ムカシカメラ

こうめい@なるぱら

ここであった印象的なことを撮影します

それは偶然に見つけたものだった。


「ムカシカメラ?」


仕込みを終えた文明が、暇つぶしに流し見しているときに目に止まったスマホ向けのアプリの名前だ。

タイトルには「お試し版」と追記され、機能説明には「ここであった印象的なことを撮影します」とだけ記されている。

利用ユーザー数は少ないながらも評価には「本当に印象的なことが撮れました」とか「何だこれすげぇ」という驚きのコメントが並んでいる。

おそらく撮影するとスマホに内蔵されている位置情報を利用して、この場所で以前撮影された画像を表示するものだろうと文明は考えた。

と同時に、この店も開店から20年目を迎え、開店当時はデジカメが登場した頃で新しもの好きの文明も購入したが、画素数が低い当時の機種では画像は鮮明ではないし、そもそもスマホのメモリには保存していないことを思い出した。

保存してない頃の画像があるかもという衝動に駆られ「せっかくだから」と試してみることにした。


外に出て店の玄関に向けてスマホのレンズを向ける。

シャッターボタンを押すと同時に文明の体を微弱な電気のようなものが流れるのを感じた。

「なんだ?」

不意の衝撃に、ビクつき一瞬呆然としていたが、すぐに我に返ると画面を確認してみた。

そしてそこに映し出された画像に思わず突っ込みをいれた。

「いつの時代だよ・・・」

が、次の瞬間、それは驚きに変わった。

「これ、俺じゃないか?」


画面に映し出されたいたのは、降りしきる雨と昭和を感じさせるパン屋の店先だった。

玄関のガラス戸にカーテンがされていることで戸が鏡のようになっており、そこに全身びっしょりと濡れた少年の姿が映っている。

その少年が幼少時代の文明であることに当の本人が分からないはずがない。

「どういうことだ?」

しかもこのアングル、画像の中の子どもの文明の視線から見たまま、現代の視線カメラによる撮影を感じさせるもので、別の誰かが撮影したとは思えない。


しばらく画面を見入っていたが、やがて文明の中に一つの非現実的な仮説が立った。

「さっき撮影ボタンを押した時ビクッとしたのは俺の中の記憶を呼び起こす何かだったのかも」

ふと、アプリの機能説明を思い出した。

「ここであった印象的なことを撮影します」

過去と現在が混在したこの変な一文、英語を日本語に機械翻訳したときになりそうなものだが、文面通りに受け取り、この「印象的」の主語を自分自身にすると一応、意味は通じる。

パン屋の入り口に立つ自分にこの時、何があったかを思い返してみる。

「そうだ」

記憶が蘇る。

傘を持たずに習い事に出かけた帰り道、急に雨に降られたうえに、追い打ちをかけるように道路にたまった雨水を通りかかったバスが勢いよく跳ね上げ、ずぶ濡れになったあの時だ。

このパン屋は文明が子どもの頃にやっていた店でその後閉店、10年近く経過して文明が食堂を開店している。

だから場所も「ここ」で間違っていない。

ここであった「印象的なこと」はこれなのか。

ここに自分の店を構えて20年近く営んできたことよりも印象が強かったということだろうか。

メディアで紹介され、幾度かテレビ番組の収録でタレントも来店し反響を呼んで長い待ちの行列ができた時期もあった。

だが、それよりも「ずぶ濡れ」の方が・・・文明は思わず苦笑いをした。

しかしこれはあくまで文明の仮説、ならば本当にそうなのか実証してみる必要がある。


昼の営業を終えた文明は、店からすぐのところにある成海神社へと出かけた。

ここでは例年、秋に大祭が行われ山車や子ども神輿などが町内を巡行し神上げ神事を行なう。

数年前には山車と祭りを含め市から無形民俗文化財として指定されたほどだ。

祭り好きな文明も二十歳前後の頃は町内の山車を担ぐ楫取として参加したこともある。

一方で駐車場では朝市がたったり、近所の家族同士が集まって車のヘッドライトを利用して花見をしたこともあった。

幾つかの思い出を探しながら、さてどの場面が撮影されるだろうかと文明はワクワクした。

ひょっとすると非現実的な仮説は当然のごとく覆され、花見で楽しんだ桜の木が伐採され改築された最近の風景が映し出されるかもしれない。

もしくは10年ほど前の、幼かった息子と散歩した桜の木が残っている頃のかもしれない。

いろいろと想像を膨らませながらシャッターボタンを押してみた。

その瞬間、やはり電気が流れたかのような衝撃を受けるとビクっとした。

周りからすると大の大人が電気が流れるイタズラグッズにまんまと引っかかってるように見えるだろう。

慣れない感覚に再び戸惑いながらも気を取り直して、映し出された画像を確認してみる。

「これは・・・」

そこには右上の方向を見上げている数人の子どもが写っている。

凝視してみると視線の先には白く丸い物、さらに画面の左下に少しだけ写っているのを見つけると「あ!」文明は思わず声を上げた。

駐車場ではよく近所の仲間たちと野球をしていたことを思い出すとともに、このシーン、左下に見えるのはプラスチックバットで、年上の子の快心の打球がライト方向に一直線に飛んでいっているのを皆が目で追っているところだと認識した。

そしてこの後、そうだ、この右のところにバスの頭の部分が写ってる。

打球が道路に飛び出してこのバスが急停車し、皆慌てて逃げ出したんだっけ。

確かに印象深いシーンである。

今では考えられないようなことを平気でしたもんだとゾクッとすると、背中に電気ではないものが流れるのを感じた。

30年も経った今になって冷や汗をかくとは思わなかった自分に対しまた苦笑した。


そして考えた。

このアプリを使えば、例えばあの子の姿を手元に残しておけるかもしれない。

あの子とは同じクラスになったが途中で転校してしまい、結局一枚も一緒に写真を撮ることができずじまいだった初恋の子である。

ひょっとすると・・・。

そう思うと自然と足が向かった。

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