ミサイルが飛んだ日

 金王朝による瀬戸際外交はすでに暴走の域に達していた。国民の生活を顧みず軍備に財政をつぎ込み、それでも元の稼ぎがないため、継戦能力は皆無という体たらくではある。

 張子の虎をそれらしく見せる手段として稚拙な合成写真なども用いられているが、指揮者どころか一般国民からの嘲笑を買っている始末である。

 そして、ついに金王朝は禁断の果実に手を伸ばした。即ち核開発である。

 核を持てば抑止力になる。それは一面の事実であろう。だが匙加減を誤れば、周辺国すべてを敵に回し一斉攻撃を受ける可能性もあるもろ刃の剣である。そうなれば、核を用いて侵攻軍ごと自爆するという選択肢も無くはない。それを恐れて手を出せなくするということがほぼ唯一の方策であるように見えた。


 8月下旬。緊急速報が列島に響き渡る。それは金王朝の放った弾道ミサイルが日本上空を通過したとの知らせであった。

 これまで数度のミサイルが日本海をはじめとした日本領海にも着弾しており、今回の騒ぎで信隆の堪忍袋の緒はキレかけであった。


「金王朝の横暴を許すことは国際法上において大問題である。懲罰のため軍を派遣することを提案する。これは国民の安全を守るために必要なことと判断する!」

 総理の宣言に与党サイドと一部野党からも拍手が上がる。そんな雰囲気に耐えかねて野党議員が顔を紅潮させて反論してくる。

「紛争の解決方法として武力を用いないという憲法に反する!」

「これは紛争ではない。そもそも一方的にタカリ要求を突き付けてきてそれが受け入れられないとミサイルを飛ばす。ヤクザのミカジメ料と何が違う?」

「国家間の問題を矮小化しないでいただきたい!」

「そもそも単純な構図をわざと複雑化させて、国民をだますか?」

「暴言だ! 撤回を要求する!」

「撤回の必要を感じない。仮にだ、解決の糸口があるとして、武力行使のほかにどういう方法がある?」

「対話だ!」

「そうか、なれば問おう。飴玉を欲しがって地面に寝転んで泣きわめく幼児がいる。これを説得するにはどうする?」

「道理を言いきかせ、時には我慢が必要だと説くのが親の務めだろう」

「そうだな。うちはちと前時代的なところがあってな。亡き親父殿にそういう時は思い切りぶん殴られた。そのやり方が良いという気はない。その前提で、道理がわからぬ者には痛い目を見せる必要がある事も事実ではないか?」

「だからと言って軍を派遣し、彼らを危険にさらすのか?」

「そうだ。何か問題でも?」

「彼らも国民だ!」

「ほう、いいことを言うではないか。普段は違憲の存在だとかボロクソにけなすことしかしていないのにな。そうそう、都合に応じて意見をころころ変える輩の事を二枚舌とか言うらしいぞ?」

「ひどい侮辱だ! 名誉棄損による提訴も検討させていただく!」

「ふん、その程度でいちいち裁判を起こしておっては儂は365日裁判所に詰める羽目になるわ」

「話をそらさないでいただこう。国民を危険にさらしてどうすると聞いている!」

「危険にさらすも何も、すでに危険ではないか。朝っぱらからミサイルが飛んでくる。いつ、どこに落ちるかわからぬ。これを異常な事態だと思わぬと? ずいぶん平和ボケしておるな」

「一度だけならば誤射かもしれん!」

「で、それで被害を被った国民にたいして、誤射かもしれないからお前らの安全は知らんと言いたいのだな。ずいぶんな物言いではないか」

「そうは言っていない。相手の意図を決めつけるのは危険だと言いたいのだ」

「意図は明白だ。瀬戸際外交に巻き込んで力づくで自分の言い分を聞かせたい。援助を引き出したい。要するにタカリ根性だな」

「その言葉の証拠はどこだ?」

「そんなものあるはずがないが、そもそも対話というのはどうすればよい?」

「相手の言い分を聞き、それを叶えたら良いのではないか?」

「無償で食料と金を援助しろと言ってきているが?」

「叶えられる範囲で対応はできないのか?」

「テロリストに妥協することはあり得ない」

「相手は国家だ。それをテロリストなどと、失礼ではないか!」

「テロリストとは、恐怖をあおり道理の通らない言い分を人に通そうとする輩であろうが。ぴったりとあてはまっていると思うぞ?」

「それでも、軍を派遣しての解決は反対だ!」

「そうか、ではお主を派遣する故に対話にて事態を解決してきてくれぬか?こちらからは、相手の要求を一切拒絶すると。援助は不可能であると伝えていただきたい」

「交渉にもならんではないか!?」

「最初からそう言っている。それともあれか? ミサイルが飛んできても戦争反対を叫べば逸れるとでも言いたいのか? 寝言もいいところだな」

「例えば援助を約束するという言質がないとどうしようもない!」

「無能が。相手の要求を丸呑みして外交ができるか!」

「ではどうしろというのだ!?」

「話が通じなければ武力行使しかない。世界の歴史を紐解いてみよ、いうなればどこにでもいつでもありふれている話であろうが。現代の価値観で過去を批判するのは、野球のルールでサッカー選手を批判するようなものだ。的外れも甚だしい」

「何が言いたい?」

「歴史が動いたとき、必然となった状況、事情がある。それを考慮せずに戦争をしたから悪いと。殺人は良くないと。当たり前のことを偉そうに言うな。なぜそこに至ったかの考察が一切抜けておる。机上の空論を通り越して寝言であろうが?」

「暴言の撤回を要求する!」

「ふん。自分に都合のいいように解釈を捻じ曲げ、ねつ造する以外に何かできるのか?」

「いいだろう、そこまで言うのであれば、金王朝に出向いてやろうではないか!」

「よし、秀隆。すぐ手配だ!」

「はい、承知しました」


 こうして送り込まれた野党議員は門前払いにあって恥の上塗りを重ねたそうである。渡航費は歳費から天引きされ、請求書を確認した彼は泡を噴いて倒れたとかなんとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る