「母さん、絞め方は首抜くびぬきと心臓麻痺まひどっち?」

「うーん、どっちでも良いけれど折角せっかくだから心臓麻痺で」

「ええぇ~!? 難しいヤツじゃんっ! えげつな~っ」


 ぼそぼそ愚痴ぐちりながらも指先に電流をほとばしらせ始めるフウに対し、スイは早々に絞め終えたネズミの四肢に集中していた。

 フウがぐぬぬとうめきながらネズミに触れた次の瞬間、


「プヂギュュュウッ!!」


 甲高い鳴き声に合わせてネズミの腹が破け、鮮血せんけつが噴き出した。


「う……」


 息を引き取ってくたりとしたネズミを握るフウに、レナリアとスイは溜め息をつく。


「お母さん試験見てるから、スイに教えてもらいなさい」

「フウ……また?」


 信じられないといった表情のスイの足元では、息絶えたネズミがまるで生きているかのように元気そうに走り回っている。


「いや……だって難しいんだもん! そりゃあネズミで出来れば馬とか人体への応用も出来るだろうけど、ネズミだよ!? いくら何でも小さすぎないっ!? しかも何で内臓破裂で絞めちゃだめなのさ内臓に失礼だよそう思わない!?」

「失礼かどうかはともかく。内臓破裂は絞めたんじゃなくて事故でしょ、いつものごとく」


 冷静にツッコミを入れるスイ。


「なな、何ですとっ!? お代官だいかんさま、そりゃあんまりだ……これには深いふっか~い訳が……」

「はいはい。言い訳はいいから僕のでやるよ。なんで解剖の方は僕より出来るのに、電流コントロールは出来ないのかなぁ」

「ぐぬぬ、それとこれとは訳が違う……」


 ご臨終済みのネズミと格闘すること約一時間半。フウが何とかネズミを走らせ終えると、先程の試験が返却された。


「はーいお待たされました。今回の問題はね、いつもと違って実践的なものを沢山入れてみたの。だからちょっと難しかったでしょう? まずフウからね、全体的には悪くない。ただいつも通りと言えばそうだけど、兵法戦術関係のアラが相変わらず……」

「え、またぁ? その『てめぇは一生俺に勝てねぇ運命なんだよばぁーか(笑)』みたいな因縁いんねん級のそれ何なの……やっぱママンの嫌がらせなの……?」


 いわれのない被害妄想を始めたフウに、引きつった苦笑いを返したレナリアは分厚い教範を開いた。


「そんな訳ないでしょう。それに、始めの頃よりは確実に良くなってるから大丈夫。そうね……確かにこの方法でも前線の瓦解がかいは可能だけど、これだとあたまを取るまでに自軍の損害が大きくなりすぎるの。これは教範の一五三号からの引用でいいのよ。それとこの前にやった基礎の所忘れてるでしょ。毎回思うけれどこんな親のかたきみたいな戦い方しなくても……この編に関しては大いにスイを見習ってほしいものね」

「ええぇぇ~そんだけ!? それだけの理由で!? 酷い差別だ! 良いじゃないか親の仇でも!!」

「不要な損害を避けるのは重要なことだよ、いくら突進が大好きなフウでもね」


 得意そうに鼻をならすスイをフウが噛みつきそうな勢いで睨み付ける。ちなみにスイはその間も、フウが絞め損なったネズミと自分のネズミをテーブルの上で走らせ続けていた。


「で、次はスイ。戦術関係はいつも通り綺麗に出来ていたけれど、その他所々抜けが出やすいから、気をつけてね」

「うぐ、……はい」


 フウが本日二回目となる例のゲス顔でスイを見てにやついている。その神経を逆撫でしてくる何ともいえない顔に、スイは表情を変えないまま片頬を引きつらせる。

 その間も視界の隅では燃え上がるネズミが走り回っており──


「燃え? っつおおおおおぉぉっ!? 何ネズミ燃やしてるのおおぉぉ!!」

「うわぁぁっ! お兄ちゃん何やってんのぉぉ~? 生き物を粗末にしちゃいけないんだ~っ」


 口を抑えぷくくと笑いをこらえるフウ。しかしながら悪意が全くもって隠しきれていないし、そもそも笑ってしまっている。堪えきれてさえいない。

 今度はレナリアも愛想あいそを尽かしたようで、窓の外の森を見て「今日も星が綺麗だわぁー」などとこの青空では見える筈のない星々に思いを馳せている。


「えっ、ちょちょ……このあおい炎間違いなくフウでしょっ! 母さんも何見えない星眺める振りしてるのねぇっ!?」

「お母さ~ん、お兄ちゃんが変なこと言って可愛い妹に罪をなすり付けようとしてる~。早く細かい解説しようよ~」

「ぐぅっ……」


 こやつ、完全にシラを切るつもりだ。

 こうなってはもう張り合うだけ無駄なのは経験上よく分かっている。スイはひたいに手を当て大きく深呼吸をした。その間に走り回っていたネズミは跡形もなく灰と化し、追加の書籍を持ってきたレナリアが椅子に座る。


「はいはーい。解説するよ~」


 フウは解説の間も、レナリアに隠れながら褒められた所をドヤ顔でスイに見せびらかしてきたり、その他諸々のちょっかいをスイに出してきた。昨日の対決が出来なかった分、今日はフウのテンションが異様に高いことになっているようだった。

 炎術えんじゅつの実力もさる事ながら学力も最近になって一層と力を発揮してきたフウ。

 一応はこれでも兄なのだから、自分もしっかりしなくては──など思いながらフウを眺めていると、視線に気づいたのかフウはスイの頬に掴みかかった。


「ふひょ……!?」

「お兄ちゃん。さっきから何こっち見てんの、ちゃんと自分の直しなよぉ? ちっ、男のくせに私より柔らかいほっぺしやがって」


 わざとらしく舌打ちをして、スイの頬を引っ張りまくるフウ。


「ひぉぶ、ふぁぬひへ(ごめん、はなして)」

「ふんっ! いーもん! またぶん殴ってやるんだから」

 そしてなんて物騒なことを言うのだろうか、さらりと暴言を吐かれたスイの背筋が寒くなる。

「ぃたい……」


 離された後でも痛む頬を押さえつつ涙目でフウを見ると、慌てて視線をらされる。

 この悪魔はそんなスイを見て嬉しそうに笑っていたようだった。

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