私を見つけて

市伍 鳥助

……!?─────!

「私を見つけて」

そんなメールが私のスマホに届いたのは本当に突然のことだった。

受験を間近に控えた高校三年生の冬休み、近所にある図書館で受験勉強をして、外が暗くなってきたからと、帰る準備をしていたときだった。

差出人は不明、メールアドレスも表示されない。そんな状況に私は広漠とした恐怖を感じていた。だって考えてもみてほしい。突然わけのわからないメールが登録もしていないところからやってきて、メールアドレスすら不明だというのだ。これで恐怖を少しも感じないなら、その人はきっと大雑把な人なんだと思う、私は違うケド。

(「私を見つけて」って言われてもねぇ)

知りもしない人間を見つけるのは困難だ。ただでさえ困難なのに、相手が人間かどうかもわからない。

(もしかしたら、幽霊とかかもしれない)

そんなことだって考えてしまう。

家に着いた。とりあえずこのメールのことは、両親と妹には黙っておこうと思った。妹も私と同じで受験生(こっちは高校受験だけど)、それに、父と母は私が受験勉強で苦しんでいることを知っている。これ以上の心配をかけるわけにはいかないのだ。ホラー好きの妹は、こういう話には、それこそ疾風のようさ速さで、飛びついて来そうで、受験を頑張って欲しい姉としてはとても話す気にはなれない。

二階にある自室に帰ってきた。とりあえず荷物を置いて、お風呂に入ることにしよう。あのメールについて考えるのはそれからにしよう。

妹には「短い!」と怒られたこともある、自分の髪をシャンプーしていると、考えまいとしていた先程のメールの内容が、するりと、頭の片隅から入ってきた。

あまり考えたいことではなかったけど、こうなっては考えざるを得ない。人間てのはあんがい不便なところもある。

(私を見つけて、かぁ───)

もちろん私には行方不明の友人もいなければ、幽霊の知り合いもいない。そんな私になぜメールが届いたのか、しかも見つけてくれときた。知らないものは見つけられないのだ。

ジャーッとシャワーで髪についたシャンプーを流し落とす。普段は目にシャンプーが入らないように目を閉じてシャワーをかけるのだけど、今日に限ってなぜか、目を閉じようという気にはならなかった。

そして、風呂場の鏡に映った"それ"を見つけた。

"それ"は、私が"それ"に気づいたことを理解したのか、口元(?)をニヤリ、と大きく裂いた。

今は冬場で、今日は寒い日だったので、シャワーの温度は高めにしてある。湯船のお湯も43°Cとわりと高めにしてある。だというのに、だというのに、私の背筋に怖気が走り、身体中の肌が泡立つように鳥肌を乱立させていった。

見ていられなくなった私は目を閉じた。10秒ほどか、もしかしたら1分以上かもしれないが、次に私が目を開けたときには"それ"はもう鏡の中からいなくなっていた。

アレがメールの差出人?そう考えると、私の肌は再び叫びをあげた。どうしようもない恐怖が身を支配する。肩を抱き、少しでも身体を温めて落ち着こうと湯船に入る。それでも寒気は消えてくれない。まるで、今まで気づいてなかっただけで、ずっとそこにあったように、その恐怖は私に絡みついてくる。

(ここにいてはいけないかもしれない)

ふとそう思った私は、お風呂を出て、髪も乾かさずに駆け足で階段を上がって自分の部屋に飛び込んだ。

「おねえちゃーん?なんかすごい勢いで上がっていったけどなんかあったのー?」

妹の声がした。少しほっとした。「なにもないよー、なんか心配させたならごめーん」と、いつものように妹に声をかけようとした。のだが、なぜか、声が、出ない。

(なんで!?)

わけがわからなかった。声を出しているのに耳にこもって聞こえないとか、そんな感覚じゃなかった。口すら動かないのだ。声を出すどころの話ではない。私は再び怖くなり、とりあえず手足をガムシャラに動かそうとして────できなかった。必死に手足を動かそうと、もがこうと、抜け出そうと身体中に力を込めたけど、どこも動かなかった。

(抜け出そうと、もがく?)

そして気づいた。私の身体をギチギチと縛り上げる、黒い、無数の手のようなものに。

ひっ、という引き攣りさえ出ない。道理で動かないわけだ。縛られていたら動けようもない。

段々と黒い手以外何も知覚できなくなってきた私の目の前に、また、"それ"が現れた。

影、だった。黒い黒い影。なのに"それ"がそこにいるのはわかる。黒い世界にいても、"それ"は知覚できた。すると突然、"それ"が私の身体に覆い被さり、中に溶けるように入り込んできた。

抵抗のできない私に向けて、目のような何かを喜悦に歪ませながら、"それ"はこう言った。「見つけてくれてありがとう」と───────。




ガチャリ。

「お姉ちゃん?何か一瞬だけ叫び声みたいなのが聞こえたけど、大丈夫?ゴキブリでも出た?」

「ううん、私は大丈夫だよ。心配かけてごめんね」

「いいよいいよ!お姉ちゃん、最近ずっと図書館に通い詰めだったから疲れてるんじゃないかな?今日はもう勉強はやめて寝たら?」

「うん、そうする。ありがとう」

「んじゃあおやすみなさい!」

「おやすみ」

バタン。

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私を見つけて 市伍 鳥助 @kazuki0405

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