三話 燃やすと書いて殴ると読みます
窓の外──陽はすっかり落ちて、夜空には
森林の中にひっそりと建つこの家は、いつもの賑やかさからは想像も出来ない程に静まり返っていた。
リビングではレナリアが縫い物をしており、フウとスイはそれぞれ読書に
そんな中、フウが口を開いた。
「お母さん」
「ん?」
「お父さんはどうして、国王に呼ばれたの?」
ミシンの音が止んだ。スイも手を止め、顔を上げる。
「フウ、もう遅いしその話はまた今度に……」
「ごまかさないで。お父さんは昔、戦争で復帰不可能な怪我をしてる。なのにどうして今になって召喚させられたの? 昨日はてっきり徴兵かと思ったけど、そこまで戦況は不利でない筈だし、今は隣国のライゼール公国に追い込みをかけている最中でしょ? ……このタイミングに徴兵、ましてハンデの大きいお父さんを呼ぶのはやっぱりおかしいよ。お母さん、まだ私たちに話してないことが何かあるんじゃないの?」
「…………」
黙り込むレナリアを、フウとスイは静かに見つめる。
「……なさい」
「え……?」
「ごめんなさい。どうしても、今は話せないの。近いうちに必ず話すから……それまで待っていてくれる?」
声を絞り出し、心から辛そうに表情を歪める母の顔を見るのは初めてだった。
「……分かった。おやすみなさい」
両親が隠し事をしているのは事実。しかしとても追及する気にはなれなかったフウは、そのまま足早に部屋から出ていった。
「…………」
「母さん、僕も寝るよ。フウの言うこと……余り思い詰めないでいいからね」
少しの間の後、自分の本とフウの置いていった本を本棚に
室内が再び
一人残されたレナリアはゆっくりと立ち上がり、棚の引き出しから手紙を取り出した。
「…………」
やがて何かを決意したかのように目を開けると、
「イリス、ごめんなさいっ……」
部屋の中に一人、
***
数日後。
どどどどどどどどどどどどっ
廊下から、恐ろしい勢いで何かが近づいてくる。
バンッッ!!
「グッモーニンっ! お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「…………」
バカでかい声に朝の穏やかで快適な目覚めをぶち壊されたスイは、不機嫌そうに毛布を被り直しまだ寝ている振りをする。
「……ちっ」
すると舌打ちが聞こえ、足音が遠ざかっていく。
(……行ったか)
ほっと安堵のため息をついてスイが再び
「どおぉぉぉーん!」
「ぉぶほおぉぉぉっっ!? またかあぁぁぁぁっ!!」
一昨日の草原での悪夢を思い出す衝撃。
助走をつけてベッドに飛び乗ってきた白い悪魔は不気味な……いや、ゲスの極みの名が
「へっ、いつまで寝てんだ
ちょっと待って、キャラが違いすぎる。
というか殴るの漢字が違う。
などなど突っ込みたい所が多すぎるが、スイにそれを口に出す程の余裕は与えられなかった。
フウはせっせとスイに馬乗りになると再び見事なゲス顔をかまし、右手に炎を造り出す。
「えええぇぇっ!?」
「へいへいへいよぉ~兄貴ぃ~どうするんでぃ? 起きるんでぃ? 燃されるんでぃ?」
「ふぐぐっ……」
桁外れとしか言いようのないフウのバカ力で押さえつけられ、スイの身体は全く動かない。
その間にも
いくら義理だとしても、朝っぱらから兄をこんな状況にさせて笑っていられるフウの神経は大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫な筈がないだろう。いくつか破損または欠損している筈だ。
そんなことを思いつつスイは必死に抵抗を続ける、そしてとっておきの反撃に出るため大きく息を吸い込んだ。
「ああっ! 『アンコアゲイナリ』だ!!」
開け放たれたままの扉を指差して叫ぶと、悪魔は瞬時に首を百八十度回転させ後ろを向いた。
念の為もう一度言うと、百八十度回転させ後ろを向いた。フウはとうとう身体まで本物の悪魔になってしまったのだろうか。
「えっ! 本当!? どこやぁっっ!!」
隙あり。
「ぅわあああああぁぁっ!! 危険生物予備群撤去~っ!!」
スイは雷を
ポイッと撤去……もとい部屋から追い出されたフウは閉められたドアに手を掛ける。
「アンコアゲイナリいないぞ
と、ドアノブを介して流されていたスイの電流がフウの全身を駆け巡る。
「こんっの……!」
フウは負けじと歯を食い縛りドアノブを強く握ると炎を出す。金属で出来たノブはあっという間に溶けて熱を反対側へと伝え、ドアの向こう側でスイの叫び声が響いた。
「フウ!! いい加減にしなよっ!? 本気でやらないと分からないぃ!?」
「うへへぃっ、分っかんねぇなぁぁ~? そろそろ本気で行きましょ~ぜ兄貴ぃぃ~」
「ふ~た~り~と~も~?」
「っあぐ」
「うげ」
鬼の形相をしたレナリアが、二人の直ぐ側まで迫っていた。
***
ルベルタ王国、王宮。
玉座の間は天井が吹き抜けになっており、大理石の床の中央には赤い
玉座に座る国王とその目前、数人の兵に囲まれ拘束されたまま
開いていた扉が重々しい音を響かせ閉じられると、空気が張りつめるような
その
「っ!?」
鈍い衝撃音。
国王が男の頭を踏みつけ、
「ぐぅッ……!」
「──久しいな、メドウ」
と、国王がメドウを見下ろした。その目には憐れみや喜びといった
「十二年前、姿を消して以来この日を待ち望んでいたものだ。同族のみでは飽き足らず我々をも裏切ろうとは、大層な忠義もあったものだな」
「申し訳っ……ございません。どのような処罰も、覚悟しています」
「『
王の側に控える宰相がメドウに問う。
「
頭部を踏みつけられながらも、揺らがぬ光を携えた紫瞳に国王が眉を
「そうか、もう良い」
「がっ……!?」
足が離された直後、王の腕から放たれた電撃がメドウを襲う。
通常であれば死亡してもおかしくない電圧だが、メドウは意識を失っただけだった。崩れ落ちた彼を再び兵らが拘束する。
「これを牢へ、歓迎をしてやれ。ただし殺さぬように気をつけよ」
宰相の言葉に敬礼を返した兵達は
「……あれが、『
つい言ってしまったように宰相であるサイラスが口を開いた。以前に国王から聞いたことはあったものの、余りにも変化のない容姿に驚いたようだった。
「サイラス、余がお伽話好きだとでも思っていたか? 確かに姿は変わらぬようだが、あれはもう寿命が近かろう。ところで、首尾の方はどうだ」
「いえ、そのようなことは
「そうか。『銀の民』は絶滅したも同然、一筋縄では子供を出さぬだろうからな。かの帝国には今後のためにも、顔を売っておいた方が良かろう」
「はっ、
国王は玉座に腰掛けると、サイラスの言葉に笑みを深めた。
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