終戦の日に臨んで

 8月15日。信隆は戦没者追悼集会に出席していた。今上帝も参列し厳かな雰囲気が漂う。


「かかる日、我が国は歴史的は敗戦をした。そのことをまず恥じるべきである。多くの国民を犬死させた罪は万死にてあがなうべきであろうか。

 故に私はここに眠るとされている御霊に改めて誓う。この国を守り抜くと。負ける戦はしないことを」


 このあたりで野党議員がかみついた。


「ちょっと待て! この式典は二度と戦争の惨禍を繰り返さないことを誓うのではないのか!?」

「貴様は阿呆か?」

「なっ!?」

 野党議員が顔を真っ赤にして湯気でも吹きこぼさん勢いで詰め寄る。

「殴られても殴り返しませんとな? 非暴力主義は場合によっては有効であろうよ。しかしな、その場合に寄らない場面では下策も甚だしい」

「では貴様は再び戦争をするというのか!?」

「必要とあらば」

「この軍国主義者が!」

「貴様は改めて聞くが、阿呆か? 戦も和睦も表裏一体のもので、外交的手段であろうが。戦えば損害もでる。人も死ぬ。そうならぬように国を導くが総理たる我の使命である。しかし、相手が攻めてきておるのに戦争反対と唱えたら帰ってゆくのか? 武力行使がなされている時点ですでに対話でどうこうしようというのは寝言であろうが?」

「それでも戦いは何も生み出さない!」

「うむ、その言葉には全面的に賛同しよう。しかし、戦わねば守るべきものも守れぬ。仮にだ、亡国が攻めてきた。その際に相手の要求はおぬしの妻子を差し出せと言う。その言葉に従うか?」

「たとえが極端すぎる。そんなことはあり得ない」

「まあ、そうよな。では言い方を変えようか。敵の攻撃目標が分かった。お主の妻子が暮らす都市だ。現地はパニック状態で避難などさせられない。どうする?」

「そ、それは……」

「そうだな、敵国の要求はこうだ。その都市を住民ごと割譲せよ。そうすれば戦いはしない。引き上げる。これなら少しは現実味があるだろうか?」

「机上の空論だ!」

「それを言うか? なれば貴様の話し合いですべてが解決できるという言い分こそが空論の最たるものであろうよ」

「ぐぬ、ああ言えばこう言う」

「こう言えばハウユー」

「おちょくっとるのか!?」

「そうだが、それがどうした?」

「ぬがああああああああああああああああああ!!!!!」

「ふん、ほんの少しの挑発で冷静さを失う。そんな根性で国同士の話し合いなどできるか?」

 この時点ですでに厳かな空気は雲散霧消し、そこらじゅうで含み笑いが聞こえてくる。野党議員のあまりの醜態と見事なまでの論破に、もう笑うしかないという風情だ。

「さて、今のようなたとえが現実にならぬという保証はない。対話の辻ぬ輩もいる。ほれ、そこの阿呆みたいにな。ゆえに、対話の道筋を閉ざすことはないが、同時にいざとなれば牙をむくことがあることも見せる必要があり得るということだ。

 戦争は何も生み出さぬと言うが、訂正しよう。敗戦すればすべてを失う。誇りも、財も、国もだ。そしてそれを守るためには戦って勝つのでは不完全である。即ち、戦わずして勝つ。この心構え無くばこれすなわち亡国の第一歩であろうと考える」

 この一言に拍手が巻き起こる。

「故に改めてここに眠る御霊に誓おう。二度と負けはしないと。負けないことは時に勝つことよりも難しい。だが、勝って、勝って、その先には周囲全てが敵となりかねぬ。なれば融和の姿勢も大事だ。大勝利に等しい引き分けもあろう。この美しき日の本を守るのが我が至上命題である」

 万雷の拍手が巻き起こった。天皇陛下(中身は正親町の帝)など立ち上がって頭上で手を叩いている。なんというスタンディングオベーション。

 そしてそのあとの野党の某党首の演説はひどかった。

「戦争に巻き込まれ無念のうちにその生を閉ざされた皆様。貴方たちのような悲劇を再び出ないようにするため、今こそよみがえり、あの喜多川政権を打倒しましょう!」

「身勝手に御霊の意志をねつ造するんじゃない!」

 総理の突込みに大爆笑が巻き起こり、某党首は顔を真っ赤にしたあと、泡を噴いてひっくり返った。何とも締まらない結末である。

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